空高編


第2章 神子と接触



「大使者は全部で八人。羅繻は三番目で、己れが五番目の大使者だ。七番目は医者勤めで、まぁ、少なくとも敵じゃあないよ。」
「では、特殊部隊に所属しているのは…残りの?」
「そう。一番目、二番目、四番目、六番目の大使者。…でも、八番目だけは正体不明で、何処にいるかもわからない。」
「八番目の…」
「八番目は、昔から神の子と縁のある人間がなっていることが多いらしいから…何かあるとは思うんだけど…」
「あの、俺は、どうすれば…」
「しばらくはおとなしくしていろ。己れもしばらくこっち居ようと思ってるし、何かあれば幽爛を使いに出す。気にせず普段通り生活していればいい…けど、目立つようなことだけはするな。」

命がまだ惜しいだろう?
少し脅しのかかった無焚の言葉に思わず翼は生唾を飲む。政府の特殊部隊よりも、正直、彼の方が怖いような、そんな気がした。


第27晶 翼の回答


今度こそ実験班組織を後にした翼たちは、一度自分たちの住む家へと戻ることにし、数日が経過した。
あれからも依頼は途絶えることがなく、生活に困ることもない。
テレビをつけても何も変わらぬ平穏が続いていて、それ故に無焚の情報が心の中の不安を掻き立てる。
翼は屋根の上で青空を眺めながら、黒いコートの男たちを思い出していた。
あの時、確かに翼は命を狙われた。
命を奪わんとして、ナイフは自分へめがけて飛んできたのだ。

「考え事か?」
「雷希…」

自分の顔を覗き込む、赤目の少年の名を小さく呼ぶ。
呆気にとられていると、雷希は翼の顔を眺めるのを放棄して隣へと座りこみ、翼と同じく屋根の上に仰向けになると、空の上に浮かぶ白い雲を見つめた。
手を伸ばせば綿あめのような雲をつかめるのではないだろうかと翼は手を伸ばして雲の捕獲に挑んでみるが、残念ながらその手はそよ風すらつかむことが出来ない。
何やってんだ、と雷希が横目でこちらを見つめながら問いかけるので、雲をつかんでみたかったんだ、と素直な返答をしてみた。
しかしその回答は彼の中では不服だったようで、バカらしい、と一言呟き翼と同じように、黙ったまま白い綿あめ雲を眺めている。

「……なぁ、翼。」
「何だ。」
「前にアンタ、言ってたよな。いつかあそこから出たいって。…で、念願のお屋敷から脱走出来た感想はどうよ?」
「そうだな。正直な感想を言ったら…お前に怒られそうだが。」
「言ってみろよ。」

相変わらず、視線は互いに空の上。
お互いがどんな顔をしているのかなんて全くわからないし、見ようとも思わない。寧ろ、お互いの顔を見ていないからこそ、無理に見栄を張らず、正直な言葉を吐き出すことが出来るのかもしれない。
翼は少しだけ、目を閉じた。
耳にはざわざわとそよ風に吹かれて揺れる木々の音。
花の香りが鼻を擽り、その他にもほのかに…恐らく雷月たちが作っているのだろうか、パンケーキに使うジャムの香りが漂う。
どれくらいの間目を閉じていたのだろうか。恐らく、一瞬のことだっただろう。しかし翼にとってはその束の間がまるで数時間、時が経過しているように感じられる。
しかし視界に映る綿あめ雲があまり移動していないことから、その時は一瞬だったのだと客観的に立証することが出来た。
雷希は自分より三つも年下で。元弟子で。自分が教える側で、面倒を見て、可愛がって、相談を聞いて。とてもじゃないが、今みたいに、自分が自分の感情を、思うがままに伝える相手ではないというのは百も承知で。でもそんなことを考えさせようとするくだらないプライドも、見栄も、視界に広がる空の下ではちっぽけなもので。
言ってみろと言われたのだから、正直に言ってしまえばいいだろう。翼はほんの気持ちだけ息を多めに吸って、そして、吐き出した。

「自分の無知を思い知ったよ。外に出れば、もっと自由になれると思っていた。でも実はそんなことなくて、逃げ出したが故に追われていて、それだけじゃなくて命まで狙われていて。そして、その現状に怯えている自分がいて。無焚殿に言われるがまま、此処でおとなしく光合成の真似事をして。屋敷にいるときと…なんら変わっていない自分を思い知って、もどかしい。」

そう呟いて、翼はふぅ、と息を吐く。
格好悪いと思われただろうか。失望させてしまっているだろうか。かりにも元師が、こんな弱い人間なのだと…呆れてしまっているだろうか。

「なんだ。」

翼の耳に入ってきたのは、雷希の、ほんの小さい一言だった。
それは決して呆れや失望の籠っている言葉ではない。ただ、納得したように、頷くように、隣で仰向けに寝転がっている少年はそう呟いた。

「俺、あんたはもっと完璧な人間なんだと思った。何事にも前向きで、常に真っ直ぐ見据えてて、恐怖心とかそんなのちっともなくて、ただただ臆することなく、前に進んでいく…そんな、光の塊みたいな、まさに神子さま、って感じのやつなんだと思ってた。」
「買いかぶりだな、それは。」
「だから言ったろ?思ってた、って。でも、アンタやっぱただの人間だわ。外に出たいなんて閉じ込められてる子供の我儘だし。世界征服とか屁理屈もいいところ。普通のガキの方がもっとマシな言い訳出来る。そして世間知らず過ぎて、自分のことも知らな過ぎて、ただの純粋で馬鹿なガキだ。」
「お前…仮にも俺はお前の元師だぞ…」
「元師だったからこそ、そう思うんだよ。師だったからこそ強い憧れが妄信に変わる。そして、だからこそ、人間らしい一面を見て、親近感を持ったり、納得したりするんだ。嗚呼、この人も、俺と一緒なんだって。」
「…雷希…」

もしかしたら、今日は初めて雷希の顔をまともに見たかもしれない。
否、もしかしたら、今までも、人の顔なんてまともに見ていなかったのかも。
雷希は普段よりも穏やかな笑みを浮かべながら、翼のことを見つめていた。

「神の子だとか異能だとか言うけどさ、やっぱアンタはただの人間だよ。」

ただの人間。
初めて言われたかもしれないであろう言葉は、特別な存在だといわれることよりも、きっと特別なのだろう。

「でさ。そんなただの人間でただのガキなお師匠さまは、此処で言われるがままに大人しくしているのにはすぐ飽きてしまうだろう。この後は、何がしたい?」
「そうだなぁ…ますは自分のことを知りたい。自分が異能者だというのなら、特別なのだというのなら、まずは自分がどんな力を持っているというのか調べたい。そして、俺と瓜二つなあの男…いくら自分から飛び出したとはいえ、勝手に俺の名を語るのは気に食わん。最後に…折角飛び出したんだ。もっと堂々と世界を歩いて…俺なりの結論を出したい。今までは神子と呼ばれるのも嫌だったが、どうせなら、死燐殿の言うようにこの地位を使って、本当に世界征服するのも…悪くないかもしれんな。」

翼の顔はきっと、今までで一番悪い顔をしているのかもしれない。しかし、そんな翼の顔をみて、雷希は満足そうに笑っていた。

「それでこそ、俺のお師匠さまだな。」

その笑顔は誇らしげで、こんな雷希の表情を、翼は初めて見たのだった。

 


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