屋上からの逃走劇
「よぉ」
「……」
遊園地の翌日、なんとなく気まずくて奈良と目も合わせられなかったのに、昼休みになったら無意識のうちに屋上に足が向いていて、当たり前のように顔を付き合わせてしまう。よくよく考えれば息をするようにこいつのお弁当も作って持って来ているし、習慣というものは恐ろしい。
「お邪魔しました」
お弁当を彼の足元に置いて足早に屋上から出ようと身を翻す。今こんな気持ちで奈良の隣に座れる気がしない。さっきから胸も痛いし、呼吸も苦しい。体調不良かもしれないし保健室にでも行って寝かせてもらおう、そんなことを考えながら扉に手をかけると「おい」とたった一言声をかけられ足が止まる。
「なんなんだよ、昨日から」
「めんどくせーでしょ?放って置いていいから」
「めんどくせぇなぁ……、だからと言って放っとけねえだろ…」
「意味わかんない…」
振り向くと奈良のまっすぐな瞳とぶつかって息がつまる。面倒くさがりのくせに、なんでそんな真剣な目をするの。その目で見られると余計痛くなるから嫌いだ。咄嗟に目をそらしそれから逃れた気持ちになってみるが、現状は何も変わらない。
「やめてよ、本当に…」
屋上を出て行きたいのに足が動かない。私の中の誰かが、悲鳴をあげていた。
うるさくて、薄気味悪いのに、応えなきゃと思うのはなぜだろう。
「俺が何かしたなら謝るし、せめて説明してくれ」
「奈良は多分悪くないし、説明って言ったって、私だって意味がわからないんだ」
原因不明の胸のざわめき。
虚無感。不安感。焦燥感。
私を掻き立てる何か。
何もわからない。言葉にならなくて、不安定。
悪いのは私で、でもこんなの説明になんてなるわけない。
「意味がわからないって…」
「ここが、苦しいの」
自分の持てる精一杯で説明しようと胸の前に手を当ててそういうと、彼は目を丸くした。こんな拙い言葉の羅列、説明というのも失礼だ。
ぎゅっと目をつぶって胸に当てた手を握る。今もズキズキと痛むこれをどうにかしてしまいたかった。
「都」
彼の手がこちらに伸びて来ているのはなんとなく気付いていた。それでも私は気付かないフリをする。
彼の手でこの言い表しようがない感情に決着をつけてくれるならそれでもいいと思った。曖昧なものは嫌いだ。結論を急かす姿は子供っぽいかもしれないが、それでも私ははっきりとさせたい。
彼の長い指が私の手首を這った。するりとそこを掴まれぐいっと引かれる。その力に任せてフラフラと一、二歩彼に歩み寄ると体をぎゅっと包み込まれそうになる。
このまま抱きしめられてしまおう。何か答えが出るかもしれない。そうしようと身構えたその時、
「京佳」
耳元を伝ったその声に、私は反射的に彼を突き飛ばしていた。
「いってぇ…」
ごめんって謝らなきゃいけないのに言葉が出ない。目の前で尻餅をつく奈良に手を伸ばしたいのに指先1つ動かない。
「シカマルは、そんな風に私を呼ばない…っ」
必死に現状を否定する私に、彼は唇を尖らせた。
「京佳だって、俺をそんな風に呼ばないだろ」
「っ…」
今私、なんて言った?
無意識だった。
無意識で一度も呼んだことがない、合ってるかどうかも曖昧な名前を呼んだ?私はそんなチャレンジャーでも冒険家でもない。
じゃあなんで…。
こんなの、他のみんなと一緒だ。
私は奈良に、嫌われたくない。
「忘れて…」
「は…?」
「いいから忘れて!!」
捨て台詞のように吐き捨てて、やっとの思いで屋上から逃げ出す。
これからどんな顔して会えばいいかわかんない。
私の頼みの綱は、脆く儚くちぎれていった。