そうして廃神社で俺と藤が暮らし始めて一月が経った頃。 藤が毎日取ってきてくれる供物のお蔭で、神体に引きこもることなく姿を露にすることが多くなった俺に藤はこう言った。 「露草様、随分と顔色が良くなられましたね」 それはどこか別れの言葉にも思えた。 そうだ、藤は俺の身体が元気になるまで世話をすると言った。 つまり俺が快方に向かえば、いずれ藤は俺の元を去るということだ。 (嫌だ、嫌だ。あの時ですらこの胸の絶望は深かったというのに。こんなに藤という人間を知ってしまってから離れたなら俺はどれ程打ちのめされるのだろう?) 夢の中にいた俺は、急に突きつけられた現実に血の気が引いた。 この人間を手放してはいけない。 どうすれば良いのだろうか、そればかり考えるようになった。 「露草様……お加減はいかがです?」 心底、心配そうな顔で藤は鏡を覗き込んでくる。 何故なら、俺は鏡からあまり出なくなったからだ。 体調には問題はなかった。 寧ろ藤がせっせと貢物を持ってくる為か、すこぶる良くなった。 けれど俺はそれを藤に明かさず、尚且つ調子が悪くなったふりまでしていた。 こうすれば藤は俺から離れないと思ったからだ。 そして、思惑通り藤は以前にも増して俺によく尽くしてくれた。 手水舎の汚れを取り、神木の注連縄を結び直したり、神体の鏡を磨いたりと一日中俺を思って働いてくれる。 俺はそれが嬉しくて、心地良くてもっともっと藤と仲を深めたいと思った。 ある晩のこと、その日は満月だった。 お堂の縁側に藤は腰を掛けて大きな月を見ていた。 俺は久しぶりに身を映し、藤の横に腰を下ろした。 「露草様!出てこられて大丈夫なのですか?」 「ああ……少しだけなら大丈夫だ。今日は月が美しいな」 「そうですね。この辺りは夜になると闇が濃く恐ろしいですが、月明かりがあるとほっとします」 優しく照らす月明かり、まるで藤みたいだ。 暗闇しかなかった俺の心を暖かく明かりを灯してくれた。 そうか、月は藤と同じなのだ。 「露草様には家族がおられますか?」 「家族……?いや、俺は生まれてからずっと独りだ。藤は、確か病で亡くしたのだな」 「はい。父と母と妹がおりました」 「そうか。仲は良かったのか?」 「ええ、貧乏で食べるのも精一杯でしたが、家族皆で肩を寄せ合って生きておりました。こうして月を見ていると思い出します。中秋の名月にほんの少しの収穫物を供えて、草団子を食べました。一人一つでしたが、それが何よりのご馳走で。あの頃は貧しかったけれど幸せだったと思います」 貧しいのに幸せ。 その言葉は俺には到底信じ難いものがあった。 (だって俺は不幸になるから近寄るなと、そう散々言われてきたのに) 藤だったら俺を受け入れてくれるのか。 俺と共に生きても幸せだと言ってくれるのか。 どうすれば藤は俺から離れられなくなるのだろう。 どうすれば俺なしでは生きていけぬと言ってくれるのだろう。 俺はその問いの答えを出す前に藤の華奢な身体を組み敷いていた。 「露、草様?」 「藤……藤が欲しい。俺に呉れぬか?」 藤は控えめな目を見開いていたが、俺の首に腕を回すと静かにはい、と言った。 それからは夢中で藤の身体を貪った。 初めてのことで勝手がわからなかったが、本能のまま交わった。 「ああっ……露草、様……!」 「藤!藤!お前の中は堪らない!もう達してしまいそうだ」 「来て、ください!」 「くっ……!」 藤の中に俺の子種を吐き出した途端、“何か”がどんどん満たされていった。 情交は藤が気を失うまで続き、空には月に代わり朝日が輝いていた。 藤は一度も達した様子もなく、恐らく痛みしか伴わない一方的な行為に俺は深く反省した。 その夜のことが切欠となり、陽が昇っている間、藤は俺に尽くし、夜になると華奢で壊れそうな身体を明け渡した。 藤に悦びを与えるよう努めたが、挿入してから俺は自らの快楽を追うだけになってしまい、事を終えると藤はいつもぐったりしていた。 そしていつも俺がすまないと口にすると、ゆっくり笑顔を作って気持ち良かったですと言った。 多少の罪悪感を抱きながらも、俺は藤との行為を止められなかった。 一度でも止めてしまえば、そのまま藤が何処かへ行ってしまいそうで、そんな不安などもぶつけていたのだろう。 それから蝉が鳴いても、落ち葉が舞おうとも、雪が積もろうとも藤は決して俺から離れては行かなかった。 此処の所身体の調子は上向きで、力が漲っているのも自覚できた。 あんなに苦しんでいた飢えも、それを思い出さなければ感じることもなくなった。 << >> |