二日ぶりに浴びる熱いシャワーの前で智樹は困惑を隠せずにいた。 あの後、引きずるように連れられたのは、繁華街から5分ほど歩いたマンションだった。 7階建ての最上階の部屋に着くなり、風呂に入れと脱衣所に追いやられてしまった。 そうして、智樹は素直にその言葉に従っているわけだが――。 (佐野さん……怒ってる、のかな?) 確か、自分はもういらないときっぱり言われたはずだ。 それなのにまた連れ戻された。 いくら考えても馬鹿な頭ではわからないと、蛇口のハンドルをキュッと閉めた。 そろり、と脱衣所から生白い脚を薄暗い廊下に伸ばす。 風呂から上がると、着慣れていたボロボロのジャージがなくなっており、智樹は散々悩んだ挙句、バスタオルのみ身に着けた。 最初に連れられて来たマンションよりかは、小ぶりで庶民的な造りなので、すぐ先のリビングドアの向こうに佐野がいることがわかった。 ドアを開けることに躊躇していたが、冷え切ってしまった体がぶるりと震えたことで、意を決して中に入った。 「遅い」 開口一番に、冷たい声に刺された。 振り向きもせず、ソファに座っている佐野の表情は智樹からは見えない。 けれど、部屋中に充満し、むせ返るような煙が佐野の不機嫌さを表していた。 ジャケットやネクタイを脱ぎ、ラフな格好にはなっているのに、その威圧感は損なわれていないようだ。 智樹はごめんなさい、と口篭る。 佐野は銜えていた煙草を、吸殻の山に押し付けるとここで初めて動いた。 未だドアの前で俯いている智樹の横を通り抜けるかと思いきや、腰から掬い上げるよう小脇に抱えられた。 そして、そのまま廊下に逆戻りし、突き当たりの部屋に運ばれた。 驚愕で声のひとつも上げれない智樹が我に返ったのは、ベッドのスプリングで体が弾んでからだった。 「あ、の……佐野、さん……」 智樹をベッドに投げた張本人は、傍らに佇み見下ろしていた。 照明のない中、薄ぼんやりと見えたその表情に、智樹は震えるほど血の気が引く。 目の前の男は、今にも何でもないように人を殺しそうな程、感情のない眼をしていた。 拘束されているわけでもないのに、智樹は一ミリも動けなかった。 「お前、さっき体を売ろうとしていたな?」 何をされるのかと身構えていたが、佐野は無表情から一転、嘲笑った。 それが何か良くないことへの兆候に感じ、智樹は自身の鼓動が大きく脈打つ音を聞きながら、はい、と弱々しく答えた。 「なるほど、お前の何でもしますとやらは、股を開くって意味だったのか」 佐野は、方膝をマットレスにつく。 その重みでスプリングはぎしりと鳴り、智樹の体も揺れる。 「だったら前言撤回だ。稼がせてやるよ、その体でな」 気付けば、佐野に覆いかぶさられ、逃げるどころかもう何もできないことを悟った。 「うっ……い、っ!はあ……はっ」 脂汗を滲ませた智樹の下肢は、佐野の赤黒い猛りが突き刺さっていた。 病的に痩せ細った体に、雄々しいそれとでは淫靡というよりも残虐的であった。 「はっ……もっと色気のあるよう声が出せないのか」 快感など少しもないことがわかっていながら、佐野は容赦なく腰を打ちつける。 「所詮5000円の体だからな、こんなもんか」 そして肉体だけでなく、精神的にも智樹を傷つける言葉を吐き続けられた。 生理的なものか、感情からか、智樹の目から雫がこぼれる。 「……泣き顔は余計萎える」 舌打ちすると、佐野は律動を速めた。 反対に、智樹は痛みや疲労により徐々に意識が霞んでいった。 その日を境に、智樹は佐野直々に“買って”もらえることとなった。 意識を取り戻すと、最初に連れられて来た高級マンションの一室にいた。 暫くして、佐野が部屋に入ってくるなり、5万円を見せ付けた。 「これからお前を一回5万円で買ってやる」 そして小馬鹿にした笑みを浮かべると、札を智樹には渡さず、懐にしまった。 不思議にそれを見ていた智樹に、佐野はある物を投げつけた。 「せっかく稼いだ金だが、治療費を差し引くと残りはそれだけだ」 智樹はシーツに埋もれた500円玉をじっと見つめる。 「食費やら家賃もタダじゃないからな。あと3244万円と利子もだ。精々頑張るんだな」 そう言い残し、佐野は部屋から出て行った。 そっと、丁寧に500円玉を拾い上げると、大事に両手で握り込んだ。 << >> |