アルフライラ


Side黒



不老不死の国家を創る。
それは、途方もないような話ではあるけれど、実現不可能と呼ぶには、当てがない訳でもないものであった。
ノワールが十歳の時に解術した、テフィラの不老魔術。
それを、壁で囲っているアルフライラ一帯に施せば、この国だけが、時間の停止した不老不死の国家となる。
どうせこの国の外は死んでいるのだ。
外界と繋がりが断たれても、なんら問題ない。
外界が蘇るまで。せめて瘴気が途絶えるまで。この国だけ外界から時の流れを遮断して、人々を生かし続けていれば。
みんな幸せに暮らしていける。
もし問題が残されているとすれば、それは、この国一体に魔術を施すだけの膨大な魔力だ。
テフィラは自身の魔力が籠った血液を使って、自身に魔術をかけたという。同じだけの魔術を施すのであれれば、まずは国一体を円で包めるほどの血液と、また、術を施すにあたり、また別の魔力の塊が必要となるだろう。
それが集められなければ、現在の国土一帯を不老不死国家にするのは難しい。

「血液は……正直術者であるノワールが死んだら元も子もないから、少しずつ集めるしかないね。出来てせいぜい、数年はかかると思うよ。」
「致し方ない。実現するまでに、犠牲者が増えないことを祈るだけだ。」
「後は魔力の塊だけど……」
「……当ては有る。」

そう呟いたノワールの眼には、僅かな自身が満ちていた。


Part11 古時計


テフィラとノワールは、宮殿の地下へと降りていた。
冷え切った、薄暗い地下の世界というのは落ち着かない。きょろきょろとテフィラは周囲を見渡すが、ノワールが手にしているランタン以外に、灯りというものは存在しない。
コツコツコツと、歩くときに響く靴音が、鬱陶しい位、周囲に反響していた。
十年以上、この宮殿で暮らしてきたが、そういえば、地下に案内されたことはなかったな、と、気付く。
自分ですら地下に行ったことがないのに、ノワールだけは地下を知っているということは、自分は信用されていなかったのだろうか、と、少し傷ついた。

「父様は、テフィラを信頼していなかった訳ではない。」

ノワールの声が、響く。
まるで心を見透かされているようだと思ったが、テフィラが十年以上ノワールのことを見て来たように、ノワールもまた、十年以上、テフィラのことを見ていたのだ。
それは、お互い様というものなのだろう。

「随分昔のことだ。覚えているか?私がまだ五つぐらいの時だったか。お前の魔術式を元に、食糧の大量生産を父が考案した時のことだ。」

ノワールに言われずとも、よく、覚えている。
自分はその、魔術を考案する発想力を買われてシエルの傍に居続けたのだから。
しかし、あくまで自分は宮廷魔術師としてではなく、ノワールの世話係として雇われていたことになっているけれど。
ノワールが壁を作ってしまえばいいと言った時、子どもみたいにはしゃぎながら彼を抱きかかえたシエルの笑顔は、今でも目を閉じれば脳裏に過る。

「父様は実際、壁を創った。その壁を元に、この国に結界が施され、国内中に今、魔力が満たされている状態だ。では、その魔力は何処にある?そもそも、結界を創った父亡き今、誰がその結界を維持している?」

ノワールの言葉に、テフィラははっとする。
当時、シエルは言っていた。結界魔術を施すにあたっての、魔術のあてはある。と。では、そのあては実際何処にあったのか。
そして、術者であるシエル亡き今も、結界が解けている気配はない。
では、その結界は、誰が張っているのか。

「結果を張っているのは私だ。父が病に倒れた時、死期を悟った父が教えてくれた。だから、正確には父が病に伏している時期、既に術者は私へと切り替わっていた。見栄っ張りな父だったからな。術者が私に変わっているなんて、格好悪くてお前に言えなかったんだろう。……父様は、テフィラの憧れだったからな。」
「でも……」
「それに、な。父がお前に教えなかったのは、全てを知ったらお前が術者として申し出るだろうと踏んだからさ。お前は自己犠牲が過ぎる。国の役に立つのなら、喜んで術者になったろうさ。そうなるとお前には負担が多い。お前は魔術の操作があまりにも下手だからな。」

そう言ったノワールの声は、笑っていた。
彼の笑顔は、シエルによく似ている。まるで、シエルに皮肉を言われているような気分だ。
少し唇を尖らせて、なんとも言い難い顔をしてみせたが、恐らくノワールにはその顔は見られてないだろう。
地下へと下る階段を降り、ノワールは、此処だ、と呟いた。
目の前には、古時計が設置されていた。
その時計はもう既に時を刻むことを止め、形だけを保っている状態だ。

「これは……」

見ただけでわかる。
時計からは、膨大な魔力が放たれていた。魔術師が千人居てもかなわないであろう、膨大な魔力量。
これだけの魔力があれば、結界魔法なんて造作もないし、これからノワールが行おうとしている、時間停止魔法だって、追加で施しても痛くも痒くもないだろう。
しかし、これを用いて魔術を施し続けるとなると。

「勿論、魔術をかけっぱなしだからな。かなりの集中力を要するし、器用さだって求められる。正直、地下と普段私が生活しているスペースは距離があるから、不老不死の魔術も使うとなると……まあ、地下には置いておけないな。近場の方が操作をしやすいから、手元に置いておくことになるだろう。弱点が剥き出しになるが、致し方ない。」
「こんな凄いものがあるなんて……」
「元々、地上にぽつんとこれが設置されているのを父が発見したらしい。そして、此処に在ったのも何かの縁だ、と、父は此処を中心に宮殿を建てた。」
「じゃあ、宮殿を中心に放出されていた魔力の根源は……」
「コイツだ。まあ、地脈的に元々、魔力の根っこのようなものが此処を中心に存在しているのも事実だがな。昔の人間も、それを承知で、この時計を此処に設置して、何か儀式を施していたのかもしれない。」

溢れ出て来る魔力に、頭が痛くなる。
いくら術を行使するにあたって、この魔力を媒介にしていたとしても、ノワールに負担が全くかかっていない訳がない。
少なからず、頭痛や体調不良を起こしても不思議ではないし、高熱で倒れたら、当たり前だと言いたくなるものだ。
しかしそれを、彼は、今も表情を変えず、術をかけ続けているというのだ。
やはり、彼は天才だ。
彼の才能を目の前に突きつけられて、悔しい反面、喜ばしくも思える。

「確かに、これだけの魔力を使っての魔術……知っていれば、僕がやるって言い出してたかもしれないね。」
「だろう。それに、お前には壁の建設に回ってもらっていたからな。正直、教えるのを忘れていた……というのが、事の真相だろう。使用人が一切いないからな。壁の建設や食物栽培の土壌はお前に調整してもらい、疫病が流行ればお前に周囲の様子を見てもらい、父が倒れてからも奔走してもらっていた。教える暇もないぐらい、お前も忙しかったのは事実だぞ。」
「そういえば、そうだね……」
「しかし、これだけ献身的に支えてくれたお前に対し、コレを教えることなく逝った父には怒ってもいいと思う。」

そう言って、喉を鳴らして、ノワールは笑う。
まるで悪戯を思い付いた子どものようだ。
確かに、いつかあの世に行くことがあったなら、彼を思い切り、叱りつけても許されるのかもしれない。
もし彼の魔術が成功すれば、自分は当分、彼の元へ逝くことはないのだろうけれども。

「原材料は十分だ。後は魔術の行使だが……それまでに時間が必要となる。恐らく、後数年はかかるだろう。テフィラ。私の愚かな思い付きに、協力をしてくれるかな。」
「勿論だよ、ノワール。君の理想郷は、僕の理想郷だ。シエル様もきっと、わかってくれるよ。」

テフィラがそういうと、ノワールは、ほっとしたように、息を吐く。
そんな彼の腕の中で、私もいるのに、と呟いて、少し拗ねた顔を浮かべるルミエールに対し、ノワールは、すまんと謝りながら、また、笑った。

 


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