4、ずれ
結果や結論といったものは、だれしも気になるものである。
それが自分に関係が有る無いは関係無しに、答えは問題を知る者に常に急かされる。
私はこの約1ヶ月間、色々な答えを後回しにしすぎたという事実を思いしることになる。
昨日。
今吉と私が階段から落ちた日。
彼はあの後保健室にて捻挫と診断され、先生の車で病院へ向かった。
私はなぜか保健の先生に謝罪とお礼をされ、そのまま教室へ戻された。
「苗字さんごめんねぇ、女の子がこんながたいの良い男子運ぶなんて骨が折れたでしょう。大変だったわねぇ、ありがとう。まったく階段で捻挫したとはいえ、女の子に肩かしてもらうなんてぇ。今吉くん一人でここまでこられなかったのぉ?」
まったりとした独特のしゃべりをするこの先生はあまり生徒から好かれていない。
保健の先生のくせにあまり保健室にいないからだ。
逆に嫌われてもいないのだけど、私はなんとなく彼女を苦手としている。
あまりゆっくり話されるのは得意じゃない。
私は苦く笑って相づちの代わりとした。
「無茶いうで先生ぇ!捻挫むっちゃいたいねんで?いやぁほんま」
今吉がなにを考えているのかわからない顔で、横目に私をとらえる。
「苗字がちょーど通りかかってくれてよかったわぁ」
ありがとうな、と小首をかしげる彼は異様に憎く感じられた。
ぶってんじゃねーぞ。
そう思った。
そもそも保健室には今吉が捻挫をしたから行ったわけではない。
彼の目に私が飛ばしたシャーペンの芯が入り、それを掻こうとしたからだ。
さらに言えば、その程度その場で鏡を見せたり私が直に見れば済んだことかもしれないのだが、私が声を出して今吉の掴んだことで周りの目が集まってしまったから、それから逃げるためだ。
そもそも私がシャーペンの芯を飛ばさないよう気をつけるべきだったし、そもそもその場で恥ずかしがらず目でもなんでも見てやればよかったのだ。
一言、苗字のせいで自分は捻挫した、と言えばいいのに、これ見よがしに恩を着せてくる彼の行動は腹立たしくてならなかった。
気に入らないのだ、なにもかも。
落ちた直後にまるで気にしなくて良いというあの態度も、いつもなにかを隠すように笑うあの困ったような笑顔も、強引で押し付けがましいのにあと一歩強制してこないところも、みんなみんな、気に入らない。
奥歯がぎっと音を立てると、無意識に寄っていた眉間に衝撃が走った。
それは電流のように、一瞬で私の神経を伝達し、筋肉が収縮した。
ガタンッと、座ったままなの椅子が音を立てる。
「うわっごめん、そんなびっくりした?」
顔を上げると、そこには友人の顔があった。
「みずき…」
想像した人物と違う顔に少し動揺する。
「昨日あのあとどうだった?」
「どうって?」
「あんたね、授業前にあんな風に男子ひっぱっていって周りが気にしないわけ無いでしょ」
「あー…」
そういえばそうだった。
忘れていたわけではないが、考え方の側面の違いだ。
私はついさっきまで、自分の後悔やら羞恥心やら、今吉に対する苛立ちに支配されていたのだ。
羞恥を感じた原因までは気がまわっていなかった。
そういえば登校してからずっと、いつもよりクラスの視線が向けられている気がする。
まだ、今吉は登校して来ていないというのに。
「捻挫だって」
「は?」
「今吉の病名。保健室行く途中で足ひねったの」
「……」
「まぁそんなに心配いらないんじゃない?軽いって先生がいたっ!!?」
なんだろう。
最近どうも暴力を振られる程度が増えた気がしてならない。
しかも理不尽にも話途中に。
なんだよ、とみずきを睨むと、彼女はやれやれとわざとらしくため息とはいた。
「それはそれでびっくりだけどさ、そんなこと聞いてるんじゃないのよ」
ずいっと顔を私の顔の横まで近づけると耳元で言った。
「今吉くんとの仲は進展しましたか?って話」
私は本日二度目、全身をこわばらせた。
今度は反射的に立ち上がってしまい、後ろにひっくり返りそうになってしまう。
「名前!」とみずきが私の名前を呼んだが、それで時間が止まるわけでわない。
これは転ぶな、と覚悟を決めたとき、後ろから肩を支えられた。
「おはようさん。まったく、けが人に無理させるもんやないでぇ」
その誰かさんは今まさに話の中心になっていた人物だった。
捻挫しているくせに片手で人間を一人、受け止められるのか。
なんだ、大丈夫そうじゃない。
「無事でなりより」
こいつのタイミングの“悪さ”はピカリと光る一等賞だ。
「なんや心配してくれとったん?名前優しい〜」
「いや私が。」
「いやいやわかっとるで〜名前はわしのことどえら心配やったんやんな?この通り大丈夫やし安心しぃ」
「……」
にんまりといつも通りに笑う彼は、ほらな、と松葉杖すらもってませんとでも言いたげに空いた片手をひらひらさせる。
ちらりと足を見やると、右足は黒いサポーターでがっちりと固定されていた。
「なら、いいけど」
肩にかかった手を払いながら席に座り直す。
あれでは、当分部活をすることは無理だろう。
新入生の仮入部期間もそろそろ中盤。
私が出来ることはひとつだ。
どうせ後ろでは眉をハの時にした今吉が困ったように笑い、私の前に立つみずきと顔を合わせているのだろう。
乗ってやろう、そんな気持ちで私は笑みを浮かべ、いつも通り音楽を聴き始めた。
ここまで計算でやっているならとんだ悪党だ。
彼はどうせ心の中では、しめた、とでも思っているのだろう。
まったく面倒だが、1限目の授業が終わったら入部届けをとりに行こう。
「…今吉、くん?」
「……」
人間が常に笑っていることの方が不自然なはずなのに、このとき笑っていない今吉の顔を見たみずきはそれこそ、彼の考えていることがわかりそうになく、奇妙な違和感を感じていた。
あと1分、次に秒針が上をさせば朝の会が始まる。
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