the girl. | ナノ


AM:7:15  




私を目覚めさせるのはカーテンを揺らす朝焼けを乗せた風とその冷淡な声。

「起きろ、不良品」

重々しい瞼を持ち上げ、そこに佇む赤毛の彼に慣れない笑みを浮かべてみると「不細工」だと吐き捨てられる。自分が作ったものに対してなんて言い草だと思いながらも、今更彼に腹をたたせることはない。いつものことだ。むしろこの冷淡さがないほうが私は怖い。

「おはようございます、サソリさん」
「やっと脳が起きたか、欠陥品」

彼は、サソリさんは淡々とため息を吐いて不躾に私の体を隅々まで触ったり、動かしたりしながら不調がないかを確認する。彼に対して羞恥心はない。毎朝これから始まるのだ、体の半分を傀儡にしたその一週間後には慣れた、いや慣れるほかなかった、慣れてしまった。

最初こそは不調の多かった慣れない体だが、今は改良に改良を重ね、「不細工」ながらも表情を作れるようになった。流石は希世の傀儡師である「赤砂のサソリ」…などと褒めそやしたところで鼻で笑われるだろうから言わないのが吉。あと私を実験台にしてるぐらいなんだからもう少し表情筋に幅を持たせてほしい。顔はいいのだからもっと精神的な面を顔に釣り合うほどかっこよくしてほしい、いい歳なんだし。

「おい、ナズナ、余計なこと考えてんじゃねえだろうな」
「いいえなにも」
「都合よく無表情なんかやってんじゃねえぞ劣等品」
「不細工よりマシでは?」
「口だけは達者になったな今すぐ解体してやろうか」

などとやりとりをしているとノックもなしに部屋の扉が開く。入ってきた彼は「げ」と顔をしかめ、居心地が悪そうに目をそらした。

「今日も早いじゃん…」
「カンクロウか。来んのがおせぇ。もう終わった」
「おはよう、カンクロウ」
「おう、はよ」

カンクロウは寝癖でボサボサの頭をガシガシとかくと、ジリジリと後退していく。しかしサソリさんはそれを見逃さない。

「逃げてんじゃねえぞ」
「う…」
「今日もみっちり修行といこうじゃねえか、下位互換」
「うー…っす」

はぁ…とため息を吐き肩を落として部屋を出ていったカンクロウにサソリさんは心底楽しそうに口角を上げた。一度二人の修行を見たことがあるけれど、あれは修行というより一方的にいたぶっていただけな気がしてならない…。やっぱりサソリさんって色々ズレてるんだよなあ。可愛がるって言えば聞こえはいいけど、それは本当に赤子同然に「可愛がってる」訳なのだから…。それでも何だかんだ感性が似ているのだろう、カンクロウが本気で逃げようとしたことはなかったような気がする。

「とりあえず、今日も問題はないぜ。残念ながら」
「なんで残念なんですか。いいじゃないですか、手が省けて」
「問題がねぇと解体できねえだろうが粗製品」
「………」

意外だった。サソリさんのことだから好きな時に私の体をいじるものだと思っていたのに…。たしかに振り返ってみると今までのアップグレードは毎回体に異変が生じてからだったような気がする。

「なんというか…」
「言い澱むんじゃねえ瑕疵品が」

というかなんなのだそのレパートリー多さは。私への悪口を言うために特化しすぎだろうそのボキャブラリー。しかも自分が作った傀儡に対して総じて「出来損ない」と言ってるのだから…目的意識が高い?いやただ私と言う意思あるものを貶したいだけ?ああ、うん、多分後者だろう。彼はそう言う人だ。

小さくため息を吐いて、言うべきかと一回飲み込んだ言葉を吐き出してみる。こんな彼に気を使って言わないのもなんだか馬鹿げた話だもの。

「なんというかサソリさんって存外優しいですよね」
「その、花が咲きすぎて虫が群がりそうな生クリーム敷き詰めたどろっどろの思考回路どうにかしろ、損傷品」
「はい…」

サソリさんはあからさまなため息を吐いて部屋を出て行く。結局解体しないじゃんと少しだけ笑っていると、扉越しに「望みとあれば今すぐ解体してやろうか下等品」と聞こえてピンっと背筋が伸びた。

そんななんでもない朝のお話。


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