空高編


第3章 神子と双子と襲撃



ギィ、と重々しい音を立てて書庫の扉を開ける。
ゆらりゆらりと灯る青い焔が、まるでこちらを出迎えるかのように明かりを灯していた。

「そろそろだと、思っていた。」

普段、書庫の中でも脚立の上で佇んでいる彼は、珍しく脚立から降りて床へと足をついている。
金色の尻尾をゆらゆら揺らしながら、書庫に訪れた客人を出迎えた。

「待っていたよ、大使者諸君。」

狐火弓良は、そう言って怪しく微笑んだ。


第57晶 国創りの歴史


書庫の中は広い。
何年も使われていないと言われているが、想像している程埃っぽくないのがこの書庫の不思議なところだ。
意外にも弓良が手入れしていたり、他の団員が手入れをしていたりするのかもしれない。
流石に埃っぽいところで常に籠っているというのは辛いのだろう。
その中央にある、特に大きな机を囲うように今日の出席者は存在していた。
大使者である無色、閃叉、羅繻、鴈寿、無焚、修院、燭嵐、青烏。
神の子である翼。
そして、その他にも同席者として、死燐、雷希、雷月、飴月、アエル、瑠淫が同席している。

「随分と大人数だな。」

弓良は困ったように、語る。
書庫に長いこといるだけあり、あまり人と関わるのは得意ではないらしい。飄々としているように見えて、視線はまるで逃げるように本へと向けられていた。
弓良、と静かに死燐が名を呼ぶ。

「頼む。お前がこういう場を好まないことは承知の上だ。でも、今俺たちがまず頼れるのはお前しかいない。今回ばかりは、無焚さんでもどうしようもない。」
「まぁ、いくら彼でもこの類の情報は収集のしようがない、か。…仕方ない。死燐、今回はお前の顔を立ててやる…」
「嗚呼、頼む。」

彼もまた、羅繻と同じく死燐を慕う者の一人であるということらしい。
大勢の前で語ることを覚悟したのか、彼は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。ぎこちなく視線を動かしながら、大使者たちへと向き直る。
ぱらぱらとめくっていた本を、静かに閉じた。

「テレビの映像は、俺も見ていた。陰思に引っ張り出されて強引に、だがな。…まず、あの映像に映っていた男。あれは間違いなく、空高一族の祖である創造神、穹集で間違いない。」

弓良は、断言した。
断言に至るその根拠。その理由。その想い。全てが未知数な中、大使者たちは各々顔色を曇らせる。

「国創りの歴史を知っている者はこの中にいるか?」

そんな中、弓良は更に言葉を続ける。
国創りの歴史。
それは、この世界を生み出した神々の軌跡を記した歴史のことだ。翼も、何度も頭が痛くなるくらいに学んだ記憶がある。
ゆっくり手を挙げたのは、翼、青烏、死燐、瑠淫、無焚の五人だけだった。
流石に少なすぎたのか、弓良は頭を抱えて下を向く。

「いくらなんでも…ちょっと予想外過ぎるぞ。」
「仕方ないでしょう?少なくとも、我々特殊部隊の殆どは孤児出身。例外も居ますが、学問の知識が乏しい者ばかりです。」

無色の主張は最もだ。
彼等は武闘派集団。大使者の力を扱うことが本命でこそあれ、彼等の祖となる八代神の歴史、そして八代神を生み出した神の歴史については関心がなくてもおかしくはない。
彼等と似たような理由で、幼少期に学問に触れる機会がなかった雷希たちもそうだろう。
弓良も納得せざるを得ないのだろうが、しかしながら赤い瞳は視線を動かし、一人の青年を責めるように見つめた。

「…何さ、そんな顔しないでよ。」

羅繻だった。
きっと、死燐が知っているのだから、何度か羅繻にも教える機会はあったのだろう。それを忘れていることをもしかしたら嘆いているのかもしれない。
しかし、やはり無焚がこういったことを知っているというのが意外であった。

「己れも孤児だけど、まぁ情報屋してるからな、それくらいは知る機会もあるよ。つっても、お前らみたいにちゃんと学んだわけじゃねぇから知識に偏りがあったり曖昧だったりすることはあるけどな。」

それでも十分だ、と弓良は言う。
知識の深さが重要という訳ではなく、あくまで確認だったらしい。

「国創りのきっかけは、一人の神が空然地に降り立ったことから始まる。神は世界を創り、また新たな神々を創った。そして、その神々が八代神…大使者の大元だな。一番目は生物を創り、二番目は大地を創り、三番目は草木を実らせ、四番目は心を与え、五番目は天気という現象を生み、六番目は時間を動かし、七番目は知識を与え、八番目は空間を創った。…まぁ、この一番目から八番目の神々がその順番通りに作ったという訳ではないだろうけどな。そもそも世界は、八番目が創り上げた空間から始まるのだから…まぁつまり、俺が何が言いたいかっていうと、彼等にはそれぞれ役割があったということだ。」

しかし、この国創りの歴史が何に関係するのだろうと、翼は首を傾げる。
翼の疑問を見抜いたのか、まぁゆっくり聞いてくれよ、と弓良は少し困ったように笑った。

「穹集たちが産み出したのは、八代神たちや、使者の祖となった一般的な神々だけじゃない。神に仕える神使や、この空間に常に漂っている自然エネルギーの集合体である精霊。そして、それらが堕ちたり、人と神が交わったりすることで生まれる妖や鬼もまた、神々が産み出したものの一つだ。」

そして俺は、と更に言葉を続ける。

「俺は堕ちた神使。かつては穹集の一番近くで、穹集に仕えて世界を見ていた存在。…だから、わかる。アイツは、…あの方は、紛れもなく、穹集。この世界を生み出し、この世界を慈しみ、この世界を理想とし、この世界に失望し、この世界を恨んだ者だ。」

弓良の瞳は、何処か懐かしそうで、その瞳は彼の言っていることを事実だと裏付けるようなものなのだろう。
死燐と羅繻の表情も、驚きの色を浮かべている。
彼が妖であるということは知っていたようだが、まさか神使が堕ちた者だということまでは想像していなかったらしい。
否、普通であればそんな大それた妖がこんなところにいるとは誰も思わない。

「通りで無駄に強いと思ったら…」
「無駄に長生きなのは知っていたが、此処までとは…」
「おい。お前ら無駄にを言い過ぎだ。無駄じゃないだろ無駄じゃ。」

そしてひそひそと耳打ちし合う二人を叱咤する。この光景はまるで親子のようだ。
弓良は少し恥ずかしそうに眼鏡を直しながら咳払いをした。

「とにかく、それ故にあの人は間違いなく、穹集だ。そして彼の言っていることはきっと、本気だ。…もう殆ど覚えてないが、確かあの人は、やたら理想郷というものを創ることに拘っていた。今の世界を、混乱の多い世界を、きっとあの神は理想とは思っていないのだろう。」

だから、壊す。
まるで子供のようだ。
積木を組み立て、納得がいかないから崩し倒して、またイチから積み直す。そんな発想に近い。
生き物の命も、木々も、大地も、世界そのものも、彼にとっては積木の一部でしかないのだろう。
でなければ、あんなこと、簡単には言わない。言えない。

「あの人は、約束に拘っていた。理想郷を必ず、と。誰と約束したのか、何時約束したのかも覚えていない、曖昧な約束を胸に。…だからこそ、今、彼は世界を壊そうとしているのだろう。きっとそれが、彼の国創りの原点だ。」

そういえば、と翼は少年が世界破壊宣言を行った際の映像を思い出す。
彼は言っていた。これでは、求めている理想郷には到底、なり得ない。これでは、約束が、果たせない。と。
多くの神を生み出し、多くの命を生み出し、歴史と時間を紡いできた、国創りの歴史。
そのきっかけであり、原点といえるものは、穹集が交わしたと思われる遠い昔の約束。
そして、理想を望む彼にとって、世界を壊す人間たちの行為はあまりに醜く悲しいものだった。だからこそ、全てを創り直すことにした。
ではどうすればいいのか。
彼が納得すれば世界を壊すということを止める、とは思わない。

「けれど、穹集を止めないと、世界を壊すということを止めないと、結局はまた、同じなんだ。また繰り返す一方なんだ。」
「じゃあどうすりゃいいんだ?少なくとも、こちらから敵陣に向かうなんてことは出来ないだろう?」

雷希の言うことは最もだ。
特殊部隊が翼たちを襲うことが出来たのは、彼の拠点が何処にあるかを理解していたから。
今回の敵はあくまで神々。
何処に拠点があるのかもわからないし、そもそも拠点と呼べるような場所があるのかも怪しい。
あったとしても、少なくとも自分たちが行けるような場所ではない可能性の方が濃厚だ。

「そりゃ当然だな。しかし、迎え撃つことは出来る。まず注意すべきなのは、黄荒地だ。」
「黄荒地?っていったら…三番目の土地…僕じゃん。」

複雑そうに、羅繻は表情を歪める。
そんな顔をするなと、弓良は少し困ったように笑った。

「しかし、なんで最初に注意するべきが三番目だとわかるんだ?」
「………勘だよ。」

勘だという割には、弓良の瞳は何かを確信しているようで、何かを知っているようで、そして、何かを見据えているようだった。
しかしそれが何のことなのかを理解出来ず、翼はただただ弓良の色鮮やかな赤い瞳を見つめる。
弓良は、まるで何かを誤魔化すように、柔らかく笑った。

 


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