空高編


第2章 神子と接触



「最近不穏な噂ばかり出回っていてねぇ。こっちとしても面倒事は御免だけど、巻き込まれるのは決定事項だろうし。それなら調べるにこしたことないかなーって調べてはいたんだけど、これまた面白い発見をしたのさ。」

勿体ぶるようににやにや笑いながらも、無焚の語りは饒舌だ。
同じ笑みでも、先程と比べると何処か真剣さも漂っている。
これから告げられることは、至極真面目な話なのだろうと容易に想像出来た。

「特殊部隊が空高翼の居場所を嗅ぎ付けた。何時現れてもおかしくねぇ。それに、あっちは大使者が四人もいるって話だ。もしもそいつら全員で突っ込まれたら、こっちもどうなるかわかったもんじゃねぇぞ。」
「だい、ししゃ…?」

無焚の言葉に驚きの表情を見せたのは死燐と羅繻。
しかし、翼は何故二人がそのような顔をしているのかがわからず首を傾げた。
そもそも無焚が何を言っているのかも翼は理解していないのである。

「大使者、とは」
「なぁんだ翼、お前、大使者のことを知らねぇのかよ」

無焚は意外な顔をして翼の青い瞳を見つめる。
まぁでも、知らなくても当然なのか、と無焚は独り言のように呟いて近づきすぎた距離を一歩離した。

「ずっとお屋敷で軟禁状態だったみてぇだし、お前みたいなのに力の使い方を覚えられても厄介だろうからな。」
「…力………?」

未だにピンと来ていない翼に、そうだよ、と間に入って来たのは羅繻だった。

「翼は言ったよね。この世に神は居ない。神は信じない。そして自分はただの人間だって。でも、それは違うんだ。…神は居る。そして、僕たちは、君を含めて、人為らざる神の力を継いだ存在なんだ。」


第26晶 大使者とは


「ま、此処で話してもイマイチ把握出来ねぇだろうし、お勉強に相応しい場所へ移動するか。」

そう言って無焚を先頭に歩き、辿り付いた場所は先程も訪れた書庫の前だった。
無焚が振り向き死燐を見つめると、その意図を把握したかのように頷いて書庫の巨大な扉をコンコンと数回叩く。
誰も握っていないはずのドアノブがぐるりと曲り、ゆっくりと扉が開けられた。
当然、と言っていいのだろうか。開けられた扉の前には誰もいない。つまり、扉は勝手に開けられたのだ。

「早速調べものか。いつか来るだろうとは思っていたが…それにしても早すぎやしないか?あれからまだ数時間も経ってないんじゃないか?」
「まぁ、そう言ってくれるな。うちの先輩がわざわざ直接、この世間知らずな神子さまに講義してくれるんだと。それなら一番ぴったりな舞台はここしかないだろう?」

先程書庫の前に立ち寄ったときと同じ人の声。
天井に突き刺さる勢いで連なっている無数の本棚。そして、その本を取る為に使われるのであろう、同じく天井にまで伸びている無数の脚立。
その中でも書庫の一番奥側に設置してある脚立の上。彼はそこに座っていた。
金色の髪は腰まで伸びていて、その髪と同じ色の、少なくとも人間のそれとは違う両耳が角のように頭部についている。
その耳の形は犬や狐のそれを連想させた。
どうやら彼が人ではないという特徴はその耳だけではなく、ふっくらとした尻尾も一本生えていてゆらゆらとそれを揺らしている。
眼鏡を通し血のように赤い瞳でこちらをじっと見つめながら、片手に持っていた本をぱたりと閉じた。

「嗚呼、無焚も来たのか…久しいな。」
「よぉ弓良。相変わらず引きこもってるみてぇだな。」
「やかましい。お前だって日頃は弥瀬地に引きこもっているじゃないか。」
「己れはこうして、たまには外だって出る。お前とはちげぇよ。」

くく、と皮肉交じりに笑う無焚にこれ以上反論できないと悟ったのか、弓良と呼ばれた青年はぐっと押し黙る。
そんな彼の姿をじっと見つめていると、弓良はちらりとこちらに視線を移した。
雷希、雷月、飴月…そして、翼の姿を視界に入れた途端、弓良の瞳は大きく見開かれる。
その表情は懐かしの旧友を見つけたような、そんな表情ではあったのだが弓良はすぐに平静を取り戻し何事もなかったかのように言葉を続けた。

「世間知らずな神子…成程、これがあの…神子さまか。確かに、よく似ている。」

弓良は目を細めながら翼の空色の髪を見つめる。
そして、翼が知りたがっていた“大使者”の存在について、ゆっくり語り始めた。

「大使者とは、世界を想像した神々…八代神の力を継いだ異能者のことを指す。言うなれば、代弁者だ。世界の介入をやめた神々が、万が一の時、自分たちに代わって世界を導く存在として、神々が生み出した存在。そういった奴等には特徴があってね、生まれつきなんらかの異能の力を持っている。種類は様々だが、その力の殆どは自分たちの元となった神々のものが多い。」
「大使者は八代神が元となっている存在だけど、その他にも使者、っていうのがいるんだ。使者は一般的な神々の力を元としている。翼と一緒にいるそこの三人が持つ異能の力も、使者のそれだ。陰思みたいな鬼は神と人間が交わった影響だったりするし、弓良みたいな妖は神が堕ちたり、霊が悪霊化して憑りついたりした時に生まれる。逆に神々のもたらす自然エネルギーの集合体が、精霊だ。この世には精霊や鬼や妖、様々な異能の力を持つ人間以外の存在も蔓延っているが…その中でも、人間同士が交わって誕生するのは、使者だけだ。」

弓良の言葉に、無焚が付け足すように言葉を続ける。
今まで神というものを信じていなかった翼にとっては、突拍子もない話であり、到底信じられるものではない。
しかし、少なくとも妖はこの目で見てしまっているし、鬼や…飴月たちの異能の力だって、間近で見ているのだから今更否定のしようがない。肯定する根拠もないが、否定する根拠もないのだ。

「俺が外の世界を見てほしいって言ったのは、そういうことだ。今のお前には信じられなくても、外の世界をもっと廻れば、否が応でもその存在と出会い、信じることが出来るだろう。しかし、無焚さんが来て、特殊部隊にもお前の居場所が割れたとなれば…残念ながら、悠長なことも言えないみたいだな。」

死燐はやれやれ、と溜息を漏らす。
確かに自分のような性格の人間ならば、今こうして直接話を聞くよりは実際に見て、触れた方がてっとり早いのかもしれない。否、間違いなくそうだろう。

「その、大使者っていうのは…やっぱり、つえーんですか…?」
「当たり前だ。八代神は普通の神々よりも力が頭一つ分以上飛び抜けている。その力を継いでるんだから、使者と大使者の実力だって、それなりに差がある。使者は…異能者は強い。普通の人間が束になっても、中々敵わないかもしれない。だからこそ、普通の人間に無理矢理異能の能力を植え付ける実験だって20年も前に行われた…まぁ、一人の子供が暴走して、実験は中止になったがな。」

雷月の質問に無焚が素早く切り返す。
幼い子に対して無理矢理異能の力を植え付ける…突拍子もない話ではあるが、もしも実際にそれが行われていたというのであればなんとも残酷な行為だ。
そして恐らく、その実験が行われたのは事実なのだろう。
会って間もないが、少なくともこのタイミングで嘘を言っても意味がないし、それを話す無焚と…それを聞いている死燐の顔が、思い詰めているような表情を浮かべていたのを、翼は見逃すことが出来なかった。

「その中でもとびっきり強い力を持っているのは、翼、お前だ。」
「……………俺…?」

そうだ、と翼を人差し指で差しながら弓良はじっと赤い瞳で翼を見る。

「神の子がまさか、空高家の長男だからというだけで与えられている称号だとは思っていないだろうな?そうじゃあない。空高の本来の字は、穹集。この世界を作った、創造神の通称。大使者と同じように、お前にも、その力が宿っている。」
「…俺、に…?」
「そ。お前の力。…いつ覚醒してくれるのかね?」

鼻と鼻が触れるような、間近の距離。
ずいと近づいた無焚の黒い瞳は、死燐とよく似ている。
幼さの残る、自分と背丈もそう変わらない男の瞳に映る自分の顔は予想以上に冷静な顔をしていた。

「神の子は全ての神の力…万物の自然を操る、まさに神の代弁者。お前はただの人間でもただのお飾りでもない。間違いなく、神の化身そのものなんだよ。己れも、お前もな。」

いきなり突きつけられる言葉にそろそろ眩暈を覚えそうだ。現実味も実感も何も湧いて来ない。
嘘であるのならば嘘だと言ってほしいのだが、きっと、そうではないのだろう。
少しだけ、少しだけ現実逃避がしたくなって、翼はぎゅっと目を閉じた。

 


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