アルフライラ


Side白



時永有栖は、アルフライラという国が時間を止める、その少し前に両親を疫病で亡くした。
通常であれば生活に困るところであったが、そのすぐ後に不老不死の国と化した都市国家の恩恵を受け、アリスは生活に困る必要性がなくなったのだ。
住む家はあった。
後は、そこで、寝て、起きて。それだけ。
それだけの生活をしていれば、何も困ることはなかった。
けれど。
朝起きて。ぼうっと変わらぬ空を眺めて。時々ふらりと外を歩いて。疲れたら眠って。
この生活を繰り返していくうちに、時計を持たず、空に変化が起こらないこの世界では、時間の感覚も麻痺して来て。
今、己の生活ペースが正しいのかすらも、わからなくなっていた。
生きる目的も見当たらない。
ただ淡々と、機械のように、繰り返されるだけの日々。
何のために自分は生きていて。なんのために存在しているのか。次第に意思というものが、活力というものが、なくなっていくのを感じていた。
両親が死んだあの時に。
一人取り残された少女は、この国で生きているようで、生きていなかったのだ。


Part18 輝く瞳:アラジンとアリス T


何度目かわからない一日を迎えた。
それが一日なのかもわからない。時間帯的にはもう昼かもしれないし、夜かもしれない。幸いにも朝かもしれない。
よくわからない中、アリスは身体を起こして、久々に、外へと出た。
少し埃っぽい風が頬を撫でる。
埃っぽいのは、この一帯、地面が砂で覆われている故だろう。さくさくと砂を踏みしめて周囲を歩き回る。
歩いていると、ちらほらと他の国民とすれ違うことから、時間帯はまだ昼間で、深夜徘徊をしている訳ではなさそうだと、よくわからぬ安心感を覚えた。
歩き進めていくと、大きな広場に辿り付いて、アリスは足を止める。
透き通った綺麗な水を吐き出す噴水がある、公園とも呼べそうな、少し大きな広場。そこで絨毯を敷いて、何人かの人々が商売を行っていた。
この国で商売なんて無意味なものだ。
けれど、おしゃれがしたい故にアクセサリーを購入する女性もいれば、食べることに娯楽を見出し、食物を買う者もいる。
食べ物を食べずとも、この国では死ぬことがないので、商売も、ファッションも、食事も、全てが全て、等しく同じ道楽であった。
広場の更に奥。この国の中心と言ってもいいだろう。そこには、真っ黒に塗り潰された、影のような色をした宮殿が厳かな面持ちで立ち尽くしていた。
アルフライラの統括者、ノワールが住むと言われる宮殿。静かに佇むその姿は、まさに、この国を統べる者が住むに相応しいものなのだろう。
しかしアリスにとってそれは、毎日そこに胡坐をかいて動く気配のない置物のようなもので、何日と、何か月と、何年と続く、無機質な日常の一部でしかなかった。

「ほら、さっさと歩け。」

アリスの視界に、非日常が映り込んだのは、何百回、何千回目のありきたりな今日だったか。
黒い宮殿から、鎖に繋がれた一人の男が、要らなくなった壊れた玩具のように、乱暴に放り出された。
抵抗するでもなく、地面に力なく倒れるその青年を見て、周囲の人間は、ひそひそと小声で囁く。

「ノワールに私刑にされた奴だ。」
「酷いな。」
「いや、あれはアイツが莫迦なんだよ。ノワールに逆らいさえしなけりゃ、生活は保障されてるっていうのに。」

人々は、口々にそう青年を罵り、手を差し伸べる気配がない。
この国の者はノワールに逆らってはいけない。そう教えられている。教えられているのは確かにそうだが、だからといって、傷だらけの青年を無視していい理由にはならない。
アリスは一歩、二歩と地面に突っ伏したまま動かない青年に近付く。
ノワールに逆らってはいけないという決まりはある。
けれど、ノワールに逆らい、傷だらけになった青年に手を差し伸べてはいけないという決まりは、何処にもない。

「……大丈夫?」

ぽつりと、小さく声をかけながら、アリスは身体を屈めて青年を見る。
思えば、声を出したのは、これが久々であった。
青年の手がピクリと動き、ゆっくりとその頭を持ち上げる。
豊かな生命の象徴ともいえる、緑の髪を揺らして、焦点が曖昧な翠の瞳をぐらぐらと揺らしながら、なんとかアリスのことを見つめてくれた。
その瞳に生気が感じられないのは、この国の統括者によって行われた、激しい私刑の結果なのだろう。
不老不死のこの国で。生を約束されたこの国で。何をされても死ぬことはないこの国で。受ける私刑というものは、耐え難いものに違いない。
国から見捨てられたこの青年に、何があったのか、アリスにはわからない。けれど、これから彼が感じることになるかもしれない孤独は、アリスでもわかることであった。

「……お兄さん。誰?」
「ブラン。……ブラン、アラジニア。」
「長いよ。」
「……親しい者からは、アラジンと、そう、呼ばれていた。……確か、その、はずだ。」

青年は、アラジンは、虚ろな目をゆらりゆらりと動かしながら、ぼそぼそとそう答えた。
少しずつ声が小さくなり、自信なさげに呟くその様は、まるで記憶が抜け落ちて、確固たる何かを手放してしまったかのようにも見える。
今、その瞳は濁っている。
瞳に宿るべき輝きが奪われているような、けれど、その輝きを得ることが出来れば、きっとこの人は、素晴らしい光を放ってくれる。
そう思った時、アリスは、気付けばアラジンの手を取っていた。

「……私は、アリス。時永有栖。」
「……アリス……」
「私も、ひとり。アラジンと、同じ。ひとりぼっちは寂しいけど、ひとりとひとりが一緒だと、ふたり。……だから、きっと、寂しくない。よ?」

こんなに言葉を紡いだのは、一体何年ぶりだろうか。何十年ぶりだろうか。
この手に温もりを感じたのは。
こんなにも心臓がやかましいのは。喉がからからと乾くのは。初めての経験かもしれない。
何故こんなにも、この身体が異常をきたしているのかはわからないけれど。

「……そうだな。」

それでも。

「……どうすればいいか、わからなかったんだ。ありがとう、アリス。傍にいて、くれないか?」

それでも、この人の傍に居たいと、思ってしまったのだ。
それは、アラジンの瞳に、再び光が宿る少し前の話。暗い暗い、真っ暗な影の中にぽつんと転がっていた小さな宝石を拾い上げた、少女の話。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -