アルフライラ


Side白



ノワールの宮殿は、驚くほど、静まり返っていた。
共に宮殿内に乗り込んでくれた国民たちは、ごく数人の宮殿魔術師によって行く手を阻まれ、奥まで足を進めることが出来たのは、アラジンとアリス、そしてコハクとコクヨウだけであった。
先程まであんなに聞こえていた人々の喧騒は、今ではもう聞こえない。
オズ一人に任せて大丈夫だったのだろうか。
そんな不安がぐるぐると渦巻いているが、だからといって、オズはあの時、誰かが共に残るなんてことは受け入れなかっただろう。

「僕たちには兄弟はない。」

アラジンの心の中を読み取ったかのように、コハクが呟く。

「だから、彼の気持ちは、きっと僕らにはわからない。でも、もし僕に兄弟がいたならば。そして、兄弟と敵対することになったのならば。僕は、誰の手も借りないで、自分でケリをつけたいと思うな。」

そう言って、コハクは笑った。
アラジンはその言葉に、静かに頷く。彼はきっと、彼なりに、アラジンの中にある不安を取り除いてやろうとしてくれたのだろう。
その気遣いが、今はたまらなく嬉しかった。

「ありがとう。コハク。」

そしてその時。
目の前で、チカチカと辺り一面が白く光った。


Part17 ノワールを愛する者:ルミエール


「伏せろ!」

アラジンの声と共に、皆は身体を床へと密着させる。
光は頭上を過ぎ去って、小さな爆発音を起こした。あんなものをまともに喰らえば、いくらこの国のシステムで死ぬことが出来ないとはいえ、ひとたまりもない。
光を放ったのは誰なのか。
ノワールか、それとも先程の宮殿魔術師、テフィラが追いついて来たのか。
頭をあげてその正体を確認しようとするが、その正体は、どちらでもなかった。
目の前に立っていたのは、一体の人形。
美しい金色の髪を揺らして、輝く翡翠の宝石をはめた瞳がじっとこちらを見据えている。あの人形は、何なのだろうと記憶の引き出しを開けてみれば、ノワールが大事に抱えていた人形がいたことを思い出した。

「……ノワールの人形……」

アラジンがぽつりと呟く。
アラジンは、驚いていた。ノワールが大事に大事に人形を抱きかかえているというのも酷く不釣り合いなものであったが、その人形が、己の足で立って、しかも、こちらを見つめて、一歩、足を踏みしめて歩くのだから。
人形が自立して歩行するなんて、アラジンにとって、在り得ないものだ。

「ごめんなさい。本当は、こんなことしたくないの。」

人形の口から紡ぎ出されたのは、美しい、小鳥の囀るような少女の声。
動いて。話して。意思を持つ。
外見こそはただの人形だが、そこに在るのは、一人の少女であった。

「でも、これはノワールのため。あの子のため。そして、全ては、この国のためなの。」
「国のため?こんなことが?こんなおかしな惨状が、国のためだとでもいうのか?」
「ブラン=アラジニア。貴方の言いたいこともわかるわ。確かに、このままではこの国に未来はない。永遠にとどまることが、全て良いことなのかといえば、それは当然、わからないわ。寧ろ、悪いことかもしれない。」
「それなら、何故……」
「貴方にはわからないわ。」

また、眩い光が放たれる。
次は避けられないかもしれない。思わず硬く目を閉じたが、その光は、アラジンに襲い掛かることはなかった。
恐る恐る瞳を開けると、アラジンの前には二人の人影。
そこには、アリスと、薙刀を手に立つコクヨウの姿があった。

「アリス!コクヨウ!」
「アラジン。君はコハクと共にノワールを追うんだ。此処は私とアリスに任せて。」
「けど……」
「これは女の戦いだ。男が口を出すもんじゃないさ。早く行くんだ。」

アラジンの言葉は、あえなくコクヨウに一蹴された。
ただでさえ、オズを置いて行くような形で進んできてしまったのだ。コクヨウとアリスを、しかも、守るべき女性たちである彼女を置いて、この先を進んでいくというのは、アラジンには抵抗があった。

「コクヨウ。」

けれど、コハクは違った。

「僕は君を信じている。君は、この先に進んでくれるって。」
「嗚呼、信じろ。信じて、先へ行ってくれ。すぐに、私は追い付いてみせる。」

コクヨウはそう言って、明るく、そして、力強く笑ってみせた。
彼女の笑顔は、不思議だと、コハクは彼女を見つめながら思う。
何気ない笑顔。何気ない言葉。それでもコハクにとって、コクヨウのそれは何よりも信頼に値するものであり、安心できるものであり、そして、確信が持てるものであった。
彼女ならば大丈夫だ、と。
それに。
いくら彼女が女性だからといって。護るべき対象だからといって。彼女を信じることが出来ずに、どうして彼女の夫を語れるか。

「アラジン。此処は二人に任せよう。」
「しかし……アリス……」

アラジンは、ちらりとアリスを見た。
アリスの手には、何もない。
薙刀を握るコクヨウと違い、アリスの手には武器がない。そもそも彼女は非力な子ども。魔術の心得もない、ただの、一般人。
そんな彼女を置いて行っていいのだろうか。
アラジンの理想にただただついて来てくれた、この幼い少女を。

「アラジン。」

少女は小さな手を伸ばし、アラジンの大きな手を包む。
その手は小さくて、アラジンの手を覆いつくすことは出来ない。それでも、彼女が触れてくれている場所は、とても、温かい。
これは、子ども故に体温が高いからとか、そんな、ありきたりな理由だけではないだろう。

「アラジン。私は、貴方の理想を信じて此処まで来た。貴方について来たいと思って、此処まで来た。だから、最期まで、貴方の理想を叶える助けになりたい。たとえ、非力な存在でも。だから……貴方は進んで。貴方が進んでくれることで、私たちの希望が生まれる。」
「……希望……」

彼女がこんなにも流暢に言葉を話すことがあっただろうか。
いつもたどたどしくて、話すことが苦手で、殆ど、言葉を発することがない彼女が。
アラジンのために、彼女の、彼女なりの言葉を、紡いでくれている。

「オズも言っていたでしょう。貴方は、希望だって。」
「……アリス。すまない。俺は。」
「気を付けて。アラジン。」

それだけで、アラジンにとっては、十分であった。
するりと彼女の手が離れ、アラジンは、コハクと共に宮殿の奥へと走っていく。
人形がその手を伸ばして、光を二人に向けて放とうとすれば、コクヨウが振り降ろした薙刀が、それを阻んだ。
攻撃を中断させた人形は、ぐるりと首を回して二人を見る。
どうやら、ターゲットを変更してくれたらしい。

「どうして、あなたはノワールの味方を?」
「……では、問います。……そこの娘。貴方は何故、ブラン=アラジニアの味方をするのです?」

ルミエールはくるりと顔をアリスに向けて、質問をする。
どうしてアラジンの味方をするか。
その理由は、演説をした時に述べた。大人になりたい。未来を歩みたい。それが、理由だ。
でも、その理由の根底にあるものがある故だ。
好きな人と結婚をしたい。結婚をして、子どもが欲しい。そうなるためには、大人になりたい。未来を歩むことが必要だ。
では、好きな人とは、誰なのか。
答えは、もう出ている。

「アラジンのことが、好きだから。愛しているから。」

アリスは迷うことなく、はっきりと、そう答えた。
すると、人形は、口元を持ち上げて、優しい、柔らかな笑みを浮かべる。

「私も同じ理由。」

少女の声は、人形から紡ぎ出される。

「私も、ノワールを愛しているから。だから、私はノワールの味方なの。」

愛しているから。
理由はそれだけで、十分なのだ。
アリスとコクヨウは、何故、アラジンたちにはその理由を語らなかったのか、少し、わかるような気がしたのだった。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -