天使、拾いました。


本編



広瀬諒は、ごく普通の会社員である。
会社員の父と専業主婦の母との間に生まれ、物心つく前は母と共に過ごし、物心がつくようになった頃には、近場にある幼稚園で友人と遊び過ごしていた。
小学校、中学校は近所にある公立のものに通い、近場だからという理由で近所にある公立高校を受験し、大学進学をして、就職をして。
ごく普通。しかし、そのごく普通という幸せを享受できる恵まれた家庭で育った彼は、頼まれれば断れないたいへんお人好しな性格と、何かとトラブルに巻き込まれやすい性質が災いして、決して静かな日々ではなかったけれど、それでも、平穏に人生という長い路を歩いて来た。
そんな彼の目の前で。

「……嘘、でしょ。」

一人の少女が、文字通り、捨て犬のように捨てられていた。


天使、拾いました。
第一話 片翼の少女


子ども一人分は入りそうな段ボール。その段ボールの中で、体育座りをする少女は、黒々とした、大きく丸い瞳をぱちぱちと何度か瞬きさせながらこちらを見つめていた。
段ボールには、『ひろってください。』と、丸まった可愛らしい文字で書かれている。
どう見ても子犬である。否、子犬のような扱いを、人間の少女が受けている。一体どういうことだろう。
更によく見れば、その少女は、普通の人間というには異質なものを持っていた。彼女のその右肩甲骨から生えているのは、白い翼。
よく絵本で見かける天使のそれに相応しい、美しい翼であった。
彼女は、人間なのだろうか。それとも、天国から落ちてしまった天使なのであろうか。それとも、そのどちらでもないのだろうか。
家の前で捨てられている、この少女に、諒は勇気を振り絞って、声をかけた。

「ねえ。君の名前は?」

もし、彼女が人間なのであれば、この言語は理解できるだろう。
諒の声に反応した少女は、また、ぱちぱちと瞬きをする。丁度、顎と同じぐらいの長さだろうか、瞳と同じ黒髪を揺らして、首を傾げた。

「みえる。」

少女は答える。
みえる。それは、見えるということなのだろうか。ともすれば、何が見えているのだろうか。
だがしかし、見えるというには、若干、イントネーションというべきだろうか、発音がずれているようにも思える。
彼女と同じように諒も首を傾げると、少女はまた、口を開いた。

「みえる。なまえ。」

どうやら、みえるという名前らしい。
それならば、イントネーションが違うのも頷ける。

「みえる。そっか、みえるって言うんだ。」

諒が声を掛ければ、みえるは、こくこくと何度も頷いた。
その仕草には、どことなく愛らしさがある。諒は少し身体を屈めて、極力、彼女と目線を合わせた。

「何で此処にいるの?」
「みえる、お家ないの。どうすればいいかしら、って聞いたら、こうすれば、きっと優しいお兄さんが拾ってくれるわ、って、教えてくれたの。」

それを教えたのが誰なのか。そして、優しいお兄さんというのが何を示すのか、考えたくないし考えてはいけないのだろう。
片翼の、天使のような愛らしい少女。
小柄ではあるが、時折笑ってみせるその顔は確かに愛らしく、『優しいお兄さん』とやらはきっとすぐに集まって来るだろう。
自分がその少女に、手を差し伸べるまでもない。

「ねえ。お兄さんは、優しいお兄さん?」

そう言って、みえるは、また、微笑む。
広瀬諒は、ごく普通の人間だ。平々凡々な、ごく普通の、会社勤めの社会人だ。
もし人と違うことがあるとすれば、今のように、偶然、家の前に少女を置き去りにされる等、意味不明なトラブルに巻き込まれることが多いことだろう。
犬や猫が家の前に捨てられているのはよくあった。ウサギの世話を押し付けられるのも、まああった。けれど、少女を置き去りにされたのは、生まれて初めてだ。
この場合、まずは施設に連れて行くべきだろうか。それとも、他に最善はあるのだろうか。

「……まあ、後で考えればいいか。」

諒は小さく溜息をつくと、段ボールの中で体育座りをしたままの彼女に、彼女のそれと比べるとずっと大きな、広い手を差し出して。

「僕は諒。広瀬諒。優しいお兄さんかはわからないけど……とりあえず、僕と一緒に、まずは美味しいご飯を食べよう。」

朗らかに、優しく、彼女に微笑んでみせたのだ。




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