その日を境に、僕と堀江くんの距離はぐっと縮まった。
学校で話すようになったし、時たまお昼ご飯も誘ってくれるようになった。
夏休みに入ってからは一緒に遊びに行くぐらいに仲良くなった。
遊び、と言っても専ら植物園に行くことが多かったけれど、大好きな花に囲まれて、大好きな堀江くんと花の話で盛り上がって、幸せ以外の何物でもなかった。
堀江くんは話し上手聞き上手で、引っ込み思案な僕でも楽しく過ごせた。

けれど、やっぱりと言うべきか。
僕と堀江くんが仲良くなることによく思わない人達がいた。
それが、島本くん達、男子と女子のグループ。
いつも堀江くんを中心によく一緒にいて、クラスの中でも目立った存在だ。
所謂、スクールカーストでは上位にいるような人達で、落ち着いた雰囲気の堀江くんに対して、島本くん達は派手な容姿をしている人が多かった。

堀江くんが王子様なイメージに対し、彼らはそれを取り巻く騎士……と言うには少し落ち着きがなく。
金髪や茶髪、ピアスにアクセサリー。
制服は原型を留めていない人もいて、僕だったら街中で見かければ即座に目を逸らすようなタイプの人が多かった。

ただ例外として一人だけ、そうじゃない人もいる。
落ち着いていると言うには柔らかすぎる表現で、どちらかと言えば達観しているような。
島本くんはそんな人だ。

見た目からしてまず違う。
身長が大きいだけでなく、体つきとってもがっしりとしていて、もちろん体育の成績はトップ。
襟足に掛かる程伸ばし、軽くセットしたダークブラウンの髪色がより大人っぽく見え、皆から頼りにされていたりもする。
制服も少しだけ気崩してはいるけれど、背筋がピンとしているからか品は失っていない。
仲間内と喋っている時は、包容するような優しい目をするけれど、僕が視界に入れば、その大きな黒目でぎろりと射抜く。

それだけではない。
例えば朝、堀江くんが登校して来ると、教室は忽ち明るくなる。
けれど島本くんが登校して来ると、一転、ぴりりと緊張感が走る。
皆、口にはしないけれど、島本くんが怖いのだろうと思った。
だけど、怖いだけじゃない。
だから彼の周りにも人は集まるのだろう。
島本くんなら、王子様の騎士と呼ぶに相応しいのかもしれない。



それはしっとりした雨の降る、梅雨の時期だった。
ある日の放課後、花壇の様子を見に行ってから教室に戻ると、中から人の話し声が聞こえた。
そっと覗くと、堀江くんと島本くん達だった。

「大宮だっけ?」

急に自分の名前が出てどきりとした。

「お前、いい加減構うのやめろよ。ああいう奴、お前には合わない」

不満げに言ったのは島本くんだ。
それに続くかのように、他の人も僕の悪いところを挙げながら同意する。

「そうそう。あいつ何か暗いじゃん?」
「なよなよしててきもい。あたしよりチビだし!」
「ああいうやつがキレるとヤバイんだよな。な?危ないって、ハル」

(僕、嫌われてるんだ……)

決して中学時代も周りから好かれていたとは思っていなかったけれど、こんなに直接的に悪意をぶつけられたことは今までなかった。
増してや、一般的にギャルとか不良とかに位置づけされそうな彼らは、正直僕は苦手で。
手が震えて、その場から逃げ出したかった。
でも、足は地面に縫い付けられたかのように動かない。

「そうかなあ?俺は好きだよ、大宮のこと。話してると癒されるし」

そのたった一声に、纏わりついていたネガティブな感情が全て浄化された気がした。
さっきまではつま先まで冷たくなった感覚だったのに、今はとくん、とくんと、心地よい鼓動に全身が包まれている。

(彼を好きになって良かった)

心の底から思えた。

そして堀江くんの説得に失敗した彼らは、僕に目をつけた。
最初は僕を睨むだけだったんだけど、すれ違いざまわざとぶつかってきたり、聞こえるように悪口を言ってきたり、あからさまな嫌がらせをされた。
それでも、堀江くんと仲良くできることの方が幸せだったから、そんなことも気にしないようにしていた。
すると、へこたれない僕の態度が余計に怒りを買ったのか、ついに呼び出された。

いつもの島本くんグループ5、6人が僕を囲むや否やハルには近づくなとか、根暗の癖に気持ち悪いとか散々罵倒された。
もちろん、僕に反論する勇気なんてなく、俯いたまま只管耐えるしかなかった。

どれくらい経っただろう。
言うだけ言って満足した彼らにやっと解放された。
僕に背を向けた途端、さっきまでのことはなかったかのように別の話題で盛り上がっていた。
騒がしい声が遠ざかっていく時、ちらりと廊下を見遣る。
すると、まるで眼前に目だけが迫ったのかと思うくらい、僕を睨みつけている島本くんがいた。
僕はその迫力に、腰が抜けた。

「おーい、シマ!何やってんの!早く来いよ!」

仲間から呼ばれた島本くんは無言で彼らの元に戻っていったようだった。
情けないことに、暫く顔をあげることができないくらい怯えてしまった。

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