こうして、松原くんと僕には暗黙のルールができた。



行為中は、必要以上に触らないこと。
出来る限り声は出さないこと。
行為が終われば、長居しないこと。



経験なんて皆無な僕にも、性欲処理として扱われていることはわかっていた。
それでも、松原くんの傍から離れがたかった。


その日は、すこぶる調子が悪かった。
梅雨も明け、ぐっと暑くなった季節の変わり目。僕は毎年、この時期になると必ず風邪を引いていた。夏風邪は馬鹿がひくと言ったのは誰だろう。その考えに至るのも、恒例のことだった。
本当なら、学校を休みたいところだけれど、松原くんとそういうことをするようになって慣れなかった頃は、起き上がれない日が多々あった。と言っても、進級にまでは響かないが、もし両親に知られたら、と思うとおちおち休んではいられなかった。
ふらふらと、頼りない足取りで、僕は家を出た。



「んっ…」

遠くで、声が聞こえる。
掛け声、野球部かな?ボールを蹴る音もする。
ふっと、真っ白い天井が広がる。

「ぇ、え、」

声が掠れてうまく出ない。
何でベッドに横になっているのだろう。

「あら、平野くん、起きた?」

カーテンが開くと、白衣を着た女の人がいた。

「あ、あ、あ、」
「熱は、うーん、下がってないわね」

ぴたっと、おでこに手を当てられ僕の体は硬直した。

「あ、」

やっと出た言葉はそれだけで、保健の先生は何か感じ取ったのか、説明してくれた。

「覚えてない?あなた3時限目の休憩時間に倒れたのよ?ちなみに本日の授業は全て終わりました、ふふふ」
「え、た、え、ええ」

びっくりした僕に、先生は更に衝撃的な事実を教えてくれた。

「それで、彼、えーと、松原くんがね、運んできてくれたのよ」

後でお礼言いなさいね、と先生が言っていた気もするが僕にはそれどころじゃなかった。


松原くんが、僕を?
どうして?
どうしてだろう。
どうして、
どうして、僕はこんなに嬉しいんだろう。

「あら、来たみたいね」

誰が、という疑問は喉に留まった。
保健室の戸口には無表情のまま、松原くんが立っていた。
先生と少し話すと、僕のベッドまできて、

「帰るぞ」
と、面倒くさそうに呟いた。
無意識にこくり、と頷いたけれど、心臓はばくばくしていた。



こうして、今、彼と並んで歩いている。
少し冷静になった時にやっと僕の荷物を持ってくれていることに気付いた。何から何まで申し訳なくて、たくさん謝って、荷物も自分で持ちますと言ったけれど、松原くんに突っぱねられ、僕はあえなく手持ち無沙汰になってしまった。



熱のせいなのか、何なのか、ぽーっとしていた僕が、我に返ると松原くんの部屋のベッドに転がっていた。ぱちぱち、と瞬きをして、現状を理解すると僕の血液は急降下した。



さすがに、今セックスするのは辛い。



起き上がり、キッチンにいる松原くんにおずおずと声をかけた。

「あ、あ、あ、あ、の、ぼ、ぼく、僕」
「馬鹿。起き上がるんじゃねぇ」

再び、身体はベッドに縫い付けられて、おでこに冷たいものが乗った。

「うぅっ」
「寝てろよ。用があるなら俺に言え。いいな?」

僕はこくこくと、必死に頷いた。その振動のせいで、おでこのものがずれて顔を覆った。
松原くんは、はぁ、とため息をついて直してくれた。

その後、着替えさせてくれたり、身体をタオルで拭いてくれたり、とにかく、こんなことをしてもらったのは初めてだったから、僕は夢か現実かわからなかった。

更には、松原くんの手料理、おかゆを食べることもできた。僕は熱と、感動と、緊張と、いろいろで味はわからなかったけれど、本当に嬉しかった。

そう言えば、まだ、小さい頃。
発育が遅くて、風邪ばっかり引いていた頃。
お母さんによく、看病してもらったなぁ。

その時だけは甘やかしてくれて、治らなければいいのに、って。
そう思っていた。

今も、
このまま、治らないといいなぁ。
ずっと、優しい松原くんがいいなぁ。


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