ぱらぱらと小雨が降っていた。
人の手が加えられていない、雑木林は大きく育ちすぎた木々のせいでいつも鬱蒼としている。
こんな雨の日は特に暗くじめじめしていた。
俺は蕗の葉を傘代わりに岩にぼーっと座って雨の粒を数えていた。
何もすることがない故、無意味にもそんなことをやっていた。
この雑木林を唯一通り抜けられる小道の脇にある小さな祠。
それが俺の住まいだ。

櫛の通らなさそうながさがさで長い黒髪、骨に皮しかついていない痩せこけた身体、窪んだ目はぎょろりとしていて気味が悪いとよく逃げられる。
一見乞食のような風貌だが、その実、俺は神と呼ばれる存在である。
最もその神達からも忌み嫌われる、貧乏神だ。
元は俺も他の神々と同じく常世に住んでいた。
けれど、どこへ行っても寄るな近づくなと追い払われ、ついぞ現世に降り立った。
しかしこちらでの扱いはもっと酷く、俺を見るだけで人間達は逃げ出した。
そして居場所を求め彷徨っている内に、人間達はとうとう高名な僧とやらを使い、俺を封じようとした。
寸でのところで逃れ、こうして人里離れ滅多に人も通らない雑木林の祠に辿り着いたのだった。

雨に濡れたとて、風邪は引くまい。
何も食わずとも、腹は減るまい。
けれど、俺はいつでも何かに飢えていてひもじく侘しかった。
いっそ消えてしまいたかったが、そうは行かぬのがこの世の理。
この先何十年、何百年、何千年と惨めに生きていくしかないのだ。

「腹が減った……」

否、腹など空かしてはいない。
だが、何かが欲しいのだ。
それが何なのかはわからないがとにかく渇いていた。

「お腹が空いているのですか?」

その声は俺が住処としている祠から聞こえた。
まさか、俺以外にこの祠に誰かいるのだろうかと立ち上がった瞬間、祠を挟んだ向かい側に人が座り込んでいた。

(人間……!?まさか、俺を追って僧が……?)

すると、その人間も立ち上がり懐に手を潜り込ませた。
咄嗟に身構えた俺に、人間が取り出した物は笹の葉に包んだ握り飯だった。

「これ……一口しかありませんが、良ければどうぞ」

(な、何だと?俺に……?俺に食えと言っているのか?)

思わず辺りを見回すが、ここには俺と目の前の人間しかいない。
と言うことはつまり、握り飯は俺に差し出した物ということだ。

「あの、す、すみません、これしかないんです」

中々受け取らない俺に対して、人間はもっと寄越すよう訴えていると勘違いしたみたいで、慌ててそれを貰い受けた。
人間の飯は生まれてこの方初めてで、恐る恐る齧ってみると、何とも言えない感覚が広がった。
気付けばぺろりと平らげていた。
恐らくこれが美味いと言うことなのだろう。
何にもなくなってしまった包みを見つめため息を吐くと、人間はくすくす笑っていた。

「な、何だ!お前がやると言ったのだからな!」
「すみません。夢中で食べていたからそんなにお腹が空いていたのかと思って」

俺は別に空腹ではない。
だから握り飯を一欠けら食べたところでこの飢えが凌げるわけではない。
だが、ほんの少しだけ、腹の底が満たされた気がした。



その人間の名は藤(ふじ)と言った。
齢は二十一を数えるらしいが、その姿は年頃より幾分幼く見えた。
と言うのも、煤けた肌に、小さな目と鼻がちょこんと付いていて、身幅や格好も自分と同じく今にも折れそうな枯れ木みたいな身体に、粗末な着物を纏っているからだ。
聞けば、流行り病で両親を失い親戚の庄屋に迎え入れられたものの、その家の年寄りが他界し、主人が怪我を、息子が床に伏せたことによって“疫病神だ”と隣町の薬種問屋へ下男として追いやられたそうだ。
そして、そこの商家に奉公するなり商売が傾き始め、ついには身一つそのまま追い出されてしまったらしい。

「お前は疫病神なのか!では俺と同じ境遇なのかもしれんな。俺は貧乏神だ」
「まあ、貴方もそのように言われたのですか……」
「ん?言われたというか、事実そうなのだ」

藤は初め比喩だと思っていたそうだが、俺が本当に神だとわかると大層驚いていた。
そこで俺ははっと我に返った。
久々に誰かと話をして気が緩んだせいか、己の素性を簡単に明かしてしまった。
折角向こうから話しかけてきたのに、また逃げられてしまうのか。
もう少し身分を隠して一時だけでも語らいたかった。
嗚呼、嘆かわしい。

「それならば貧乏神様、僕と共に行きませんか?」

血相を変えて逃げるとばかり思っていたにも関わらず、藤は何てことはないと言った風な態度を取ったのだ。

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