空高編


第1章 神子と家出



「お二人にそんな経緯があったんですか。」

少年はうんうん、と納得したかのように小さく頷いた。
壁にもたれかかりながら座りこんだ雷希は、恨めし気に雷月を睨みあげた。

「てめぇ…人のコト誘拐犯とか言いやがって…」
「ら、雷希が悪いんですよー!日頃の行いがなんとやらって言うじゃないですか!」
「でも雷希、誘拐はしない子。」
「う、そうですけどぉ」

少女の冷静な反論に、少年はむすっと唇を尖らせた。
三人の姿を眺めながら、翼はふっと小さく微笑む。
翼の微笑みを見て、少年は慌てて姿勢を正す。
雷希の砕けた対応に慣れてしまっていたが、これが自分を見た「普通の人」の対応だろう。

「あ、すみません、翼様!見苦しい所をお見せしてしまって!」
「いやいや。構わないよ。二人は、雷希に出会ってどれくらいだ?」
「三年前。それから、此処で三人で暮らしてる。」
「そっか。雷希と出会ってくれて、感謝しているよ。」


第7晶 : 三人も四人も、


「僕は卯雲雷月っていいます。こっちが卯時飴月。」

雷月と名乗る少年が自己紹介を終えると、四人はテーブルを囲んだ。
雷希、雷月、飴月の三人は妖や霊の類を祓う仕事をして、収入を得ていて、依頼は手紙のみで請け、直接客と顔は合わせない。
そこで得た資金で、現在の生活を維持しているそうだ。
今回は遠方への依頼だった事もあり、二人で長期の仕事に赴いていたらしい。
雷希だけ残ったのは、長期間家を空けるのも良くないし、雷希も今回の仕事には不向きの戦闘スタイルだったのが原因だったとか。

「まさか留守番してたらコイツが来るんだもんなぁ…俺も一緒に行けばよかったぜ。」

雷希が不満げに言うと、翼がそんなぁ、と小さく悲鳴をあげながら珈琲を啜る。
雷月も慌てて雷希を小突いた。

「翼様に何失礼なこと言ってやがるんですかあんたって人は!」
「うっせーよ!殴るな雷月!」
「二人とも、珈琲零れちゃう。」
「そうだぞ二人とも。それに雷月も、俺のことは呼び捨てで良いよ。」
「んー、でも年上だし。じゃぁ、翼サンで。」
「うむ。」

翼が納得したかのように微笑むと、翼の隣に座っていた飴月がじっと翼を見つめる。
特に何を言うでもなく見つめ続けるので、翼も苦笑しながら首をかしげる。

「…私も。」
「ん?」
「私も、翼。」
「あ、あぁ。構わないよ。」
「うん。」

少し口元に微笑みを浮かべながら、飴月も珈琲を飲む。
猫舌なのか、少しでも冷ますためにふぅ、とマグカップの中に小さく息を吹きかけた。
白い湯気がゆらりと揺れる。

「翼サンはこれからどうするんですか?」
「そうだなぁ…長く此処を居座る訳にもいかないし…だからと言って戻りたくもないしなぁ。」
「何処か、あて、あるの?」
「いや、ないよ。」
「じゃぁ此処に居ればいいのに。」
「は?」

翼と雷希の声が重なる。
雷月は自分で言いながら、名案だとばかりに爛々とした明るい笑顔を浮かべていた。
飴月はそんな様子に目もくれず、黙々と珈琲の温度を冷ます作業に集中している。

「そうですよ。行く所ないから此処に居ればいいです。どうせ三人も四人も同じなんですから。」
「おい雷月、何勝手に!それに生活とかどーすんだよ!」
「もちろん、翼サンにもちゃんと手伝ってもらいますよ?働かざる者食うべからずです!」
「いや、それもあるけど、一応この人有名人というか、有名人所じゃないし!」
「どうせ行くとこないなら一緒です。それとも何ですか、雷希は反対なんですか?」
「いや、反対じゃねぇ、けど、」

雷希は雷月に迫られ、たじろぎながらチラリと翼を見る。
翼には雷希の意図が伝わっていた。
いくら翼が自分の意思で此処にいるとはいえ、第三者から見れば誘拐したように見えるだろう。
万が一見つかった時、自分だけならまだしも、雷月と飴月を巻き込んでしまうことになる。
最初は考えていなかった、後々のリスクを想像してしまったのだろう。
だが一度話し始めた雷月は止まらない。

「今更引き返すとかナンセンス!雷希それでも男ですか!そんなちっせぇ肝っ玉だから身長もちみっちゃいままなのですよ!」
「あのなぁ!身長は余計だろ!!」
「では逃げますか!逃げませんか!」
「逃げない!」

ガタリと立ち上がる雷月に対抗するかのように雷希も立ちあがる。
バン、と力強くテーブルを叩くと、テーブルの上に乗っている珈琲が注がれたマグカップがカタンと揺れた。
そして雷月は、今まで会話に入って来ていない飴月に目を向ける。

「飴月は何か意見はないですか?」
「ない。人が多い方が、楽しい。」
「ですって!」

勝ち誇ったようにふんぞり返る雷月の瞳に、もう後には引けない力強さがあった。
頼もしい味方がいたものだ、と雷希は小さく溜息をつく。
そして、三年越しに出会った己の師へと視線を向ける。
サファイアブルーの瞳は、空色の髪は、三年前と全く変わらない。

「だ、そうだ。帰りたくても帰れなくなっちまったな。」
「帰るつもりは、ないけどな。」

それから1週間経ったある日、神の子行方不明騒動はぱったりと途絶えることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。

 


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