次の日、状況は劇的に変わった。
ニヴルヘイムの第二都市とも言えるフィンブルスルが、竜巻被害により大打撃を受けた。
街の機能は完全に止まり、壊滅状態と言っても過言ではないほどだった。

魔王は、至急復興命令を下したが、暫くもない内に次々と各地での被災報告が上がってきた。
驚くことに、フィンブルスルのみならず、小さな町や村では土砂崩れ等、同時多発的に天災が起きていた。

国内は混乱を極め、魔王はミズガルズに出征していた兵を引き上げるという苦渋の決断をした。

それから半月経ち、復旧の見通しがついた頃、またもフィヨルムという都市が被災した。
これには、流石の魔王も、堪えた。

執務室には、いつもの倍以上の書類が積まれ、そのほとんどが復興についてのものだった。

「いかがいたしましょう」
「原因があるならば、突き止めたい、が」

それは無理だろう、と言外に匂わす。
そのタイミングを見計らってか、レギンは1枚の書類を魔王に差し渡した。

「実は、人間から…このような申し入れが…」

そこには和平を結びたいとの旨が、書かれていた。
が、その内容に、魔王は眉を顰めた。

「…何だこの条件は」
「被災により弱体化しているわが国を攻撃しない代わりに、人間側に有利な条件で条約を結びたい、とのことです」

ぐしゃり、と紙を握りつぶすと手のひらから炎が噴き出し、灰となった。

「人間風情が…」

その瞳はただただ、獣のように鋭かった。



国や城内が慌しいのとは反対に、律はこの世界に来て初めてまったりと過ごしていた。
背中の傷や栄養失調、そして歩行困難なほど衰弱した体だったため絶対安静と、医師から診断された。
なので、一日のほとんどをベッドの上で過ごしていた。

魔王とは、毎日枕を並べて眠っていたが、大して会話はなく、決まって薬は飲んだか?と聞かれる程度だった。

しかし、ここのところ部屋に帰ってくるのは夜中か、帰ってこない日もあった。
そして会うたびに、やつれた表情で、律もそんな姿を見れば見るほど、何だか居た堪れなくなった。

そんな中、ある夜のこと。
律は不意に目覚めてしまった。
すると、部屋の真ん中辺りに灯りがついているのが天蓋越しに見えた。

隣を見ると、魔王がいなかったのでまだ起きているのかと、天蓋を捲って覗くと、カウチで眠っているようだった。
ローテーブルには書類が無造作に置かれ、魔王の手も何枚か持っているところを見ると、そのまま眠ってしまったことがわかった。

(何かあったん、だよね…大分疲れてるみたい)

律は、このまま見ぬふりをして、寝ることはきっとできないだろうと思い、律用にと与えられたブランケットを手にした。
意を決して、ベッドから降りると、家具を手すり代わりにふらふらと何とか魔王の元まで辿りついた。

間近まできて、魔王の様子を窺うと、カウチの肘掛に肘をつき、難しい顔をしていた。
一瞬、考え事をしているだけなのでは、と焦ったものの、律が起きても何も言わなかったので、落ち着きを取り戻した。

(綺麗な顔…)

ローテーブルに置かれた蝋燭が、魔王の整った顔立ちにくっきりと影を落とす。
律は、ブランケットを広げ、起こさないよう慎重にそっとかけた。

その瞬間、視界はぐるりと回り、物凄い力強さでカウチに押さえつけられた。

「…お前、か」

拘束が解かれ、何事かと思えば魔王が目を見開きながら、律に馬乗りになっていた。
しかし、すぐさま警戒し、両肩を掴まれた。

「こんな夜中に、何をしている」

咎めるような冷たい目と声で、律は震え上がりながら、ブランケットを差し出した。

「これ…を、俺に、か?」

ガタガタ震えながらも、律は必死で頷いた。

すると、魔王に体を抱え上げられ、向かい合うように、膝の上に座らされた。
魔王からは先ほどのおぞましい雰囲気は払拭されていたが、律は涙目で不安げだった。

「背中は、痛むか?」

倒された衝撃で、傷口がまだじくじく痛むが、首を横に振った。

「…そうか」

更に腰を引き寄せられると、律の首筋に魔王は顔を埋めた。
緊張で固まる律を知ってか知らずか、少しの間、そうして魔王の腕に抱かれていた。


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