クリスマスという時期だったけれど、まだ本番まで日にちがあったせいか植物園はそんなに混み合っていなかった。
イルミネーションは17時から始まるらしく、それまではのんびり園内を回ることにした。
イベントエリアでは毎月テーマに沿って造園されるらしく、今月はクリスマスに因んでフィンランドを中心に北欧の植物が展開されている。
植物もだけれど、飾り付けられているオーナメントが可愛らしくて、僕は久しぶりにほっこりした気分に浸れた。

「良かった」

不意に堀江くんが呟く。

「大宮、楽しそうで」

にっこりと屈託なく笑う彼に、僕は少し逡巡した後、笑い返した。
それからも会話は少なかったけれど、ゆったりとした時間を送れた。
穏やかだった。
こんなに穏やかな心内は長い間なかった。



黄色のトナカイ、白に輝く天使、そして光の洪水の中大きなもみの木が金色に聳え立っている。
17時を告げる鐘の音と同時に、ライトアップされた園内は昼間とは別世界だった。
色とりどりの電飾を散りばめられたオーナメントが、イルミネーションのメイン会場となっている“星屑の庭”へと誘う。
3階建て程背丈のあるガラス張りの温室のそこは、天井に届きそうなくらいのクリスマスツリーが出迎えてくれた。
幻想的な空間に、言葉を失う。
それは堀江くんも同じだったようで、少しの間二人で呆けていた。

あまりにも現実離れした風景はまるで、夢のようだった。

(ううん、夢にしてしまおう……)

「ごめんね、大宮」
「え……?何が……?」

堀江くんはツリーをじっと見据えながら僕に謝った。
全く心当たりのない僕は彼の言葉を待つ。

「約束、したのに。俺行かなかった」
「約、束……」

何を、とは言わなかったけれどそれだけで何のことかわかった。
きっとあの休日、公園で会うと言っていた約束のことだ。

「この頬の傷ね、殴られたんだ。島本に」

突然出された名前に、話の繋がりが見えず眉を顰めてしまった。

「大宮がどんな気持ちで待っていたかわかるか、って。守る気もないのに軽々しく約束するなってさ」
「どう、して……島本くんが、そんな」
「大宮のためじゃない……って本人は言ってたよ。八方美人で上辺だけの俺が前から気に食わなかったんだって。そんなこと言う癖に怒りながら責めるのは大宮のことばっかりだったけどね。中途半端に構うのは止めろ、たまに食べるなら毎日昼食を一緒に食べてやれ、友達だと言うならいじめられてることにも気付け、って」

何て滅茶苦茶な要求だと、唖然とした。
そしてふと最後の言葉に引っかかった。

「いじめって……え?し、島本くんが言ったの?」

写真をばら撒く、と言っていた彼が頭に過ぎると、一気に血の気が引いた。
あの写真をついに堀江くんに見られてしまったのだろうか。

「うん、ごめんね気付けなくて。島本と他の子達が大宮を殴ったり蹴ったりしてたって本当につい最近知ったんだ。大宮から避けられるようになって変だな、とは思ってたんだけど。その理由までわかろうとはしなかった」
「ううん……そんな、そんな違うよ!堀江くんのせいじゃないし、それに……いじめられてたことは、堀江くんには知られたくなかったんだ……その、友達、に知られたくなかったんだ……」
「ありがとう。でもね、やっぱり俺も悪かったんだよ。昔、中学の時にね、俺のせいで友達同士が揉めたっていうかちょっとごたごたがあって。それ以来あんまり人に立ち入らない癖がついちゃったんだ」

何となく、わかる気がした。
だって堀江くんは本当に素敵で、魅力的だから。
そんな彼と友達になれたら、それまでなかった嫉妬や欲が生まれ、誰だって醜くなってしまう。
僕も、島本くんも、彼らもそうであるように。

「でも、大宮との場合それが少し緩んじゃったんだね。中途半端に踏み入った、だからなんだと思う」
「だとしても、僕は……僕は嬉しかったよ。堀江くんと花や木の話がたくさんできて、一緒に植物園に行けて、嬉しかった」

僕が言い切ると、堀江くんはふんわりと微笑んで、俺もだよと言ってくれた。
堀江くんと過ごした今日は、本当に素敵な時間だった。
帰宅して真っ暗な自室に入ると、それまでの夢から覚めた気分で。
長い長い、夢を見ていた。
そんな風に思った。

朝になって、いつもよりすっきり目覚められた。
制服に着替え、教科書を鞄に詰め込んで、朝ご飯を食べた。
お母さんは心配そうにしていたけれど、僕は反対に清々しい気持ちだった。
靴を履いて、鞄を持つ。

「旭、無理だったらすぐ帰ってらっしゃいね?」
「うん。でも大丈夫だよ、お母さん。じゃあいってきます」

僕は扉を開けた。

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