空高編


第3章 神子と双子と襲撃



気付けばそこは、一面が真っ白な空間。
傷の痛みも何も感じない。夢の中では頬をつねっても痛みを感じないというが、まさにそれに近い状態だった。
辺りを見回すが、先程まで傍にいた者が誰一人見当たらない。

「君の記憶に干渉させてもらっているよ。」

響いたのは、羅繻の声。
傍にいるのだろうかと辺りを見回すが、それでも羅繻の姿は見えない。
どうやら声だけらしい。

「君の記憶を無理矢理こじ開けさせてもらうよ。どうか知って欲しい。君たちのことを。此処にいる全ての者にも、君たち自身にも。」

だから、君たちの記憶は他の人にも見てもらうよ。
見られたくないところもあるかもしれないけれど、もしもそうだったら、ごめん。
羅繻がそう語り終えたと同時に、目の前を再び眩しい光が包んだ。


第49晶 翼と青烏 其ノ弐


今から凡そ十年近く前、空高翼は、空高青烏であった。
空高一族の長子である彼は、青烏と名付けられ、周囲に守られ、大事に大事にと育てられていた。
しかし、青烏とは反対に虐げられている存在があった。
それが、空高翼。
青烏の双子の弟だった。

「翼、また泣いているのか?」
「…ッ、青烏…」

涙をぽろぽろとこぼしながら、翼は弱々しく顔をあげる。
翼と瓜二つの顔をした、青空色の髪をした少年は涙に濡れた翼の髪を優しく撫でた。
サラサラの艶やかな髪は撫で心地が良いのか、青烏はにこにこと笑みを浮かべて翼を撫でている。
その手の感触は暖かくて優しくて心地良くて、翼は思わず頬を緩めた。
しかしその瞳に宿る色は何処か暗い。

「此処にいたんだな、翼。」
「…どうして、ぼくは青烏と一緒のもの食べちゃ駄目なの、かな?ぼくたち、同じ双子なのに。同じ、なのに。」

それは恐らく、青烏が昼食に振る舞われた豪華な魚料理達のことを言っているのだろう。
青烏の食事はあんなにも豪華であったというのに、翼に振る舞われたのは白米と味噌汁と漬物のみという質素なものだった。
当然青烏はそれに対し怒りの声をあげた。
しかし、青烏は空高一族の長子であり神子。対して翼は次男であり、青烏に仕える立場。たまたま同じ日にちに生まれたというだけで、翼が青烏よりも格下であるのには変わりない。
それが大人達の意見だった。
まだ十歳にも満たない幼い青烏と翼は反論する術はなく、翼は目に涙を浮かべ部屋を飛び出し、青烏はその後を追って来たのだ。
再び泣きそうな顔をしている翼を、青烏は困った目で見る。
翼にも美味しいものを食べさせてやりたい。
自分だけというのはあまりにも不公平だ。常々思っていたが、同じ双子だというのに、大人は自分たちの扱いを露骨にし過ぎている。
そこで、青烏はひらめいた。

「そうだ、翼。服を交換っこしよう。」

青烏の発案に、翼はきょとんとした瞳で青烏を見つめる。
一体青烏は何を言っているのだろうかと、思わず思考を停止してしまっていたのだ。

「ぼくたちは同じ双子だ。顔もこんなそっくりなんだ、服さえ変えればきっと誰だってわかりっこない!翼が青烏としてあの豪華な料理を食べて、ぼくが翼としてあの料理を食べる。どうだ、名案だと思わないか!」

そのアイデアは、翼にとって非常に魅力的なものだった。
青烏が味わうことの出来る、青烏だけの特権。それを、翼も得ることが出来る。
しかし、それでも翼にとって、不安な要素があった。
俯き、もじもじと手を弄りながら、翼は不安を口にする。

「で、でも、青烏、もし、バレちゃったら…それに、ぼくと入れ替わってる間、青烏が…」

酷い目にあっちゃう。
そう言おうとした時、青烏の人差し指がぷに、と翼の唇に触れた。
まるでこれ以上の発言は許さない、とでも言いたげな顔をして。

「大丈夫。バレない。絶対バレない。だってぼくたちは双子だし、こんなにもそっくりなんだから。それにな?翼。ぼくとおまえは双子だよ。嬉しいことも楽しいことも辛いことも悲しいことも苦しいことも、全部二人で分け合わないと。ぼくだけ幸せで翼だけは辛いなんて、絶対厭だ。青烏の喜びは翼の喜び。翼の苦しみは青烏の苦しみ。だから、ね?交換っこ、しよ?君の苦しみも、分かち合わせて?」

こつん、と額と額を合わせるようにして触れ合う。
穏やかに笑う青烏の姿は、鏡に笑いかける自分のようだった。
どたばたと周囲の音がして、翼は思わずびくっと身体を震わせる。食事の途中で出て行ってしまった翼と青烏を探しているのだろう。
もう時間がない、と青烏が呟いて己の衣服を脱ぎ始めた。

「ほら、翼、服を着替えて。大人たちに見つかる前に着替えないと。」
「う、うんっ」

青烏から渡された衣服を受け取り、翼はいそいそと青烏の着ていた衣服に袖を通す。
そして、翼の衣服を、今度は青烏が着た。
これで、大人たちから見れば、青烏が翼、翼が青烏の外見となったのだ。
青烏はじろじろと翼の恰好を上から下まで眺めると、うんうんと頷いて満足そうに微笑む。

「うん、そっくりじゃないか。完璧だな。」
「そ、そう…かなぁ。」
「ほら、戻るよ、翼。ぼくの手を引いて、君がぼくを連れ戻したように見せるんだ。そして君は青烏の席に座る。…あくまでぼくのをふりをして、堂々と、だぞ。いつものお前みたいな態度だとすぐバレるからな。」
「うううう…」

本当に大丈夫かな、と翼は独り言のように呟くと、青烏の手を優しく引く。
ギシギシと軋む床を踏み、ゆっくりと歩きながら先程自分たちが飛び出してしまった部屋へと戻る。
部屋へ近付けば近付く程、心臓がばくばくと高鳴っていく。もしもバレてしまえば、怒られてしまうのはきっと翼であって、発案者の青烏ではないのだろう。
それでも青烏の提案を受け入れたのは、青烏の発案が魅力的であったのも事実だが、自分たちは、本当にバレないのではないか、という小さな確信があった。
ごくりと唾を飲み込み、小さく深呼吸をしてから、ゆっくりと襖を開ける。

「すまない。今戻った…何処ぞの誰かたちのせいで、ぼくの可愛い片割れが泣いてしまっていたからな。」

大人達の視線が痛いが、翼はそれでも青烏になりきって言葉を発する。
きっと青烏だったら戻って来た時にこう言うだろうという言葉があっさりと吐き出され、まるで自分が本当に青烏になったかのような気分になった。
子供ながらの精一杯の目力で、ぎろりと大人達を睨む。
流石に神子に睨まれているからなのか、羽切以外の大人達はびくりと身体を震わせた。

「今度、翼を泣かせるようなことをしてみろ。ただではすまさないぞ。…流石に同じ食事でないのは仕方ないとしても、そのようなあからさまな差別はやめていただきたい。」

大人達は、それを否定する訳でも肯定する訳でもなく、深々と翼に頭を下げる。
ひとまず今は怒りを鎮めろと言いたげだった。
瞳には静かな恐怖が宿っている。神子を怒らせまいと怯えているようにも見えて、心中が複雑になっていく。
空高青烏の影響力とその威厳に驚くと同時に、青烏はこんな重いものを抱えてるのかと翼まで不安になってしまったのだ。
豪華な料理や充実した学問と引き換えに。

「……青烏、もう、それくらいにしましょう、ね?」

怯えるように、おどおどとした口調で青烏が翼の服をつまむ。
青烏もまた、完全に翼になりきっていた。
先程まで便りになって心強かった青烏は、今は自分が守らなければならない翼へと変わっている。
翼は優しく青烏の頭を撫でると、青烏は質素な料理の並べられた下座に、翼は豪華な料理の並べられた上座にそれぞれ座った。

「…羽切様、この度はお騒がせして大変申し訳ありません、お叱りは後で受けます故、どうか翼のことは不問にしていただければ…」

でなければ、自分が飛び出したせいで、翼と入れ替わっている青烏が、後で羽切に怒られてしまう。
頭を下げると、羽切は小さく溜息をついた。

「構わん。…食え。食事が冷めるだろう。」
「…ありがとうございます。」

翼は再び一礼すると、そのまま食事を始めた。
結局、翼と青烏が入れ替わったことは誰にも気付かれることがなかったのである。

 


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