20


 駅前まで出ると、昨夜シオリがギターを弾きながら歌っていた広場が目に留まる。ハスキーで暖かな、彼女独特の歌声に強く惹かれた。
 良い出会いだったと思う。遠慮のない発言に傷ついたりもしたけど、あたしにとって都合の良い言葉がイコールで優しさではないのだと知った。
 これで終わりなのかな。不意に物悲しさを感じる。
 シオリの歌を聴いて、彼女の部屋でご飯を食べて、話をして、一泊して親切にしてもらって、それで終わり?
 彼女のいない広場をしばらく眺めてから、あたしは電車に乗り込むために再び歩き出した。


 翌日学校に行くと、あたしを見つけた芹香がすぐに駆け寄ってきた。
「もーっ、心配させないでよ! ぐったりした顔で帰って行ったと思ったら、『芹香の家に泊まったことにして』なんだもの。びっくりしちゃった。次の日は学校来ないし……あんた一昨日、誰のとこにいたの?」
 早口でまくしたてる芹香に、ごめんごめん、と苦笑いで謝る。そうだった、芹香に説明するのを忘れていた。
「駅前で知り合ったひとのアパートに泊めてもらったの。良いひとだったよ」
「えええ? なにそれ」
 あからさまに表情を曇らせる芹香に少し焦る。でも女のひとだから、とか、ちゃんとご飯も食べさせてくれたし、とか、慌てて言い訳じみた言葉を重ねたみたけれど芹香の表情は晴れない。
 自分でも分かっている。初対面の、それも誰かの紹介でもなく道端で出会っただけひとの家にノコノコ上がり込むなんて、危険以外のなにものでもない。だからこそ芹香に口裏合わせをしてもらったのだ。
 芹香が腰に手を当て、真面目な口調で話しかけてくる。
「マナミ、もうちょっと危機感持ちなよ。今回は無事だったけど、もしかしたら危ない目にあってたかもしれないんだよ? 知らないひとについて行っちゃいけないことくらい小学生だって分かってるのに」
「うん、ごめん……」
 シオリはそんなひとじゃない、と口から出かけた言葉を寸前で飲み込む。いま反論したら芹香がより顔をしかめることは明らかだった。
 素直に謝ったあたしに、ようやく芹香の表情がゆるむ。
「とにかく、もう変なことに首を突っ込まないこと。いい?」
「……はあい」
 肩を落とし、俯いて小さな声で返事をする。頭のうえで芹香が笑い声を漏らして、ポンポンとあたしの頭を撫でてくれた。
 けれども視線は上げないまま、あたしは心のなかでそっと謝罪の言葉を呟く。ごめんね、芹香。
 本当は決めちゃったの。あたし、もう一度シオリに会いに行く。




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