空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「多勢に無勢、ですかね。大人数なんて、ちょっと酷いのではないですか?」

クスクスクスと声を立てて嗤うのは、白い肌に白い瞳、そして白い髪をした、まるで真っ白な色のない男だった。
彼にある色といえば、纏っているスーツの黒。それ位であり、それ以外は色のない、個性のない白い存在。そんな男は、表情の読み取れない薄ら笑いを浮かべて無焚たちを眺めている。

「人数上はそっちのが多いかもしれねぇけど、こっちは大使者クラスがたった二人だぜ?ちょっと多めに見てくれてもいいんじゃねぇの?」

無色の前へよろめきながら歩く無焚は、口元に笑みを浮かべてはいるものの、顔色自体はあまりよくはない。
額から汗が滲んでいて、腹部を殴打された時のダメージが残っているということが明らかだ。
手に握るナイフを構えたまま、臨戦態勢はとっているものの、腕はふるふると震えていて力が籠っている気配が感じられず、羅繻たちが不安の色を隠せないのとは裏腹に、無色や、その隣に立つ少年は余裕の笑みを浮かべていた。

「そうですね、こちらとしては貴方達の人数の多さはちっともハンデにはなりませんから。…閃叉。止めを刺しておやりなさい。」
「はい、無色様。」

閃叉と呼ばれた少年は、眼鏡をの奥からこちらを見据えた後、紫色の髪を揺らしながら勢いよく駆けて来る。
先程無焚を殴った右腕に再び力を籠め、拳を振りかぶる。閃叉の瞳は、口元には、小さく笑みが浮かべられていて、勝ち誇っているのだという気配が感じられるが、無焚は、そんな彼に、にやりと笑みを浮かべた。

「閃叉!無色さん!下がってください!!」

鴈寿の声は、無焚が笑みを浮かべたのと同時に、言葉を放つ。
しかし、既に閃叉は無焚へと駆けて拳を振り上げている状態で、一度動き始めてしまった動作を途中で止めることが出来ない。
拳が無焚にぶつかる直前、無焚の身体を包むように淡い赤の光が一気に放出され閃叉は見えない壁に弾かれるかのように吹き飛ばされた。
赤い光は意思を持っているかのようにぐにゃりと形を変え、背中へと集まる。その形はまるで羽根のようで、光をまとった無焚の身体もまた、ふわりと床から身体を浮かせている。
白の詰襟を着ていたはずの服は形を変え、まるで神の纏う神服のようになっていた。
その場に居たものは、息を飲む。
この姿こそまさに、神そのものなのではないかと思えてやまないものだった。


第46晶 神業(みわざ)


使者には、神業(みわざ)と呼ばれる業がある。
その内容は様々だが、使者は神々の分身。
分身にとっての元となっている神の力を、神に代わって行使することが出来るという点が共通していて、威力こそ神々のそれには劣るものの、常人とはかけ離れた力を持つ。
使者が御業を使う時、周囲に存在する自然エネルギーを大量に使用するだけでなく、体内の身体エネルギーをも大量に酷使する。
それ故に使者は神業を使うと、全身を包み込むように淡い色の光が放たれ、色は使者一人一人それぞれ異なるものを放つ。
大使者はその中でも特別で、使者であれば全身を包む程度にしか留められないエネルギーを鮮明に視覚化することが出来る。そして、その視覚化されたエネルギーは、まるで羽根のように背から伸びるのだ。

「…これは、神業の解放、ですか…」

無色が感慨深そうに呟く。
無焚の現象はまさに大使者の神業を解放する為のものだった。
周囲のエネルギーが無焚の力を増量する燃料のように彼の周囲を渦巻いているのか、ピリピリと空気が張りつめているのが感じられる。
赤い光の羽根がふわりと羽ばたくと、無焚の身体は無色に向かって迫った。
手に握られているのは鋭利なナイフ。しかし、そのナイフは先程まで彼が使用していたナイフと形が異なっていて、刃は螺旋状にぐるりと回転しているのだ。
そのメカニズムはきっと銃弾と似ていて、あれもただ真っ直ぐ放たれているのではなく螺旋状に回転しながら放たれていて、膨大な威力を放つ弾丸は、その螺旋状の回転にこそ現れている。
このナイフの回転された刃も、より殺傷力を高めるためのものなのだろう。
通常のナイフであっても刺されれば十分痛いが、これはその比ではないと容易に想像出来た無色は、そのナイフを自身の身体で受け止めた。

「恐ろしいナイフをお持ちですね。私であれば、とっくに死んでいましたよ。」

ピキピキと音を立てて、無色の身体はそのナイフを受け入れることなく、しっかりと受け止めていた。
まるで固い鉄板にナイフを突き立てているかのように、ナイフは力を込めてもびくともしない。貫けているのは彼を纏う薄い衣服位だ。
彼は別に、衣服の下に何か薄い鉄板を巻きつけているとかそういうことではない。けれど、衣服の下にあった肌は肉の柔らかさではなく、鉄のような硬さを誇っていて、故に刃で貫けない。
それこそが、無色の異能。
自身の細胞を自由に組み替える、彼の力だった。

「おいおい、ほんっと化け物みたいな身体してんな、お前。」
「おや、貴方に言われたくはありませんよ。」

無色は涼やかな笑みを浮かべると、その手をぐにゃりと変形させる。
その掌は人間のそれではなく、まるで蟷螂のような鋭利な形へと変貌を遂げていて、刃と化した腕を無焚へ振り下ろす。
元来戦闘能力の高い無焚でも、通常であれば避けきれないだろう。しかし、現在神業を解放していた無焚が、通常よりも高い戦闘能力を発揮していた。
つまり、無色の刃をいともたやすく避けることが出来たのだ。

「しかし、せっかく神業を解放したのに、身体能力を向上させるだけですか?見せてくださいよ、あなたの大使者としての力。」

更に刃をもう一振り。
一歩下がって刃が僅かに顔面を掠めるのを見送ると、次は再び、閃叉の拳が迫っていた。
更にもう一歩、足を後ろへと下げる。
それでも距離が詰められていて、避けるのは困難かと思われた時、閃叉の拳は黒い壁に隔たれて無焚の身体に迫ることはかなわなかった。
閃叉が何かを察したように身を引くと、先程まで閃叉が居た場所から伸びて来たのは無数の蔓。
それが羅繻の力によって伸びたものだと認識するのに、そう時間はかからなかった。
羅繻の蔓はさらに伸びて、閃叉へと伸びていく。
手練れである閃叉にとって、彼が伸ばす細くか弱い蔓は避けるのにそう苦労しないものだっただろう。
けれど、羅繻にとってはそれでよかった。それだけでよかった。

「捉えた。」

凛とした、しかし落ち着きのある声。
蔓へと注意が傾いたのを、無焚は見逃さなかった。彼の腹部に、にたりと笑みを浮かべながら、拳を入れる。
どご、と深く拳の入る鈍い音がしたと思ったら、閃叉の身体は宙を舞った。

「閃叉っ!」

しかも彼の身体はただ宙を舞ったのではない。
彼の飛ばされた先には、アエルと雷希の刃を交わす、修院と鴈寿の姿があった。
刃を振り回し、自然と二人の距離を密着させていた。闇雲に刃を振るっているように、そしてそれを悟らせないように見せながら刃を無心で振るい、そして、閃叉の身体が飛んでくる寸でのところで、アエルと雷希は二人からすっと身を低くしながら下がっていく。
そんな彼等と入れ替わる形で勢いよく飛んでくる小さな肢体に彼等は反応出来ず、二人は閃叉と激突するような形で床へと崩れ倒れた。
三人が身体を起こそうとした時、その足元には植物が絡みついていて、徐々にその蔓を伸ばし三人を捕える。

「己れの力を使うまでもなかったなぁ、特殊部隊サンよぉ。」

にたにたといやらしい笑みを浮かべながら、無焚は余裕の顔をする。
無色は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、無焚のことを睨んでいた。
それは屈辱故か、部下を捉えられた故か、あるいはその両方か、しいて言うのであれば両方なのであろう彼の怒りが滲み出た表情を無焚は満足そうに見る。
しかし、余裕の表情を浮かべることが出来たのはその一瞬だけだった。

「?!」

一同は驚く。
突如として放たれた、青色の光。
その光は周囲を青色に爛々と輝かせていて、不気味にも思える程、真っ青に周囲が彩られていた。
光の中心にいたのは、空高青烏。
彼の掌には、死燐の放つものとはまた異なる、黒い光が渦巻いている。
その光は、徐々に大きくなったかと思うと、ありとあらゆるものを飲み込み始めたのだった。

 


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