the girl. | ナノ


PM:2:34  




「ふぅ…」

ひとしきりの雑務を終えて私は席を立つ。疲労はあまり感じないがなんだか疲れた気がするのは多大な時間を動かずに過ごすからだろうか。適当に両腕をぐるぐると回して体をほぐす行為などをしてみるがやはりなんの変化もなかった。基本的に傀儡の体は便利なのだが、こう言う時は少し不便だ。もう少し人間臭くしてくれてもいいのに…って言ったら文句になるだろうか。

「お、ナズナ。終わったか?」
「テマリ!」

体を前後左右にねじったり、振ったりしながら調子を見ていると、開いたままだった執務室の扉から見える廊下をテマリが通った。テマリは足を止めると「何してるんだ」と呆れたように声をかけてくれる。「ストレッチ」と返せば「意味はあるのか?」と聞かれ、首を振らざるを得ない。特に意味も効果もなさそうだが、それほど完璧な体だと思うことにしよう。

「テマリはどうしたの?」
「今から昼食だ」
「食堂行くの?随分遅くなったね?」

壁に立てかけてある時計を盗み見て聞くと、「任務の報告をしていたら少しな」と苦笑された。忍でない私には彼女の苦悩はわからないから曖昧に微笑んでおく、多分こう言うのが一番当たり障りがない。テマリは片手でうなじに触れると、「ナズナも一緒にどうだ?」と聞いてくる。私に食事は必要ないのだがそんなことはどうでもよくて、テマリがプライベートな時間まで一緒にいようとしてくれるのが嬉しかったから頷こうとすると、テマリの肩に誰かの腕がするりと回った。見覚えがある赤毛、我愛羅とは違って柔らかな毛先は可愛らしい印象を与えるが、中身まで可愛いわけじゃない。むしろキツい。

「仲よさそうで何よりだな、ナズナ」
「思ってもいないこと言うのやめてください、サソリさん」
「離せ、傀儡部顧問」

テマリは冷ややかな目でサソリさんの腕を払いのけた。傀儡部顧問というのはサソリさんの肩書きだ。風の国傀儡部顧問、最高顧問とも特別顧問とも言われたりするが、とにかく我が国の発達した傀儡技術の立役者である。実はすごく偉い人であり、昔はそれはそれは強い傀儡師だったらしい。今はカンクロウ以外と戦ってるところを滅多に見ないから意外だが、国一つ落としたとかなんとか…彼の祖母であるチヨバアから聞いた(大概孫バカだと思う)。

「素っ気ねえな、姫は」
「今お前に構ってる時間はない」
「俺だってねえよ、小娘」
「なら話しかけるな、散れ」

この二人は恐ろしく仲が悪い…、いやむしろいいのかもしれないと思うほど口喧嘩が絶えない。絶えないならやっぱり仲がいいのだろうか?いや、うぅん…私的に喧嘩は好きじゃないけれど、どうなのだろう。

「ここに何の用だ傀儡部顧問」
「お前に用事なんかねえよ」
「用事があったところで突き返している」
「カッカしてると肌が荒れるぞ」
「そんなものはどうだっていいだろう」
「せっかくの美人がもったいねえな。傀儡にしてやろうか」
「お前の体、鎌鼬でバラバラにするぞ」

「二人とも落ち着いて!!」

一触即発の雰囲気につい声を荒げてしまう。テマリは私の声に深く息を吐き出し、サソリさんを一瞥してからこちらに手を差し出してくる。対してサソリさんは飄々とした雰囲気で鼻を鳴らすとその手を押しのけて前に出てきた。そして低い声で「行くぞ劣悪品」と私の手首を強引に掴む。

「サソリ!!」
「え、あの、私」
「傀儡ごときが俺に逆らえるなんて思ってんのか?」
「……解体するぞ…ですか?」
「俺は何も言ってねえが、お前がそう思ったならそうだろうな」
「卑劣だぞ、貴様…」
「オジョーサマは大人しく一人で飯でも食ってろ。こいつは今から俺とデートだ」
「デ…!?」
「デート!」

不敵に口角を上げるサソリさんにテマリは綺麗な口元を歪ませる。反して私はまさか彼の口からそんな可愛らしい言葉が出るとは思っていなくてぴょんっと跳ねてしまう。「なんで楽しそうなんだ…」とテマリは唇を尖らせたが、なんともまあ可愛らしい。

「ということだ、行くぞ、下級品」
「は、はーい!ごめんねテマリ、また今度!!」

私の手首を掴んだままスタスタ歩き出してしまう彼の背中を必死に追いかける。これは後でテマリに謝りに行かないとなあ。

「で、デートって何するんです?」
「買い出しだ」
「へ…?」
「お前の部品を買いに行く。本体がいなけりゃどうにもならねえだろ」
「それ、今日じゃなきゃダメでした…?」
「……ただでさえこの国は金に乏しいんだ。傀儡部に当てられた費用だって限りがある。今日みたいな安売りの時じゃねえと揃えられねえだろうが」
「なるほど」

サソリさんのことだから「費用とかクソ喰らえ」ぐらい言うと思っていたのに、意外としっかりしてるんだなと感心していると、「俺をなんだと思ってんだ三流品が」と心を読んだことを仰られて思わず視線をそらしてしまう。「わかりやすいんだよお前は」ボソリと吐かれた言葉は嘲笑うよりは幾分が優しい響きを持っていて、きっとここで顔を上げると理不尽にキレられるだろうと理解してる私は彼に見えないところで不慣れな口角を上げてみる。

「解体してやろうか低劣品」

バレてた。


「ごめんなさい」と思ってもいない謝罪をして、ぎゅっと強く手首を握られた、そんな昼下がり。


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