黄昏商店街


本編



気付けば、身体を大の字にして、背中を地面に預けていた。
天に広がるは、憎らしい程に明るく眩しい、橙色の夕焼け空。
その空を、呆けた顔で眺めていると、見覚えのある、誰よりも憎んだ男の顔が覗き込んで来た。

「生きているのか。」
「不服か。」
「否。無事で何よりだ。」

皮肉のつもりで返してみたにも関わらず、彼の、本心からの言葉に拍子抜けしてしまう。
身体をゆっくりと起こす。
朽ちた植物が転がり落ち、所々、地面が腐っている。家屋もいくつか損壊しており、それが、自分がこの街にもたらした被害だということが、よくわかった。

「すぐ直るさ。ただし、お前も手伝え。」

壊した奴が直すのが常識だろう、そう言って、町内会長は笑った。
確かに、この男のことは嫌いだが、言っていることは一理ある。アラジンは、地平線から顔を出す太陽を見つめながら、わかっていると、呟いた。


第12話 黄昏商店街


あの出来事から、数時間後。
アリスたちは、町内会館へと足を運んでいた。
目の前には、書類に目を通す町内会長。そして、彼を囲むように、社守り屋、御祈り屋、紅茶屋、鏡屋、文字書き屋、万事屋の六名が立っている。
何故、町内会長だけでなく、この六名もこの場にいるのか。
それには、重要な意味があった。

「アリス。アラジン。オズワルド。お前たちは、無事探しものを見つけた、そう解釈する。」

言葉を発したのは、町内会長。
この商店街を自治している、代表者としての言葉が、この室内に響き渡る。

「この世界のことはわかっているだろう。街を出て、輪廻の環に乗り、また新たな生として生れ落ちるもよし。この、輪廻の外側に留まり続けるもよしだ。探しものが見つかった今、自分の意志で、迷いなく決めることが出来るだろう。」

選ぶがいい。
町内会長は、そう言った。選ぶ。決めることが出来るのだ。
この商店街を出てあの世に渡るか、商店街に留まり続けるか。
しかし、此処へ到着する前から、アリスたちの答えはすぐに決まっていた。迷うことなく、アラジンが口にする。

「無論、此処に残る。俺も、アリスも、そしてオズも、だ。迷いはない。」

アラジンの言葉に同意するように、アリスとオズワルドも頷く。
三人の様子を見て、そうか、と、町内会長は淡々と呟いた。しかし、その口元は、何処か嬉しそうにも見える。
では、と、町内会長は更に言葉を続けた。

「私を含め、町内会役員七名の立ち合いの元、お前たち三人の居住認定及び、職業の任命を行う。」
「職業の任命?」

アリスは首を傾げる。
それはね、と、言葉をつなげてくれたのは、双子の鏡屋であった。まず、男児の鏡屋から、話し始める。

「僕たちはね、商店街に住むには、仕事を持たなければならないんだ。」
「働かざる者食うべからず、という訳ではありませんのよ?これにはきちんと、事情がありますの。」
「君たちは探しものがあった。つまり、未練があった。その未練が、この地に魂を繋ぎとめていたんだ。」
「未練がなくなった今、この商店街に留まるためには、新たな楔が必要となりますの。それが職業。役割ですわ。」
「だからこそ、オズワルドには、今まで気まぐれ屋という仮の職業を与えていた、という訳。」
「探しものがない方は、最終的にはあの時のアラジンさまみたいに、ぐちゃぐちゃになってしまいますの。本来は、嗚呼なる前に、仮の職業を認定して、楔を打ち、異形のモノになるのを防ぐのですが。」
「アラジンの場合、商店街に来る前にもう嗚呼なってたからね。ま、つまりはそういうことさ。」

男女の双子は、仲睦まじく手をつなぎ、くすくすと可愛らしく笑いながら、順々に言葉をつなげていく。
息ぴったりのその会話は、相変わらず、聞いていると目が回りそうである。

「お前たちに職業を与えるのは、我々七人の役目だ。何故我々なのか、疑問に思うだろうが……まあ、最初にこの商店街に降り立ったのが、私たちであるというだけだ。他意はないさ。」

そう言って、御祈り屋が言葉を付け足した。
彼等七人。通称、町内会役員の七人によって、探しものが見つかったけれど、商店街に留まることを希望する迷い人は住民として受け入れ、職業を任命される。
そして、これから、その職業が町内会長から言い渡されるのだ。

「では、まず、時永有栖。」
「は、はい。」
「お前の仕事は……そうだな。ミルク屋にでもしようか。ミルクは何かと使うからな。大事な仕事だ。これからはミルク屋と名乗るがいい。」
「み、みるく屋……」

己の職業の名を、口にする。
他のみんなと一緒になったような感覚。この商店街に、正式に受け入れられたような感覚。その、不可視な温もりが、胸をぽかぽかとさせている。
そんな気がして、アリスは、嬉しそうに表情を綻ばせて、その胸に手を当てた。

「次にオズワルド=エメット。お前は語り屋だ。」
「語り屋……?」
「そうだ。まあ記録屋が記録したことを、お前が語るといういたってシンプルな仕事だ。丁度良いだろう?」
「丁度良いって、何で此処でまでアイツと縁がなきゃいけないのさ!」
「素直になれ。ブラコンも拗らせると、痛々しくなるぞ。会話をする機会を作ってやるのだから、……此処でくらい、仲良くやれ。」

町内会長はぶっきらぼうに呟く。
オズワルドは不服そうであったが、諦めろ、と言ったのは、御祈り屋だ。

「アイツなりのお節介だ。くんでやってくれ。」
「……でもさ。」
「死んでからじゃ遅いのに、遅い今、挽回できるチャンスをもらったんだ。大事にすればいい。」

そう言って、御祈り屋は笑った。彼の笑顔は穏やかで、その笑顔の奥に、別の誰かを見ているようで。
きっと彼も、彼のお節介の恩恵を受けた一人なのだろう。
先人がそう言うのだから、今回は、それに甘えることにする。

「ブラン=アラジニア。お前には……そうだな。小鳥鑑定士にでもなってもらおう。」
「……は?」
「小鳥の雄雌を見極める仕事だ。大事だぞ。その他にも色々な小鳥を鑑定してもらうからな。」
「おい!おいお前!俺の職業だけなんか適当じゃないか!」
「何を言う。気のせいだろう。それにこの仕事は貴様に適任だ。」
「はあ?」
「これは目利きが必要な仕事だからな。商人だったお前なら、目利きの腕は十分だろう。」

口元を持ち上げ、にやり、という効果音が似合いそうな顔で町内会長が笑う。

「お前が売っていた商品は、常に上等なものばかりであったからな。」
「……知っていたのか、俺が、商人だったって。」
「当たり前だろう。お前だって、私の国の国民だったんだから。」

悪戯をしたときの子どものような笑み。
アラジンは町内会長のそんな顔を見て、嗚呼、この人もこんな顔で笑うんだ、と、思ったのだ。
常に険しい顔をしてばかりだったから。自分たちを恐れさせようと、冷酷な統括者であろうと振る舞った顔しか見て来なかったから。
こんな、穏やかな彼の顔を、きちんと見たのは、思えば初めてだった。

「さて、ミルク屋。語り屋。と……流石に気の毒だから、鑑定屋と呼んでやろう。お前たちは正式に、この商店街の町民だ。町内会長として、歓迎する。」

ようこそ、黄昏商店街へ。
町内会長を含めた、七人の役員が口をそろえて歓迎の言葉を口にして、笑う。
その笑顔も、歓迎の気持ちも、きっと、本物だろう。
双子の鏡屋が軽い足取りで、その両手で三人の手を引くと、文字書き屋と万事屋が扉を開ける。
ギイ、と重い音を開けて開いた扉から、鋭く眩しい夕日が差し込んだ。
影になった、アーチ状の建造物が小さく見える。あの入り口がから商店街に足を踏み入れ、いろんな店をぐるぐると巡り、探しものを探した時間は、とても長かったような、あっという間だったような。
けれど、あの短い旅が、とても充実したものであったということは、胸を張って、言うことが出来る。
地平線から顔を出す、大きな夕日。
アーチ状の建造物を潜って、夕日を目指して走ったら、また、別の何かが見えたのだろうか。
少し気になる気もするけれど、目指すことはないだろうし、その必要も、ないだろう。

「ね、語り屋。鑑定屋。」

アリスは、二人の新たな名を呼ぶ。
新たな肩書。新たな役割。新たな居場所。新しいものばかりだけれど、隣に立ってくれている、二人の顔だけは変わらない。
新しいものへの期待と、慣れ親しんだ安心感。二つの想いが、夕日を見ながら湧き上がる。

「これからも、よろしくね。」

探し、迷い、辿り着いた、夕暮れ時の不思議な商店街。
降り注ぐ星を星拾い屋が受け止めて。新しい迷い人を連れた案内屋が、こちらに笑顔で手を振るのが小さく見えた。
きっとこれから御祈り屋が優しい祈りを捧げてくれて。この商店街に暮らす、多くの人たちが、また、新たな迷い人を導くのだろう。
ならば、自分も導こう。この商店街の住民として。
これからは、この、夕暮れが続く小さな世界で、生きていくのだから。





 ⇒迷い人たちの、もう一つの物語


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -