嗤う三日月


思えばいつも私には『自分』が無かった。

周りに合わせて笑って、周りの人の目を気にしながら行動して、上手く立ち回って。

幸いな事に私の頭の出来は良い方で勉強に困ったことは無かったし、高校受験で都立単願の1本勝負で都立高校の偏差値的には上位の高校に合格することができ、やっぱり出来る子だね!と親も先生も喜んだ。私が自分で決めた志望校では無かったけれど。

結果、私に対する周囲の大人の評価は『気が利く』とか、『真面目』とか、『よく出来た娘さん』だった。
親もそう。私に『出来る娘』でいて欲しくて、何か出来ないことが無いようにと幼い頃からピアノや、洋裁、そろばん、剣道、テニス、水泳…芸術からスポーツと幅広く行わせた。

そしてそれらは大抵、四年か五年で辞めてしまうのだった。

理由は簡単。私が望んでやりたがったものでは無かったから根気というか闘争心というか、野心が無かったから、続けたいと思えなかった。それに終わりというか最終目標がなんだかわからなくて当てもなく続けることが苦で、だからこそ他人のせいにして辞めてやった。

今までそうやって生きてきた。挫折を知らず、褒められる事だけを考えて、どうしたら周りが喜んでくれる結果になるか、どうしたら周りのつけたイメージを壊さないでいられるか。

そんなわたしははじめてのざせつをけいけんした。

志望していた国公立大学に落ちた。

私立は受けていない。一年間受験勉強は頑張った。

まさか、と

親も先生もがっかりしてた。


がっかりされることが嫌で、がっかりされる自分が嫌で、何より自分で自分にがっかりしている事に気付いて泣きたくなった。
そう「一年間受験勉強頑張った?」そんなの嘘だ。

見えないところで手を抜いていた。

自分ならきっと大丈夫。そんな根拠のない自信だけがあって、自意識過剰。自己陶酔に近い自分に対する信頼。そんなもののせいにするつもりはないが、それも原因の一つに違いない。

何が言いたいかというと今日このビルから飛び降りて私は私という人間に終止符を打とうと思ったわけだ。

高い意識が奈落の底に落ちていったあの日。目の前がなにも見えなくなった。失望される自分に居場所なんてないと感じさせられた。

もういいのだ。初めて自分の意思でなにかできる気がする。今しかない。誰もいないここで、飛び降りよう。

なまえが手すりから手を離そうとした時見てしまった美しくこちらを見つめる紅い瞳を。

息を飲んだ。こんなに美しい人間がいるのか。
人形?

「あれ?やめちゃうの?ははっ、怖気づいちゃった?あ、目があったからかな見られてると死ねないのー?」

喋った。どうやら人形ではないらしい。

「嫌だなぁ、俺は人間だよ?個性のない量産型の人形なんかと一緒にされるのは心外だよね」

「なん、で」

「思ってること口から全部出てるよ、君案外阿保なんだねみょうじなまえさん。でも嬉しいな、人形みたいに綺麗って解釈していいんだよね」

「どうして私の名前を…?というか貴方は誰、ですか?」

「俺の名前は折原臨也。君のことは前から知ってるよ。頭のいい都立高校に入ったものの大学に落ちて失望される自分に嫌気がさして自殺しようとしてる、ってこともね。」

なんでそんなことまで、と口に出そうとして辞めた。折原臨也、聞いたことがある。以前池袋に居たと言う情報屋だったか。
この人も外から私のことを評価して、勝手に失望するのかな。

「そこまで分かっているのなら何故今更ここに出てきたんですか、さっきまでみたいに私から見えない位置にいてくれれば」

「俺に気付かないで死ねたのにって?」

「…はい。でもまぁ最期に貴方みたいに綺麗な方を見れて光栄でした。人間観察なら他所でお願いします」

「君さ、勘違いしてるよ。俺は確かに人間観察が趣味みたいな感じではあるが、他人の自殺をわざわざ止めるような善人ではない」

何が言いたいかわからない。現にこの人は手を離そうとしたら近くに来たのだ。まるで自殺を阻むように。

「君がいらない君の命。俺にくれない?」

「人身、売買…ということでしたらお断りします」

そういうと目の前の男はケラケラと笑って笑顔で言った。

「つまりね?俺は君と他人以上の関係になりたいって言ってるんだけど?」


彼の背後で大きな青い三日月が嗤っているように見えた。


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