それぞれの一歩


心地良い体温、大好きな香りと呪力に包まれているのを感じて目が覚めた。
すぅすぅと穏やかな寝息に口元が緩む。
私の大好きな傑。
この気持ちがただの弟に対するものなのかはもう分からない。蛇がそうさせたのか元々私が歪んでいたのか、どちらにしろ私が存在出来ているのが傑のお陰だと言う事には変わりない。

あの日私は確かに一度意識を呑まれていた。傑の強い気持ちが私を救ってくれたんだよ。
傑は自分の所為だと自分を責め続けているけど私はもう救われている。
弟に性処理をさせている様な酷い姉をどうか、お願いだから嫌いにならないで。

同じ色の髪を撫でてそっと傑の腕から抜け出した。
下着を身に付けていると腕から何かがひらりと床に落ちる。

「え……な、に…」

手に取ると真っ白で薄いそれは溶けるように消えた。恐る恐る肩の辺りを鏡で見て絶望した。
慌てて服を纏い傑の部屋を出て、自室に足早に向かう。
昨日傑を怒らせていたのに抱かせてしまったからだろうか。
彼が嫌がる事しか出来ない私はいつ彼に嫌われてもおかしくはない。けれど傑が心の底から私を嫌いになる、要らないと思う事なんて有り得ないとどこかで思ってしまっていたんだ。
傑が何を考えて何を思っているのか分からないけれど私の事を手放そうとしている。
そう考えただけで呼吸も出来ないくらいに胸が痛い。

ごめんね。死ぬのは怖くない。傑の為に死ねるなら本望だ。傑に要らないって思われるくらいなら寧ろ死にたい。
もう求めたりしないから、今日からちゃんと姉をするから、お願いだから捨てないで。

『ーー助けてやろうか?』

ふと頭に響いた声にゾッとした。
思わず頷いてしまうところだった。
蛇は私の事を好いてくれているし、力も貸してくれるけど、それは向こうが望んでやっている事だ。
私が望んでしまうのは良くない。
私は人間のまま死にたいから。
傑にこれ以上自分を責めて欲しくない、これ以上嫌われたくないんだ。弟には笑って生きて欲しい。
姉さん、名前、どちらでもいいからあの柔らかい笑顔を向けて欲しい。出来ればそれを見ながら死にたい。

「名前?」
「あ、硝子おはよ」
「どうした?顔真っ青だけど」
「あぁ、遅刻しそうだと思って」
「ふぅん?ま、しそうっていうかもう始業時間過ぎてるけど?」
「先生に怒られる前に硝子も急ぎなよ」
「私は準備も出来てるけど名前寝起きでしょ。また夏油の部屋で寝てたんだろ?」
「うん」
「なら夏油も遅刻か。珍しい事もあるもんだな」

今日は怪我するなよーと手をヒラヒラと振って校舎に向かった硝子にホッと胸を撫で下ろす。何かに気付いて傑に伝わるのが嫌だった。
硝子に診て貰うのも今日からはやめよう。彼女の事も大切だけど私の一番は傑だから、何も聞かずに側にいてくれる硝子の優しさに甘えさせて。





昨日は隣の行為が終わるまで眠れなかった。
時折、微かに聞こえる吐息混じりの嬌声と壁伝いにギシギシとベッドが軋む音にナニをしているかなんて丸わかりだった。
寝れば治るってそういう事かよ。

そろそろ眠ろうかと思ったくらいに廊下から重たくて冷たい呪力を微かに感じて部屋を出ると傑の部屋の前ではぁはぁと息を荒げて倒れている名前がいた。
俺に気付いたのか薄ら開かれた目はゾッとするくらい冷たい瞳で大蛇が此方を睨んでいる姿が名前と重なって見えた。すぐるとか細い声で呼ぶ声に蛇は消えてぐっと歯を食いしばる。
彼女が言っていた蛇はぐちゃぐちゃに絡み合って取り返しの付かない程同化していた。

「あ"ー」

ガシガシと頭を掻く。
波長が合わない人と話せないのも、昨日の発情期の様なそれも蛇に引っ張られているからだってのは分かったけど、まさか親友が姉とキス以上の事をしているとは思ってなかった。
今まで俺が気づかない様にしていたのか?
それとも昨日がイレギュラーだった?
もしかして、キスしてるところを俺が邪魔したからか?名前は傑にしか頼めないから抱いて貰ってんの?それとも好きだから?
次から次に湧き出る疑問で頭が埋め尽くされて行く。

「ーー悟。話せる?」
「…鍵空いてる」

珍しく髪も下ろしたまま力なく微笑んだ傑がゆっくりと俺の隣に座った。
何でオマエがそんな顔してんの。そうしたいのは俺の方だ。

「昨日の寝れば治るってのは分かった」
「…あぁ、声抑えてって言ったんだけど、」
「聞きたくねぇ」
「ハハッ、ごめんね」
「蛇が憑いてんのも分かった。傑はどういうつもりであれ受け入れてんの?」
「話すと長いんだけどね…簡単に言うと好きだし、愛してる。でも姉さんはそれを望んでいない」
「…んなもん分かんねぇだろ」

いくら蛇がそうさせているとしても弟に抱かれたいって思うのは名前が傑を、と口に出す前に飲み込んだ。
傑が余りにも泣いてしまいそうな顔だったから。オマエも本気なのかよ。

「次あの状態を見かけたら悟が助けてやってくれないか」
「…は?」
「私は姉さんの為にちゃんと弟をするよ」
「…傑さぁ、顔と言ってる事真逆だって気付いてる?」
「ふふっ、ずっと考えてたんだ。姉さんに私がしてあげられる事はそれしかない」
「名前がそれを望んでなかったら?」
「それは有り得ない。姉さんは私の事を大切な弟だと思っているのはこれからも変わらない」
「傑がいいなら遠慮はしない。けど俺だって自分の気持ちにやっと気付けたんだ。人の気持ちなんて分かんねぇよ」

別に慰めるわけでも同情でもないと言えばありがとうと少し笑って部屋から出て行った。
爛れてるだの歪んでるだの、それだけの言葉で片付けられる関係ではないのだろう。
それでも、あんなのを見てしまっても俺は名前が好きだと思う気持ちは変わらなかった。
二人の邪魔をするつもりはないけど二人ともに笑って欲しいと思うのは俺の我儘なのか。

いや…俺は五条悟だ。
それくらい出来なくて世界を変えられる訳ないだろ。俺はやりたいようにするからな。



  
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