「いくつか聞くが……俺がお前を性処理としか思ってないなんて言ったか?」 「う、ん……あのまだ大学辞める前に、その、玄関で……」 「ああ……あの時か、そうか。じゃあ料理まずいだなんて言ったのか?」 「えっと、クソまずいって、ゴミ食ってる方がましだって」 「そうか……言ったのか」 「うん。だから僕ちゃんと全部できるようになろうって。そうしたら四條くんは責任感じることもなくなるんじゃないのかなって、思って」 結局駄目だったね、と忍は呟いた。 それらを聞いた四條は頭を抱えたまま黙り込んだ。 その様子に涙なんて引っ込んでしまった忍が今度は慌てる。 「し、四條くん?どうしたの?あの、気分悪い、の?」 「俺はお前で性処理として使ってたつもりはねぇ……飯だって普通にうまかったよ、今日のは特に」 「そう、なの?」 「一緒に住もうって言ったのも償いだの世話するだのじゃねぇ……付き合ってる、つもりだった」 付き合う?一体何に? そんな疑問が忍の顔にまるまる出ていて、四條はすぐに察した。 「だから、恋人のつもりだった!」 「え……恋人……?」 「素直に甘えてほしかったし、お前の手料理が食いたいから作ってほしかった。お前を抱きたいと思ってセックスしていたし、ヤってる時も声聞きたかった」 「そ……っえ……、ぁ……」 思わぬ四條の本音は忍にとって衝撃的だった。 それだけにいくら口を開こうともうまく言葉を紡げずにいた。 呆然としている忍に、四條は頭を下げた。 「乱暴な真似して悪かった……お前が出て行くって言ったから俺と別れたいのかと思ってカッとなった……でもお前はそもそも付き合ってるつもりじゃなかったんだよな。もしかして一緒に暮らすのも、セックスも嫌だったのか?」 再び忍の瞳から雫が流れ落ちる。 四條は震える肩に触れようとしたが、先の行為でボロボロになっている忍の身体を見て、その凄惨さに躊躇した。 ボタンの引き千切れたシャツだけを羽織り、手首や腰は赤い痕が滲み、肩口には痛々しい程の歯型が残っている。 今すぐ抱き締めて許しを乞いたくなったが、ぐっと我慢する。 「や、じゃない……嫌じゃない、よ」 嗚咽を交えか細いながら忍は必死に伝えようとした。 「一緒に、住もうって、言ってくれてう、嬉しかった!処理だって思ってたことも、本当はこ、恋人同士みたいだなってこっそり思ってたの!だって……だってずっと昔から好きだったから。四條くんのこと」 耐え切れず四條はその腕で忍を掻き抱いた。 何故きちんと気持ちの確認をしなかったのだろうと後悔する。 このまま力を入れればすぐ折れてしまいそうなくらい細い身体に、一体どれほど酷い仕打ちをしただろうか。 自分の愚かさに嫌気が差した。 「好きだ。俺はお前が――忍のことが好きだ」 低く落ち着きのある声は忍の芯まで浸透した。 じわじわと全身に染み渡り、溢れる涙をより一層喜びの色に変えていく。 この瞬間、確かに二人の間の隔たりは消えたのだ。 四條と忍は年を越してから、ようやく平和な日常を手にした。 三が日は部屋から一歩も出ずに只管愛を確かめ合うという爛れた正月であったが、二人の仲はより強固なものとなった。 それは休みが明け、それぞれ学校へアルバイトへとすれ違う生活が戻ってきても崩れることなく、それどころか蜜月のような甘い日々を過ごしていた。 「じゃあ行ってくる」 「うん、いってらっしゃい」 靴を履いた四條が振り返ると、忍は未だ恥ずかしげに微笑んでいた。 その様子を堪能した後、真剣な面持ちで口を開いた。 「よし、確認だ。俺とお前は何だ?」 「こ、恋人、です」 「ん。恋人としてわからないことがあれば?」 「絶対、必ず、何があっても、四條くんに聞く、です!」 「そうだ。じゃあ出かける恋人を見送る時は?」 「いってらっしゃいの、チュ、チューを、する、です」 忍がそう答えると四條は満足げに頷き、ん、と促した。 忍は身を乗り出しては、躊躇い、俯いたり、もう一度身を寄せようとしたり、と二、三回繰り返す。 そうして幾度目かでやっと四條の唇を一瞬掠める程度に口づけた。 それだけで顔を真っ赤にした忍だったが、男は眉を顰めた。 「忍、教えただろ。恋人同士のキスはんな軽いモンじゃねぇ。やり直し」 「え、えええっあ、うぅ」 その後何度も駄目出しを食らい、結局四條が大学へ行ったのは随分日が高くなってからだった。 君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな END. << |