実験班組織編


第2章 紫盤 音秦



風に乗り、バイオリンの音が響く。
その音を聞きつけた幼い子供達がフラフラと集まる。
子供達に囲まれて、バイオリンを手に持つ青年はにこりと優しく微笑んだ。


第15科 後を追え


爆発音を聞いて慌てて死燐達のいた部屋へと戻ると、そこには大穴を開けた壁。
そして、床で呆然と倒れこんでいる羅繻と陰思の姿があった。
死燐の姿は、何処にもない。

「羅繻、陰思!」

弓良が叫び、二人の元へと駆け寄る。
ピクリと耳を動かし外へと傾けると、微かだが楽器の演奏音が聞こえて来た。
さっそくお出ましか、と弓良は溜息を漏らす。
袖口から子の葉を取り出し、羅繻と陰思、それぞれの額の上にそっと乗せてから右手の人差し指、そして中指を立てて自身の眉間に添える。
子の葉に青い炎が灯り、パチパチと音を立てて燃えると、羅繻と陰思は自分達でも、身体がさっきまでが嘘であるかのように軽くなっていくのがわかった。

「動ける…」
「妖術の一種だな。俺の妖力を込めて相殺した。」
「そんなこと出来たんだな。」

関心する陰思に、当たり前だと呆れてみせる。
そして巨大な穴が空いた壁をみて、弓良はげんなりとした顔をした。

「で、これはあのバカがやったのか。」
「…うん。」

羅繻はしょんぼりと俯く。
不可抗力とはいえ、死燐がいなくなってしまったのだから落ち込むのも仕方ない。

(とはいえ、ホント死燐に懐いてるよな、コイツ。)

まだ出会って間もないが、羅繻が死燐を慕っているのは出会ってからすぐにわかった。
死燐の身を案じ、死燐の元へと戻ろうと一番積極的だったのは間違いなく羅繻だ。
そして死燐が傷ついたことに激昂し、この組織の人間を全滅させて組織を壊したのも彼だ。
このエネルギーは一体何処から出て来るのか。
それ程、今までの環境が羅繻にとっては劣悪で、それを変えてくれた死燐には恩人以上の感情を持っているのだろう。

「でも俺達は動けなくなっただけなのに、死燐は何で…」
「いくらアイツもちょっと特殊とはいえ、元は普通の人間だ。その影響がモロに出たんだろ。」
「僕は…?」
「お前は例外だろ。」

大使者だしな、と弓良は言葉を続ける。
この先どうすればいいのか。
その答えは当然決まっていたが、弓良はその言葉を言い出せない。
先に口を開いたのは羅繻だった。

「死燐を追いかけるよ。」

それは至って当然の反応だ。
しかし弓良の額からは冷や汗が滲み出る。
狐火弓良が、実験班組織に来たのは今から更に約10年近く前。
それ以来、彼は一度もこの組織から出たことがなかったのだ。
組織から所か、つい最近までは書庫からも出たことがなかった程。
だからといって、今更外に出たくないからお前達二人で行ってくれなんて言えない。
いくら妖と異能者とはいえ、まだ8歳と10歳の幼子だ。

「追いかけるといっても、どうやって追いかけるんだよ。」
「うぅ、それは…」

羅繻は言葉を濁す。
当然だ。
羅繻も陰思も、聴力や嗅覚といった5感は普通の人間と左程変わらないのだから。
死燐が先に外へと出てしまった時点で、死燐を追いかけるには楽器の音色をたどるか死燐の匂いをたどるかの二択。
そしてそのどちらにも、弓良の存在は必要不可欠だった。

(今回だけだ。今回だけ。少し、死燐を迎えに行くだけだ。)

弓良は心の中で何度も今回だけと呟き、大きく深呼吸する。
覚悟を決めたように目を見据え、うんと力強く頷く。

「よし、死燐を追うぞ!」

羅繻と陰思、同調するように力強く頷いた。

 


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