初めて与えられた高価な物ということと、その着心地の良さに帯を締めず、堪能していた時、がぶり、と曝け出した首筋を噛まれた。

「ひゃあ!」

誰が、とは愚問で今度は噛まれた箇所をねっとり舐められながら、胸の突起や自身を弄られた。
朝の余韻が残る身体は敏感に反応してしまい、立つことがままならず壁にしがみつくかのように纏わりついた。
ほとんど間もなく、市は達してしまい、昨日からの立て続けな攻めに、意識が途絶えた。


突然、ぐったりした市に、水神は珍しく冷や汗を滲ませた。

(死んだのか?まさか、今までの人間はこれ以上酷くしてもまだ死ななかったはず)

市を調べると息をしており、安堵した。
とりあえず寝台に寝かすことにし、水神は別のことを考え出した。


それは、市を見ると欲が沸き立つことだった。
今朝も目覚めると、不安げな顔をしていて、何か紡ごうと開いた小さく熟れた唇が目に入るとむしゃぶりついてしまい、そこからは留まるところを知らなかった。
そこで、一旦冷静になろうと酒を要求したが、またも真っ裸のまま飛び出そうとし思わず制止をかけた。

(あれはまずい。雑魚は俺の神気で死ぬが、たまたま通りかかった大物のあやかしにでも見られてみろ、一発で食われる)

そして着物を着させたのは良かったが、次はその着物が気に食わなかった。

(あの白い肌にあんな布っきれなんざ、汚れるだろうが。あいつには、そうだな…薄い浅葱がよく合う)

そう言えばそんな着物があったな、と心当たりを探しに部屋を出た。
目当ての物を見つけ寝室に戻れば、酒の支度を終えた市が控えめに待っていた。
その着物をやり、着替えるよう促すと部屋の隅で着替えはじめた。
酒の肴のように、じっとりと舐めるように見ていると、自分の想像以上に浅葱色は陶器ような白い肌を引き立てた。
それからは、うなじが目に入ると思わず噛みつきまたしても襲い掛かってしまった。



水神は自分の衝動に異常を感じていた。

(こいつ、まさか、人間じゃないのか?)

神である自分を欺ける程の者など思いつきもしないが、存ぜぬ力で誘惑しているのではと疑った。

(それかもしや、稚児か?)

――初な反応を見せながら男を楽しんでいたのか!

カッとなった水神は、市の額に手を当て、目を閉じた。
水神の脳裏に、おんぼろな小屋と言った方が早い建物が見えた。
それこそ市の住んでいた家であった。
水神は、市の頭にある記憶を見ているのだ。





市は、藁を被り、家同様ボロボロな中年男性に謝っている。

「ごめんね、お父さん、ごほっ」
「市は悪くない、しっかり寝てろ」
「うん、早く元気になるからね、そうしたらお父さんの仕事、手伝うからね」
「ああ」

父は頭を撫でると仕事に行ったようだった。
場面が切り替わり、今度は山に山菜を積みに来ているようだった。
すると、背後から小石がたくさん飛んできてそのいくつかが市に当たったようだ。
市は何も言わず、そっと振り向くと十を越えた子供数人が、立っていた。

「ごくつぶし!出てけ!」
「父ちゃんが言ってた!お前は邪魔者なんだって」
「お前はいいよなー働かなくて食っていけて!」

散々暴言を吐くと、再度小石を飛ばした。

(痛い!痛いよ!)

市は決して口にはせず、けれど心の中で泣いていた。
それからどんなに市が成長しても、同じ体験ばかりで、とうとう父が家を出て行くことになった。

「お父さん、まだかな」

三月経てば、帰ってくると信じ、何とか残った食糧を食い繋ぎ、独りぼろぼろの家で父を待ち続けていた。
すると、ついに大勢の大人が押しかけ、市に生贄になるようにと迫った。

(お、父さん……)
(ごめんね、役立たずのままで)
(どうか幸せになって)
(お父さん、さよなら)

その晩の市の心は父への謝罪と祈願でいっぱいだった。


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