【男心を掴むレシピ】

僕は思わず足を止めた。
暑さが増したから、コンビニで冷たい物でも買って松原くんの家に寄ろうかなと算段している時、それは目に入った。

今流行りの女優さんが表紙の、明らかに女性向けの雑誌。
その特集タイトルにそそられ、そろそろと、手が伸びてしまった。

――彼女に作ってほしい料理第1位は、定番の肉じゃが☆

肉じゃが、か。
あんまり料理はできないけれど、肉じゃがなら、多分作れる!
決意した僕は、急いで近くのスーパーに向かった。

松原くんは今日、夜までバイトだと言っていた。
この間貰ってしまった合い鍵を初めて使って、家主のいない部屋に入る。
勝手に台所を使うのは気が引けたけど、そうは言ってられない。
何故なら僕は松原くんの男心を鷲掴みにしておかないといけないからだ!
そう意気込んで、調理に取りかかった。



「……ただいま」
「ま、ま、松原くんっお、おか、えりなさっん」

21時を過ぎて帰ってきた松原くんを出迎えると、抱きしめられてキスされた。

「いいな」
「う、うん?」
「こうやって陽におかえりって言われるの」

僕は、何て返せばいいかわからず、へへっと照れ笑いしかできなかった。

「……ヤバい」

松原くんは、唇を舐めると口内を舌で掻き回した。

「んっふぁ」

僕は舌を受け入れることに、精一杯でされるがままの状態だった。
そんなとき脳内に、あの言葉が過ぎる。

【男心を掴むレシピ】

そうだ!
僕は松原くんの心を掴まないと!
名残惜しいけれど、ぐっと松原くんを押し返すと、不満げな表情になった。

「陽?」
「あ、あの、ね。ぼ、ぼ僕、ごご、ご飯、つ作ったん、だ」
「ご飯?陽が?」
「う、ん、え、と、たた食べる?」
「……食う」
「よ、良かった……!い、今よよそう、からね」

鍋に火をかけ、少し温め直す。
肉じゃがの出来はまあまあ……ちょっと失敗した。
にんじんをちょっぴり焦がしたり、砂糖を入れすぎたり、しちゃったけど…。
駄目だ!弱気になるな!男を見せろ、陽!

どん、と勢いよく肉じゃがの食器を松原くんの前に置く。
松原くんはそんな僕に驚いたみたいだけど、お箸を持つと、いただきます、と言って肉じゃがに箸をつけた。
不格好なじゃがいもを口に含み咀嚼する。
どきどきしながら、松原くんの反応を伺ってると、そんな僕ににっこり笑顔で言った。

「うまい」
「ほ、ほほ本当!?」
「うん」

良かった!
よーし、これからも料理の腕を磨かなくちゃ!

「……陽、何かあったのか?」
「え、えっ?ど、ど、どどうして?なな、な何も、なっないよ?」
「そんなことない。最近、ちょっとおかしいだろ」

急に核心を突かれた僕はいつもよりどもってしまう。
その態度に松原くんは、確証を得たらしく、諭すように陽、と言った。
僕は絶対言わないぞ、とぎゅっと唇を締めたけれど、意志の強い眼差しに白旗を揚げた。

「ま、松原くん、が……も、もも」
「……桃?」
「も、もてるから!だ、だだだから!ぼ僕もが、が頑張って、ずずっと、す、す好き……ってい言って、も、らいた、たくてっ」
「……どういうことだ?」
「!?ど、どどういうこ、こことって!だ、って、先週、お、お同じク、クラスのな、中村さ、さんに、こ告白さ、されてた!」

中村さんはクラスで一番可愛いって有名な女の子だ。
今時の女子高生にしては、髪も染めてない黒髪だけど、艶々でサラサラなロングストレート。
制服も清楚に着こなしていて、男子の間ではとっても人気が高い。
しかも、見た目だけじゃなくて、性格も優しい。
この前、僕が筆箱を床に落として中身をぶちまけちゃった時も、一緒に拾ってくれた。
見た目も可愛くて、性格も優しいなんて理想的で完璧な女の子だ。

「それはちゃんと断った、陽にもそう言っただろ?」
「あ、う、うん。聞い、たよ。え、えっと、ででも!それだけじゃ、な、ない!お、一昨日は、と、隣のクラスのお女の子から、メ、メル、メールアドレス、き訊かれて、た」

その隣のクラスの女の子は茶髪に染めて、くるんくるんに髪を巻いていて、スカートは下着が見えそうなくらい短かった。
中村さんとは正反対って感じだったけれど、色気って言うのかな、フェロモンがむんむん溢れていた。
松原くんにも物怖じせず、フレンドリーに接していた。

「……それも教えてない。っていうか何で知ってるんだ?」
「え!?そ、そ、それはっその…あ、まままだある!ええっと、こ、この前からバ、バイト先で、常連のおっお女の人か、から、デデートにさ、さ誘われてるよねっ!」

数ある松原くんのバイト先の1つ、駅前のカフェでのことだ。
仕事もプライベートも充実してます、って雰囲気のお姉さんに幾度となくデートにお誘いされてる。
他のお客さんも松原くんに目が釘付けだけど、松原くんはそれがわかっているのか極力客席には近づかない。
けれど、そのお姉さんはさりげなく松原くんを客席に呼び止め、さりげなくボディタッチをしてアピールしている。
侮れない、お姉さん…。

「待て」
「な、なな何!ぼ僕は、し知ってるんだからね!いい言い逃れはっ」
「陽、何でバイト先のことまで知ってるんだ?」
「……ひっ」

松原くんはにっこり、と笑っているけれど目が笑っていなかった。
冷や汗がだらだら、と流れる。

「陽、隠し事はしない、って約束したよな?」

僕は観念して、全部話すことにした。


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