しかし、水神は特に気にする様子もなく普通に答えた。

「明日は十月十日、国中の神々が集い話し合うのだ。七日もすれば帰る」

そうですか、と何とか相槌を打ったが、市はそれどころではなかった。

(七日もすれば……お父さんは、お父さんはそう言って)

震える自分の体を抱き締めて、ひっそりと涙した。
そして一睡もできぬまま、夜が明け、市は心に決めたことを実行した。



「水神様…」

起床したばかりの水神は、不愉快そうに市を見た。

「申し訳ありません。あ、あのひとつお願いが……」
「言え」
「ありがとうございます。あの、僕を、抱いてくれませんか?」

水神は目を見開いたまま、市を凝視した。
かと、思えば寝台に押し倒すと食むように唇を交わした。

「ん……っふぁ……」

口腔に入ってくる舌に市は拙いながら必死で応える。
いつもとは違う反応に、水神は性急に事を進める。
愛撫もそれなりに、猛った自身で市の中を貫いた。

「あっあ、あぁっみ、ずかみさまっ」

「はっ、は……っ」

久しぶりの激しい腰つきに、大きな腹がゆさゆさ、揺れる。
より激しさを増すと市はすぐに達し、水神も後を追った。
お互い、余韻を惜しむかのようにしばし、離れなかったが、徐に自身を抜き去ると、水神は支度を始めた。
市はどうしても手伝う気になれず、ゆっくりと身を整えた。
そうして、準備を終えた水神は市に近寄ると、

「七日で戻る」

そう言い残し出て行った、市の頭を撫でてから。



主がいなくなった瞬間、市は崩れ泣いた。

(最後に、最後の思い出に抱いてもらったのに、どうしてっ!どうしてお父さんと同じことを……!)

一晩、寝ずに市が決心したことは、最後に水神に抱いてもらうということだった。
何か、形に残るものが良かったが、自分が一番何が欲しいか考えた結果だった。
交じり合うのは子供のため、ではあったがいつの間にか心の奥底では市自身が望んでいたような気がした。

朝まで水神が眠りについていた褥にそっと手を触れる。
ふわり、と水神の匂いが香った。

「うぅっ……水、神様っ」

その匂いに包まれながら、市は意識を手放した。



目覚めると夕刻で、障子が赤く染まっていた。
何をする気にもなれず、涙をだらだら流し、時々嗚咽を漏らしながら、三日程過ぎていった。
四日目になると、もう市は我慢できずに言いつけを破り部屋を飛び出してしまった。
玄関で待っていよう、と構造を把握していない屋敷をうろうろと歩き回り、ようやく玄関を見つけ座り込んだ。

けれど、当然主人が帰ってくる気配はしない。
今度は、玄関を開け、何と外に出てしまった。
屋敷は山中に建っていたようで周りは木々に囲まれ、人の気配はまるでなかった。
草履も履かず裸足でふらふらと、山に入っていく。

(水神様……お父さん……どこ?)

神経が衰弱し、そこに居もせぬ人を求め、どんどん深い山地へ足を踏み入れる。
暫く歩くと、開けた場所に出た。
そこは、市が供物として捧げられた泉とよく似ていた。
片足を引き摺りながら、無我夢中で駆け寄ると、泉の水面に大きな亀裂が入っていた。
ちょうど、人が一人通れるくらいの。
(これ……もしかして)

その裂け目を通れば人間界に帰れるのでは、と市は推察した。
そして、それは当たっていた。

本来ならば、人間界と神界を繋げるのは神だけで、普段は結界が張られているが、神無月のこの時期、その土地の守り神すらも留守にするので度々結界が壊れることがあった。

(お父さん……お父さんに、会える)

市は、その亀裂に飛び込んでしまった。

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