賭博四天王編


第1章 犠牲となった子どもたち



煌びやかなネオンが全体を照らしている。
一年中雨が降り続ける「弥瀬地」の夜は、分厚い雲が月を覆い尽くし、雨により視界は不鮮明になる。
暗い視界、重苦しい程の湿気。
そういったものを振り払う光がそこにあった。


第1賭 賭博四天王


その建物は、「宵の宴」と称されるゲームセンターである。
レーシングゲームや狙撃ゲーム、種類を述べると数えきれない。
チェスやビリヤード、麻雀といったボードゲームの類もあれば、ダーツもある。
他の世間一般でいうゲームセンターと異なる所といえば、お約束と言われるプリクラ・UFOキャッチャーの類はない。
昼間は子供から大人まで、純粋にゲームを楽しむ娯楽施設ではあるものの、夜にはその姿が一変するからだ。

「いらっしゃい、今日はいくら賭ける?」

宵の宴に入って来た青年に肩を組み、楽しげに話しかける少年。
白い詰襟服を纏った赤い髪の少年に、青年は困ったように笑いかける。

「勘弁して下さいよ無焚さん、今日はそっちじゃないです。」
「なんだ、今日はこっちか?」
「そう、そっちです。」

無焚は御猪口を持つ手の仕草をしたまま、手を口元へくいっと傾けるポーズをとる。
青年の相槌に、無焚は少々がっかりしたように溜息をもらした。

「そりゃ残念。いつでも挑戦は受け付けるよ。掛け金は、通常の倍だけど。」

悪戯げな笑みを浮かべたまま立ち去る無焚に手を振ると、青年は溜息を漏らした。
昼間はただのゲーム場。
しかし、此処は夜になると全てが賭け事に結びつく賭博場へと変化する。
昼間は個人でのプレイが許されるゲームですら、一定の時間を超えると複数人数で金品を賭けてでなければプレイが出来ない。
昼間と負けず劣らず、人々でそこは賑わうのだ。

その中でも特別視されているのが、白い詰襟を来た5人集団。
彼等はこの宵の宴の支配人であり、昼間はゲームマスター、夜は賭博四天王と呼ばれる。
何故5人なのに四天王と呼ばれるのかというと、その内2人は一卵性の双子だから。
2人で1人として四天王とカウントされたり、先程の赤い髪の少年、無焚を宴の支配者として残り4人を四天王と呼ぶ者もいる。
あくまでこの施設を利用している客から名付けられているだけで、本人達が名乗っている訳ではない。
よって、誰を指して「四天王」とするかは人によって別れる。
当然支配人である彼等ともゲームをする事は可能だが、それには通常の倍以上の掛け金を支払わなければならない。
しかも強い。
彼等に挑むという事は、金を溝に捨てるのと同等に近い愚かな行為だ。
それでも挑む者が何人もいるのだから…恐らく盛り上がっているのだろう。
施設の一角にあるバーに並ぶ、幾多もの酒がそれを示している。

「此処になくて、他所の店にはある酒なんて存在しないんじゃないか?」

店に入った青年は入って早々、ワイングラスを丁寧に磨いていたバーテンダーに愚痴る。
それを聞いた黒服に身を包んだバーテンダーは得意げに笑った。

「そうだな、確かに此処になくて他所にある酒なんて、殆どないんじゃないかな?」
「これは全部マスターが?」
「いいや。俺が来た当初から、此処は大量の酒が並んでいたよ。種類もそれ以降あまり増えていない。元々は彼等のコレクションだったからな。」
「へぇ…」
「で、お客様、ご注文は?」
「そうだな、…ストロベリー・ミルクを頼む。」
「意外だね、もっと辛口を頼むかと思った。」
「連れが以前頂いて、それをとても気に入っていたみたいだったからね。頼むよ。」

それを聞いて、ああ、そういえば、と心当たりありげな顔をした後、バーテンダーは早速注文されたカクテルの準備に取り掛かる。
それと同時に、乱暴に扉を蹴破り、男が1人入り込んで来た。
不機嫌そうに腰を降ろしてバーテンダーを睨む。
ああ、きっと賭け事に負けたんだろうな、と青年はその男達を見つめて溜息をついた。

「お客様、何かご注文はございますか?」
「ウィスキー。ロック。」
「ウィスキーの種類はいかがいたしましょう?」
「適当に決めてくれや!それを決めるのがアンタの仕事だろ!」

バーテンダーは青年と変わりなく、平然とした態度で対応する。
恐らくこういった荒れた客への対応にも慣れているのだろう。
用意されたウィスキーを男は一気に飲みほし、グラスをテーブルへと叩きつける。
グラスにヒビが入ったのではないかという程の衝撃だった。

「糞!あのガキ共が馬鹿にしやがって!」

吐き捨てるように叫ぶ。
大方、賭博四天王の誰かに挑み、見事に負けて来たのだろう。
酔いが回り、焦点の定まらない瞳でこちらを睨む。

(あ、ヤバ、目合った)

「何見てんだよ!」

案の定男はこちらに絡んで来る。
対応しても無駄である事を悟った青年は、小さく溜息をついた。

「見てませんよ。」
「見てただろうが!どうせ俺の事を馬鹿にしていたんだろう!」
「していないですよ。」
「クソが…何処かに大金があっという間に入りこんで来るような美味しい話はねぇのかよ。」

(ある訳ねぇだろ。)

青年が心の中で愚痴っていると、男は思いついたかのようにこちらを見た。

「そうだ。お前は“改造人間”を知ってるか?」
「“改造人間”…ですか?」
「あぁ、そうだ。知ってんのか?」
「20年程前に、弥瀬地で政府が秘密裏に研究していたって噂ですよね。子供たちを連れ去って、神の力を継ぐ“使者”と同等の力を与える為に兵器として改造した、と。ですが殆どの子供は実験の過程で命を落としたと聞きますよ?」

青年は自身が知っている限りの知識を伝えたが、男はその言葉を聞いてにんまりと口元を曲げる。
その口から洩れる酒の臭いが混ざった息に、青年は顔をしかめた。
先程からバーテンダーの「お客様、他の方のご迷惑になる行動は御控え下さい」という言葉を発しているが、どうやら聞こえていない様子。

「あくまで殆ど、であって全部ではない。生き残りが何人かいるらしくてな。そいつ等の身体に埋め込まれている部品っつーのが高く売れるらしいんだよ。だから奴らを見つけ出して殺せば、一気に金が手に入るってやつだ!」

彼なりの妙案らしい。
しかしその改造人間がどんな外見をしているのかもわからないのに、捕まえるなんて無謀ではないか、とか。
仮にも人間兵器相手に挑んで勝てるのか、とか、色々突っ込みどころあるものの、それを話したところで男は聞く耳を持たないのだろう。

「ふ、はは…あははは、」

そしてこの空気をぶち壊したのが、先程まで大人しくしていたバーテンダーの笑い声だ。
最初は小さく笑っていただけであったが、何かがツボに入ったのだろう、次第に笑い声が大きくなっていく。
まるで男を見下しているかのように。
男も自身が馬鹿にされているのを悟ったようで、「バカにしてんのか」と怒鳴りながらバーテンダーを睨む。

「はは、申し訳ありません…ふふ、お客様が改造人間に挑まれる等という無謀にも等しい事を、まるで妙案のように語っていらっしゃるものですから、つい、可笑しくて…ハハ…」
「なんだと!俺が改造人間に挑んだら負けるとでもいうのかよ!!」

男はバーテンダーの胸倉をつかむが、それでもバーテンダーは慌てる所か、更にバー内に響き渡る位の大声で嗤う。
逆に不気味に感じたのだろう、男は徐々に顔色を変えていく。

「美琴。程々にしておけ。」

青年は小さくバーテンダーの名前を口にする。
しかし、バーテンダーである美琴は改める気はないらしく、笑い声は止まない。

「いやいや、それは無理な相談だよ。可笑しくて可笑しくて、腹が捻じれそうだ。」
「テメェ、いい加減にしやがれ!」
「だって…」

男が美琴に殴りかかろうと拳を振りかぶる。
しかし拳は美琴に届く事はなく、宙で停止したままだった。
男の手首を力強く締め付ける華奢な手の持ち主は、黒真珠のように真っ黒な瞳で男を見据える。

「し、四天王…」
「美琴。客をあんま煽るな。己れも確かにコイツは気に食わないけどな。」
「悪い悪い。だって、改造人間の正体も知らない奴が倒すなんて、笑い話もいいところじゃないか。」

男は真っ青な顔で手の持ち主の少年、無焚を見据える。
人間離れした腕力で押さえつけられている拳は血のめぐりが悪くなり、徐々に青紫へと色を変えていく。
先程から傍観していた青年は命知らずな哀れな男を見据えたまま溜息をついた。

そう。
彼が倒すと豪語した改造人間の正体は、今目の前にいる幼さの残る少年だったのだから。

その後、男がこの宴の場に立ち寄る事が二度となかった、というのはまた別の話。




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