久しぶりの外出から帰宅し、僕は自室でチケットを前に悩んでいた。 (つい、受け取っちゃった……) ポインセチアの写真と共に、クリスマス・イルミネーションと書かれているそれは、島本くんから押し付けられた植物園の入園チケットだった。 一連の騒動ですっかり忘れていたけれど、もうすぐクリスマスだ。 ベッドに倒れ込み、チケットを翳した。 公園で島本くんと遭遇してしまって、引き止められた。 でも、何を話すわけでもなく只管沈黙が続くばかりで。 あまりの気まずさに、帰ることを告げると今度は焦ったようにポケットを探り、このチケットを差し出してきた。 訳がわからず、困惑していると、ん、と言って手に押し付けてきた。 「明日、絶対来いよ。13時にここ」 力強くそう言うと、彼はそそくさとその場を去っていった。 残された僕はチケットを見て、植物園に誘われたのだと後で気付いた。 (島本くんが何をしたいのか、僕にはわからない) 僕が嫌いなら写真をバラまけばいい。 ううん、元々写真なんかなくても彼なら僕を排除することくらい簡単だったはず。 クラスのみんなから恐れられていたけれど、やはり人の扱いが上手いのだ。 あのクラスで何に置いても一番は堀江くんだ。 けれど支配者は彼、島本くんだ。 彼が白と言えば黒も白になる、それが例え堀江くんが否を唱えたとしても。 単に僕が気に入らなくて甚振っていたのだろうか。 堀江くんに近づく僕がどうしても許せなかったのだろうか。 ――何故。 疑問は次から次へと溢れ出るけれど、いくら考えたところでそれは解消されない。 (明日、行って本人に直接確かめるしかない) 僕は腹を括ることにした。 翌日、憂鬱な気持ちと不安と、そして事態への収束が見え始めたことへの期待を抱え家を出た。 複雑に入り混じる胸中とは裏腹に、空はどこまでも透明に突き抜けていた。 公園まで徒歩で20分。 中学の頃は公園に着くまでの道のりも好きだった。 けれど、今はタイミングよく青になる信号が少しばかり恨めしい。 行きたくない思いとは逆に、背中を押されているように足は動いた。 入り口にあるポールを抜け、暫く進んだ後、小脇に延びている横幅の小さい階段を降りる。 残り数段というところで一度止まり、息を整えてから駆け下りた。 ベンチの方を振り向くと、彼はいた。 「ほ、りえくん……」 ここに来てほしくて堪らなかった彼が、僕がずっとずっと待っていた人が、目の前にいる。 「大宮!良かった、来てくれたんだね」 そう言って朗らかに笑う表情は、よく一緒に遊びに行っていた時のままで 、一瞬惚けてしまった。 が、ふと彼の頬に青い痣が浮かんでいるのが見えて、僕は慌てて駆け寄った。 「ほ、堀江くん!これ!これどうしたの!頬!」 触っていいのかわからず、手を出したり引っ込ませたりしている僕がさぞや滑稽だったのだろう、彼は驚きから一転噴き出した。 「ふふ、そんなに心配そうな顔をしなくて大丈夫だよ。これは……うん、僕の怠慢への罰……かな?」 「罰……?」 「うん、これは俺が悪かったんだ。それより、チケットちゃんと持ってきた?」 「う、うん。でも、何で?だって、このチケットは……」 島本くんから貰った物、とは言えなかった。 何となく彼の名前を口にしたくなかったのだ。 けれど、堀江くんは飲み込んだ言葉を察してくれた。 「ああ、俺も島本から貰ったんだ。あ、歩きながらでいい?」 僕を促すと、堀江くんはゆったり歩き始めた。 改めて彼の装いを見ると胸がときめいた。 チャコールのPコートに黒で細身のパンツと言うシンプルな格好だけれど、堀江くんによく似合っていた。 冬は決まってダッフルコートにジーンズしか着ない僕とは大違いだ。 (だからって僕が堀江くんと同じ格好しても全然似合わないだろうな) 「大宮……?大丈夫?」 すっかり思考が斜め上に飛んでいた僕に気付いた堀江くんが目を丸くしていた。 「あ、ごめん!何でもない!えっと、それで……」 「うん。島本にね、大宮と行ってこいって貰ったんだけど、大宮は何も聞かされてなかったの?」 「うん……ただ誘われただけって言うか、チケット渡されて」 「そうなんだ!本当、あいつ口下手だなぁ。ごめんね、もしかして俺でがっかりした?」 「ううん!そ、そんなことないよ!嬉しい!」 “がっかり”という言葉に食いつく勢いで反応してしまった。 恥ずかしくなって、俯くと堀江くんはクスクス笑った。 「俺も。植物園自体久しぶりだし、大宮とこうやって一緒に行けることが嬉しいよ。彼女は花とか植物とか興味持ってくれないから」 僕と行けることが嬉しい、なんて言われると心臓が暴れ出すのも無理はなかった。 けれど、彼女、と言う存在を彼が口にした途端、静かになるどころか足元が崩れそうなくらい絶望を感じた。 (そうだよ、勘違いしちゃだめだ。僕は堀江くんのこと諦めるって決めたのに) それなのに、彼の一言一句に振り回されるなんて。 島本くんがどういう意図で今日と言う日をセッティングしてくれたのかはわからない。 でも、今日で最後。今日こそこの想いを断ち切るんだ。。 << >> |