続きは家で


「名前聞いたよ!」
「え、ちょ、なに?」

任務終わりの名前を見つけて駆け寄り腕を掴んでニットの袖を捲り上げた。
白い滑らかな皮膚には傷ひとつなくて安堵の溜息を吐いた。

「怪我したらすぐ硝子に言いなって言ったよね?」
「あぁ、何かと思った。あんなの怪我のうちに入んないって」
「…あんなの?」
「私の時は反転術式使える人いなかったし、あれくらい自力で治すのが普通なの」
「…今は硝子がいるんだから頼って」

そうか。私達は恵まれてたんだな。
ぼろぼろになるまで鍛錬出来たのも硝子がいるからだ。硝子がいなければ私は何度も死にかけていただろう。いや死んでいたかも。

「まぁ、これからはそうするよ。心配してくれてありがとうね」
「…あまり無理しないで」
「程々にやってるよ。傑こそ無理してない?」
「私は大丈夫だよ。あ…でもそろそろ私ともご飯行ってくれないかい?硝子ばかり狡いだろう?」
「狡いとは?傑暇な時誘ってよ。特級との兼務は忙しいだろうし」

じゃ帰るわと笑って消えた。
名前が怪我をした時まじでぶっ飛んでるよねーと悟は言っていたけど硝子のような存在がいない彼女にとっては当たり前だっただけだった。
硝子も驚く程に正確にくっ付いていたらしいけどそれでも、確実に治癒するまでは動かさないようにして二日は絶対安静くらいしないとまた千切れるだろうと言っていた。
そんな状態で普通にお疲れ様と笑っていた彼女の事が心配で仕方ない。

名前は程々と良く言うけど、それは私達のそれとは違う気がする。
持ち過ぎた人は悟みたいに適当すぎるくらいじゃないと潰れてしまう。
そうならないように支えたいのに名前は大丈夫だと笑うだけだし、どうしていいか分からない。
あの時出会ってしまったのは間違いだったのか?そうすれば名前が再びこの地獄を訪れる事はなかったのに。

「空間転移??まじでぶっ飛んでるね」
「あぁ、悟。お疲れ様」
「お疲れー!あれ凄いね!名前の脳捌きたいって言ってた硝子の気持ちが分かったよ」
「…縁起でもない事言わないでくれよ」
「冗談だよ!まぁ一番最初に死にそうなタイプではあるけど」

それは私も同意見だよ。
無茶して、気付いたら死んでましたタイプだろう。
しかも誰にも相談しないんだろうな。

「もう付き合えばいいじゃん」
「そんな簡単な話しじゃないよ」
「そお?名前は傑の事タイプだって言ってたけど?」
「…どこが?」
「黒髪、高身長、筋肉質」
「まさかの見た目か…いや、でも嬉しいね」
「デレデレじゃん。ま、死なないように縛り付けときなよね」

私にその役目が務まるのか。
あー駄目だな。
私以外が隣に立つのなんて想像しただけで吐きそうなのに何を弱気になっているんだ。
まだ何もしていないのに。私らしくもない。
どんな手を使っても手に入れる。
うん。私らしくいこう。

「その悪そうな顔いいじゃん。応援してるよー」
「一言余計だよ。まぁ、そうだね。アレは私のだから手を出さないでくれよ」
「ふふ、それでこそ僕の親友だよ」




今日は驚く程任務が捗った。
後は生徒たちが出した報告書に目を通して…

「っ!…名前?」

突然頬に冷たい物が触れて振り返るとクツクツと笑う名前がいた。
ペットボトルの水を差し出されて、先程の冷たい物はこれだったのかと思いながら受け取った。

「ふふ、思ったよりビックリしてくれて嬉しいわ」
「気配消すのやめてくれよ。悟かと思った」
「残念ながら私でした!それあげる。暖房効いてるから水ね」

コーヒーばっか飲んでないで、と言われてカチリとキャップを開けた。
冷たい水が喉から染み込んで身体が潤う。
意外と喉が渇いていたらしい。
それにしても私がコーヒーを飲んでる時から見ていたなら声を掛けてほしかったんだけどな。気にかけてくれたのは死ぬ程嬉しいけど。

「それ、生徒のやつ?」
「そうだよ。懐かしいかい?」
「ふふ、私の学生時代の報告書は流石に残ってなかったみたいだね」
「任務履歴は見たけどそこまでは見てないよ」
「任務概要通り。報告なし。」
「え?」
「これしか書いたことなーい」
「ふ、ハハッ、悟じゃないか」

悟と一緒に行った任務はほぼ私が書き直してたっけ。寧ろそれに比べたら悟の方が呪霊二体、傑が取り込んだ。とか書いていたからマシだったのかも。
名前は丁寧な報告書を書くからてっきり学生時代もそうかと思っていたよ。

「術式の拡張しか頭になくてさ、いつも夜蛾センに怒鳴られてた。懐かしー」
「…無理って拡張の事かい?」
「そこそんな気になんの?」
「私は名前の事が好きだから、無理してたとか聞くと心配になるんだよ」
「へえ?」

きょとんとして首を傾げるのはすごく可愛いんだけども、私の気持ちは全然伝わっていないのが悲しい。

「あ、今日ご飯行かない?」
「えっ、い、行く!」
「?私領域の中にいるから終わったら声掛けてねー」

まさかのお誘いに胸が五月蝿い。
名前は奥のソファーにゴロンと横になって目を閉じた。
え、領域って眠るってことなの?
悟のデスクにそっと移動した。
こっちの方が近いから寝顔が良く見える。
長い金の睫毛が伏せられて少し幼く感じるし何より初めて見た寝顔にむず痒い気分になる。信頼してくれているのか、男として見られていないのか。
何にせよ早く仕事を終わらせよう。
名前からのお誘いなんて嬉し過ぎる。


「名前?終わったよ。起きて」

すやすやと綺麗な顔で眠る名前に声を掛けるも反応はない。
はぁー。ほんとかわいい。
此処が自分の部屋だったら間違いなく襲ってる。スマホのカメラを向けながらそれにしてもどうやって起こそうかな、と悩む。
白い頬に初めて触れた時の事を思い出してあれは衝撃だったなと指でそっと触れた。

「え……?」
「んー?…傑まで作ったっけ?あぁ、呪霊操術はいいよなぁ。この前失敗したけど次は行ける、か?」
「名前…?」
「なんかやけに、リアルだな。サイズ調整しなきゃ」

何なんだこの状況は。
ここは高専の教室?さっきまで事務室にいたはずなのにどうして……領域?
ぐるりと辺りを見回すと教室にはありとあらゆる物が散乱していた。
呪具であろう刀や弓から戦車のような物まである。全て掌サイズではあるけど精巧に作られていて、領域というかアトリエと言ったところだろうか。

「ん?なんで傑はちっちゃくなんないのかな」
「は……?」
「んー?喋る……え、待って、本物?」
「本物って何だい?起こそうと思ったら此処にいて、」

瞬きをすると元の事務室に戻っていた。
ガバッと起き上がった名前にペタペタと頬や肩を触られた。

「傑!大丈夫?!何ともない?!」
「え、何ともないけど、どうしたんだい?」
「はぁ………よかった」
「あれが、領域?」
「んーその前段階。あそこで構築して領域に反映するって感じ?どこまで作れるか試してる」
「…呪霊操術って言ってたよね?」
「あー…それは本当言わないで欲しい、かな」
「勿論言わないけど…真似できるってこと?」
「違うよ。あくまでも似たようなもの。結果は同じかもしれないけど過程が違う」

理解しきれない私にさっき刀見たよね、と説明をしてくれた。
玉鋼から鋼を鍛えて職人が作る刀と名前が術式で生み出す刀は違う。
名刀といわれる成分を分析してそれと同じに無から呪力で成分を生み出して組み立てる。
呪霊操術なら取り込むのは結果的に同じだけどもし完成するなら取り込み方が異なるらしい。
術式は成分で分析は出来ないからそもそも結果を同じに創り上げるのは難しくて結局下位互換か失敗してしまうと笑っていた。

「んー難しいね」
「まぁ、構築でここまでやろうと思った人いないんじゃないかなぁ」
「無理ってそういう事か」
「学生の時に没頭しすぎてどっちが現実か分かんなくなっちゃってさぁ。何日も領域の中で暮らしてたらしいんだよね」
「暮らしてた?」
「前は特級になりたかったからさっきみたいにオモチャじゃなくて街も人も感覚までちゃんと創ってたんだけど行ったり来たりしてるうちに分かんなくなっちゃって」

そんな事が出来るのか?
先程は教室だけだったけどオモチャと言ったものはどれも精巧だった。
私も作ったものだと勘違いしていたくらいなんだから現実と曖昧になるのは分かるけど、…どうやって帰って来たんだろうか。

「大丈夫。もうそこまでしないから」
「…無茶しないでくれ」
「ふふ、起こしてくれてありがとう。ならご飯行く??」
「あ、予約してないけど、」
「大丈夫!行きたいところあるんだ」


名前とタクシーでやって来たのはこじんまりとした、でも一枚板のカウンターが美しい店だった。

「冬になるとここのおでん食べたくなるんだ」
「おでん。寿司屋かと思った」
「大将良かったねー!寿司屋だって!」
「そんな大層な店じゃないけどゆっくりして行ってよ」

ご夫婦でされている暖かい店の雰囲気に酒が進む。
透き通った出汁に染み染みの大根が絶品で隣にはニコニコと笑う名前がいてそれだけで胸が満たされる。

「名前」
「んー?」
「さっきの本気だよ」
「さっき…?あぁ、無理はしないよ」
「それもだけど、好きって話。私は名前の事が好きなんだ」
「あらあら、名前ちゃんが気になるって言ってた男の人って、」
「ちょ!女将さん!!」

えーっと?
名前を見ると耳を赤く染めて女将を睨みつけていた。ごめんねぇ?と笑いながら大将と裏にはけて行った。
あ、気を遣わせたかな。というか…気になってたってホント?

「あーその、…私もすき、かも」
「……」
「ちょっと、何か言ってよ」

思わず抱き寄せていた。
てっきりまた、はいはいって流されるんだと思っていたから予想もしてない展開に脳が弾けそうだ。

「嬉しい…初めて会った時からずっと好きなんだ」
「え、そんな前から?」
「うん。ずっと伝えてたのに全然相手にしてくれないから、」
「ふふっ、その言い方私が悪女みたいじゃん」
「それは事実だろう?あぁ、初めて触れた時からずっとこうしたかった」
「あ、私はその時かなぁ。何か電流みたいの流れてブワッてなってさぁ」
「え?名前もそう思ってくれてたんだ?私だけかと思っていたよ」

表情作るの上手すぎないか?
てっきり私だけかと思っていたのに、そんなの…運命じゃなくてきっと必然だったんだ。
私は間違ってなかった。
この出会いが必然なら名前が無理してしまわないように守るだけだ。

「私の為に無茶しないって約束してくれるかい?」
「いいよ。傑がいないところで死なないって約束するよ」
「…名前が死んだら私も死ぬから覚えておいてね」
「あはは、重たい縛りだね?」
「あー……結婚しよ」

早くない?と笑う名前を更にぎゅっと抱きしめた。

「名前ちゃんおめでとう!ふふ、そろそろ閉店だから続きは家でしてくれるかしら?」
「…女将は本当一言多いんだよ」

あぁ、幸せってこんなに苦しいんだな。
でも暖かくて内側から満たされる。
行こっか?とはにかんだ名前の手を取った。この小さい華奢な手をずっと私は守るよ。


  
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