勿体ないよ


「…さとる、すぐる?」
「あぁ、起きたか。夏油は任務で五条は課外授業中だ。私は同期の家入硝子。まぁ医者みたいなもんだよ」
「硝子さん…。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。私は名字名前です。あの、悟が授業中というのはどういう…」
「敬語も要らないし呼び捨てでいい。五条はここ高専で教職に就いているよ。夏油もだけどね」
「二人が教職…。似合う」
「…名前。騙されてないか?」

二人とも誠実だから向いてそうと言ってにこっと笑った彼女に溜め息を吐いた。
昨日二人揃って見た事もないような不安な表情をしていたからどんな人なのかと思っていたが、とんだ善人じゃないか。
誠実なんてあのクズ共に一番似合わない言葉だろ。

「硝子、鏡貸してくれないかな?」
「ん?いいよ」
「ありがとう。わー!悟だ…」

手鏡を手渡すと目を見開いて鏡を覗き込んだ彼女は確かに蒼色でクズを思い出す瞳をしていた。
診察した時は茶色だった気がするけど。

「それ六眼?」
「六眼って何?」
「あー聞いてないのか。五条の眼の事、六眼っていうんだ」
「へぇ?確かに良く見え過ぎる感じがする…悟が目隠ししてるのってこれが理由だったんだね」
「ま、あとは本人に聞きなよ。それより多分それ、隠してた方が良いと思うんだけど」

そんなに六眼って珍しいんだと考え込んでいる様子だ。
事情は分からないけど、まだ呪術界の事は詳しくは知らないみたいだな。
見た目は六眼に見えるけど、能力も五条と本当に一緒なら相当面倒な事になるのは想像に容易い。

「あ、コンタクト。度無しのカラコンあるからあげるよ」
「いいの?凄く助かる!!硝子ありがとう」

背景に花が舞っているような笑顔。
これは、あれだな。天然人誑しってやつ。
クズ共の同期だと言ったからか?心底信頼してますみたいな安心しきった笑顔に少し呆れた。

「少し警戒心を持った方がいい」
「?硝子は私に嘘を付いてないって解るよ?」
「そう…。ま、気をつけなよ」

ありがとうとまた蕩けるような笑顔を向けられて不覚にも胸がきゅんとした。
妹にしたい。可愛い。愛でたい。
クズ共には勿体無い。

「硝子色々とありがとう。私家に帰りたいんだけど、二人を待ってた方がいいのかな?」
「まだ帰って来ないと思うよ。…そうだ、車手配してあげる」
「助かる!ありがとう!!」

タイミング良く伊地知が空いていたのですぐ車をまわさせて夏油が持って来ていた荷物とともに彼女を送り出した。
なんていうか不思議な奴。
話してるとこっちまで口元が緩むくらいにこにこしているし、初対面なのにずっと前から知り合いだったかのような心地良い空気感を醸し出している。
ここで待ってても良いと言ったら硝子の仕事の邪魔したくないし、帰ってご飯作りたいと言って微笑んだ。昨日倒れたのにクズ共の為にご飯作って待っていたいってあいつらにはやっぱり勿体無いよな。
最初は顔が良いからかと思っていたけどクズ共も見る目あるじゃん。
まぁ、そういう私もすっかり誑し込まれたみたいだけど。
…また会えるだろうか?

携帯の通知音が聞こえてスマホを開く。

"無事家に着いたよ。硝子本当にありがとう!今度何かお礼させてね"

一応何かあった時の為に交換したメッセージアプリが早速役にたった。
どうやらまた会えるらしい。二人から聞いた限り職業的にも酒は飲めるんだろうし、食事にでも誘ってみるかな。ま、クズ共も着いて来そうだけど。
柄にも無く緩む口角をそのまま再び書類と向き合った。



任務を終えた傑と医務室に向かう。
本当はずっと側にいたかったけど高専に名前の事は伏せているので休む訳にはいかず渋々だけど仕事をこなした。
色々聞きたい事がたくさんあるんだけど、とりあえず無事に目を覚まして名前を呼んで笑って欲しい。

携帯がポケットの中で震えた。
傑も同じタイミングでスマホを取り出す。

"心配かけてごめんね。もう大丈夫だから先に家に帰ってるよ。お仕事頑張ってね"

「は?」
「…硝子わざと伝えなかったな」

あんなに顔色悪かったのに一晩眠ったくらいで大丈夫な訳ないでしょ?
まぁ、硝子が大丈夫だと判断したって事はそうなんだろうけど、こっちは心配で死にそうなのに酷くない?
すぐに電話を掛けた。

『はーい』
「ねぇ本当に大丈夫なの?ていうかどうやって帰ったの?」
『伊地知さんに送ってもらったよ。身体は大丈夫だから心配しないで?』

僕より先に会うなんて伊地知後でマジビンタ。声は確かにいつも通りだから元気なんだろうけど心配なんだよ。

「ちゃんと安静にしててよ」
『ふふっ、心配性なんだから。あ、帰ったら話したい事があるんだけど、』
「すぐ帰る」
『だーめ!仕事はちゃんとしようね?』
「あーもう!なるべく早く終わらせて帰る」

サボろうとしてたのお見通しって訳ね。
名前より優先するもの何て一つも無いのに。悟代わってと言われて傑にスマホを渡した。

「名前?本当に無理してないかい?ご飯はデリバリーでも何でもいいからゆっくりしてなよ」
『傑凄いねぇ。スーパー行こうと思ってたところだったよ』
「今日はいいから、家にいてくれ」
『ならお言葉に甘えてゆっくりしとくね。傑もお仕事頑張ってね』
「あぁ、ありがとう。悟と早く帰ってくるから待ってて」
『無理はしないでよ?じゃあ後でね』

無言でスマホを返されて二人して盛大な溜め息を吐いた。
まさか出掛けようとしてるなんて思ってもみなかったよ。僕達の為だって分かってるけどもっと自分を大切にしろよ。

「傑何時に終わる?」
「今から二件だけどそんなに遠くないから…それでも二十二時くらいかな」
「分かった。それまでに僕も任務片付けるよ」

傑と別れ、近場じゃないけど速攻で祓って速攻で帰ると心に決めて伊地知の車に乗り込んだ。

「伊地知」
「な、なんでしょうか?」
「僕の彼女乗せたんだってね?」
「か、か、か、彼女?!」
「硝子に頼まれて乗せた超絶美人の子だよ!!」
「え?か、彼女でしたか。成る程…はい。五条さんのマンションに送りましたよ」
「…元気だった?顔色良かった?」
「(ご、五条さんが他人の心配をしている!!あの五条さんが!!!)え、えっと…にこにこされてて元気そうに見えましたけど…」
「そう。なら良かった」

心の声だだ漏れだってーの。
僕だって心配くらいするよ。ま、プライベートでは名前限定だけど。
あー早く帰って抱きしめたい。
名前との繋がりを感じながら窓から流れる変わり映えのしない景色を眺めた。




  
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