黄昏商店街


本編



一番最初に、その目に飛び込んで来た映像は、とてつもなく大きい太陽であった。
橙色に輝くそれは地平線からひょっこりと半分だけ顔を覗かせている。
頭を持ち上げ、空を見上げれば、太陽の熱にでもあてられてしまったのだろうか、夕焼け色の赤が天を覆い尽くしていた。
後ろを振り向けば、緑の生い茂った、道なき道が支配する森。
正面を向けば、人を出迎える巨大なアーチ状の建築物が存在し、その奥には幾つもの店が並び、人々が賑わいを見せている。
建築物には、何か、地名だろうか、文字が刻まれていた。

「君。」

アーチ状の建築物を潜り抜けて、一人の青年が駆け寄る。
褐色の肌に、色鮮やかな、まるで紫水晶のような綺麗な瞳と、その瞳と同じ、紫色の髪。
柔和な笑みで、身体を屈め、目線を合わせながら問いかけて来るその姿は、好青年そのものだろう。

「どうしたの。こんなところで。迷子かな。」
「……此処は、何処?」

問いかけて来た青年に対し、そう、返答をするしかない。
その時点で、自分が迷子なのだということを、認めざるを得ないのだが。
否、そもそも、迷子と呼べるのだろうか。
気付けば此処に立っていて。己の名のみしか記憶にない自分の存在は、迷子というカテゴリーに、該当するのだろうか。
しかし、青年は一度首をかしげてから、静かに納得するように、己の首を縦へと振る。

「……そっか。うん。成程。じゃあ、君を導いてあげないとね。」

そう言って、青年は手を差し伸べる。
差し伸べられたその手の上に、自身のそれを重ねる。
青年の手は、自分のそれよりも大きくて、温かくて、力強い、何かを護る腕をしていた。

「僕は案内屋。黄昏商店街へようこそ。もし可能なら、君の名前を教えてくれないかな?」
「……アリス。」

少女アリスは、案内屋に導かれるがまま、黄昏商店街と刻み込まれた、アーチ状の建築物を潜り抜けた。


黄昏商店街
第1話 小さな迷い人


「此処は黄昏商店街。その名の通り、此処は常に黄昏時の時間帯。真っ赤な空を見ただろう?アレが毎日毎日続いているのさ。そして、僕らは皆、此処で店を構え、働いている。僕は案内屋という仕事をしていてね、迷い人を導く仕事をしているのさ。」
「……迷い人。」
「まさに君みたいな子だね。よくいるんだ。商店街の外側で、ぼうっと立ち尽くしている子が。」

だから時々様子を見に行くのだと、彼は穏やかな笑みで語ってくれた。
どうやらアリスのような人間は、決して珍しい訳ではないらしい。成程、通りで手馴れているし、案内屋という職業を持つだけはある。

「やあ案内屋。また迷い人の発見かい?」
「星拾い屋。」

何処からか声が聞こえたと思うと、その人は、文字通り、空から降って来た。
夕焼け色の橙色の髪と、朱い瞳。この商店街に溶け込んでしまいそうな幼い顔をした少年は、にこにこと無邪気な笑みで案内屋に語り掛ける。
突然目の前に現れた人物に、アリスは動揺で心臓をどくどくと高鳴らさずにはいられなかったが、案内屋は慣れているようで、相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべて、少年、星拾い屋に挨拶をしていた。

「随分小さな迷い人だね。」
「だろう?まずは、町内会長の元へと連れて行こうと思ってね。」
「成程。まあ、迷い人が来たならば、まずは町内会長のところが相応しいだろう。」

アリスがぼうっとしながら二人の会話を聞いていると、アリスが置いてけぼりになっているのを自覚したのか、案内屋は少し申し訳なさそうに苦笑する。

「嗚呼、ごめんねアリス。紹介するよ。彼は星拾い屋。この商店街に振る星は、この商店街を運営するにあたってのエネルギーとなるんだよ。火を起こすのも、電気を灯すのも、全て、この星があってこそなんだ。けれど集めるのが大変でね。それを集めて、皆に配るのが、彼の仕事なんだよ。」
「……お星さまを?」
「左様。」

アリスの問いかけに、星拾い屋は少し得意げに頷く。
しかし、アリスには一つ、疑問があった。
星というものは、夜空に散りばめられているものだ。
それがこの夕焼け空。しかも、雲一つない、星一つ灯っていない空の下で、どうやって星を集めるのだろうか、と。そもそも、星を拾うことそのものが出来るのだろうか、と。
そんなアリスの疑問を察したのか、星拾い屋は、にまにまと笑みを浮かべたままだ。

「アリス。星拾い屋としての僕の力、侮ってもらっちゃぁ困るな。それに、星は拾えるよ。ほら、見てごらん。」

星拾い屋はそう言って、空を指で示す。
アリスが顔を見上げると、キラリ、と、空で一つの光が灯った。
灯った光は勢いよく地面へと向かって落ちていく。星拾い屋は足に力を込めて地面を蹴ると、ふわりとその華奢な身体を宙へ浮かばせる。
まるで彼にだけ見える足場があるように、空中を蹴って、蹴って、身軽に、空の上を走り、登っていく。
そして、キラキラ輝きながら降り注ぐそれを片手で受け止めると、彼は空中で身体をくるくると回転させながら、地面へとまた降り立った。
手には、拳と同じくらいの大きさの何かが握りしめられている。

「ほら、これが星だ。」

星拾い屋がそう言って見せてくれたのは、拳と同じ大きさの、まるで金平糖のような、キラキラと輝く石だった。
これが星なのだという。
虹色にキラキラと輝くそれを眺めてから、少し顔を持ち上げて星拾い屋の顔を見ると、彼は、嬉しそうに、得意そうに、笑っていた。

「綺麗だろう?」

その星は、アリスの思っていた星とは違う。
それを星と呼んでも良いのかと、疑問を思ってしまう自分もいる。けれど。

「うん。綺麗。」

確かに、星拾い屋の集めているという星は、とても、温かい光を放つ綺麗なものであった。
アリスの回答に満足した星拾い屋は、その拳と同じくらいの星を、アリスの小さな手の平に乗せる。

「これは手前からのプレゼントだ。其方がよき旅路を迎えられるようにな。」
「いいの?」
「いいとも。寧ろ、受け取って欲しい。さて、手前は次の仕事があるので、これにて。案内屋。無事、その小さな迷い人を送り届けるんだよ。」
「嗚呼、任せてほしい。」

案内屋が頷くのを確認すると、星拾い屋はまた笑って、空へと駆けていった。
呆然としながらそれを見ていると、案内屋は、驚いた?とアリスへ問いかける。

「星拾い屋はああやって星を集めるんだ。星がそのまま地面に衝突してしまうと、大怪我に繋がるからね。結構大変な仕事なんだよ。」
「……そうなんだ。」
「僕らみんな、彼に助けられているんだ。彼にだけじゃない。みんな、この街で助け合って生きてるんだ。」
「……仲良しなのは、いいね。」

アリスがぽそりと呟くと、案内屋は、そうだね、と答えて笑顔のままアリスの頭を優しく撫でる。
それはとてもむず痒いものではあったけれど、不思議と、嫌なものではなかった。

「じゃあ、まずは町内会長の元へと向かおう。」
「町内会長って、どんな人?」
「この商店街を、街を、支えている人さ。悪い人ではないよ。」
「そう。」

案内屋に手を引かれるがまま、アリスは案内屋と共に商店街の奥へ奥へと進んでいく。
すれ違う人の数は決して多いとは言えないけれど、それでも商店街はわいわいと賑わっていて、店から顔を覗かせる人々は皆、穏やかな顔でこちらに手を振ってくれた。
そうしていくうちに、商店街の一番奥へとたどり着く。
その建物は決して豪華というものではなく、けれど、他の商店街の店と比べれば、大きなものであった。
木で出来た看板には、丁寧な文字で「町内会館」と刻まれている。

「この文字もね。店をやっている人が書いたんだよ。」
「……文字を書くお仕事をしているの?」
「そうだよ。文字には、言葉には、意味というものが込められている。魂が込められている。だからこそ、文字を大事にするのもまた、大事な仕事なんだ。……さ、入るよ。」

案内屋に導かれるがまま、建物の中へと入っていく。
建物の中へ入ると、その中には、畳が敷かれた人が何人も集まることが出来そうな部屋が一つあった。
そしてその部屋の奥で、一人、座り込んでいる男が一人。
案内屋と同じだけれど、少し異なる輝きを持つ紫色の瞳。そして、少し黒みがかった紫色の瞳。
長く伸びた髪は無造作に伸ばされたままで、整えている気配はあまりない。

「……案内屋か。どうした。」
「町内会長。また、迷い人を発見しましたので、ご報告にあがりました。」

町内会長。
そう呼ばれた男の顔を、アリスは何処かで見たことがあるような気がして、それと同時に、どくんと、心臓に痛みが走るのを感じたのだった。




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