01


 16歳の誕生日。10ヶ月とちょっと付き合った陽くんからの着信を受けると、聞こえてきたのは知らない女の喘ぎ声だった。
 ケーキを買って待ってるから遊びに来いよ。そう言って頬にキスをする彼の笑顔が記憶に新しい。
 入念に化粧をし、髪をセットして、迷いに迷ってようやく着ていく服を決めたというのに、結局予定より1時間も早く出発準備ができてしまった。朝から心臓が高鳴って、起床するはずだった時刻の2時間前に目が覚めたのも要因のひとつだ。
 ケーキならふたりで選びに行けばいい。
 会いたい気持ちが押さえきれず、バタバタと家を飛び出した矢先の出来事だった。
 彼の携帯電話はスライド式である。鞄やポケットのなかでなにかしらにぶつかって、着信履歴が残っている相手に知らず知らずのうちに電話をかけてしまっていることがよくあった。
 だからいつも言ってたじゃない、陽くん。ちゃんとキーロックをしておかなきゃ駄目だよって。


「それで、そのあとどうしたの」
 椅子の背もたれに肘をつき、芹香が呆れ顔で尋ねてくる。疲れはてた顔はそのままに、あたしは卵焼きを頬張った。
「通話口に向かって『くたばれ極小下半身!』って叫んでやった」
「ブフフッ」
 彼女が口に含んでいたミネラルウォーターがペットボトルのなかに逆流するのを、恨めしげに睨んだ。昨日の残り物の唐揚げを箸の先でつつく。
 午前の授業を終えクラスメートたちが楽しげに弁当を広げるなか、あたしだけが負の感情の絶頂にいた。
 昨夜散々泣いたせいで瞼は熱く火照っている。こんな顔じゃ学校に行けない、と母親に訴えたが軽くあしらわれて終わった。
「彼氏から連絡は?」
「『ごめん。本当に反省してる、もう二度とこんなことしないから』」
「マナミの返答は?」
「『ばっかじゃないの』」
「そりゃそうだわ」
 深い溜め息と共に芹香は肩を落とした。
 あたしはぼんやりと黒板を眺める。見た覚えのない英文の羅列。つい十数分前まで聞いていたはずの授業の内容をまるで覚えていない。
 英語の授業だけではない。昨日のあの瞬間から、あたしの頭は陽くんのことだけでキャパシティオーバーだ。




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