その日は、なぜか体がいつもより軽かった。簡単に起き上がる体に、愕然とする。
そして、察するのだ。
ああ、今日が最後なのだろうと。
だからいつものように部屋に訪れたカンクロウに、私は些細なお願い事をするのである。
「我愛羅」
回廊を歩くその背中に声をかける。今はチャクラ糸を通してカンクロウの視界を借りている状態だ。だからか視界には私の背中と我愛羅の姿が映っている。少し変な気分。
動かない体はカンクロウに無理やり動かしてもらってここまで来た。長くは続かないってカンクロウは言っていたけれど、それで構わないと答えておいた。
「ナズナ…?動いても大丈夫なのか?」
心配そうに眉を寄せる彼に私はうんと頷いて見せる。
動いても大丈夫だ。嘘は言っていない。だってどのみち今日で最後なんだ。多少の無茶だって、許容範囲だろう。
「あのね、我愛羅、私、今日は我愛羅にはなしがあって」
少しずつ拙くなる言葉に苛立ちを覚える。
あともう一息だからもって。
体に巡るチャクラの量なんて把握してる。
それでもあと少し。
「話…?」
「うん、はなし」
「…わかった。聞こう」
真剣な彼の言葉に気持ちが軽くなる。
こうやって側から見ていると余計夢みたいに思えて辛く苦しくなるけれど、今はそんな痛み気にしちゃいられない。
今日しかない。
もう、時間がないんだ。
「わたし、ずっとずっと、があらをみてたんだ」
「俺を?」
「うん」
ずっと見ていた。
一人ぼっちのあなたを。
本当は優しいあなたを。
私に泣きながら謝罪を繰り返すあなたを。
バケモノの影に怯えるあなたを。
木ノ葉で友人ができたと笑うあなたを。
まっすぐ前をみて、進み始めたあなたを。
優しさを捨てない道を選んだあなたを。
自分だけじゃなく、他者を愛することを見いだしたあなたを。
風影になったあなたを。
国の全てを背負ってもなお折れずに立ち続けるあなたを。
国の人に認められて、一人じゃなくなったあなたを。
仲間のために先頭に立つあなたを。
愛されていると知ったあなたを。
必要とされているあなたを。
私に微笑んでくれるあなたを。
私をただ一人の少女としてみてくれるあなたを。
私が好きになったあなたを。
ずっと、見ていた。
見つめていた。
「があら」
「ああ」
「わたしね」
「……」
−−があらが
すきだよ。
ずっと降り続けていた雨が止んだ。
「くそっ…!」
自分の拳を床に叩きつけて背中は壁に預けたまま唇を噛みしめる。
荒い息はどれだけ抑えようとしても整わなかった。
「はぁ…はぁ…」
次々と溢れ出す涙を止める手段を教えて欲しい。
結局俺に何ができたというのだ。
何もできてない。
今だって、俺は…。ありったけのチャクラを使ったって彼女にしてやれることなんてない。
壁から少しだけ身を乗り出す。
そこにはただの傀儡と化したナズナを抱きしめる我愛羅がいる。
声なんてかけれなかった。
だから俺はこの暗闇で一人泣いているのだろう。
もうどうしようもない。
取り返しがつかない。
大切なものを、俺は、俺たちは失ったのだ。
「ナズナ…?」
ああ、最悪だ。
そこにやって来たのはテマリだった。
だらりと腕を投げ出すナズナ姿に何を思っただろうか。その瞳が讃える絶望の色にきっと俺も染まっているのだろう。
「ナズナ!!」
テマリは素早くナズナに駆け寄る。しかし何も言わずに彼女を抱きしめる我愛羅にそれ以上の言葉はなかった。
それからどれだけの時間が過ぎただろうか。
やっと涙の止まった俺は、影から身を出して、我愛羅に問いかける。
「いつから、知ってた」
我愛羅はゆっくりその顔を上げた。
白い肌を伝う涙の跡が一層胸を締め付ける。
「最初からだ」
ああ、そうか。
きっと我愛羅は全部悟っていたのだ。
彼女の半身を奪ったその日から、ずっと彼女の死を悟っていた。
それでもなお、ナズナが思う通りに笑顔を浮かべて。
辛いのに、笑って。
知っているのに、知らないふりをして。
騙されたふりをして、一人で、涙をこらえていたのだろう。
その痛みを俺はきっと理解できない。
グズグズと泣き続けるテマリの声に、止まった涙がまた溢れ出す。明日からその髪を結えないと思うだけで、その喪失の大きさに気が遠くなる。
今一度その亡骸を見て、あまりにも美しい彼女に思わず乾いた笑いがこぼれた。
やっぱり、俺はお前が好きだったんだよ、ナズナ。
「なんだその髪型」
「え?みつあみ!」
「ボサボサじゃん」
「じゃあ、カンクロウがやってよ!」
「いいけど」
「わぁ…!きれい!!」
「当然じゃんよ」
「えへへ…」
「なんだよ」
−−−ありがとう、カンクロウ!
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