最愛に死んで


「やぁ!名前、久しいね!」

「……………え?」


ちょっとした難易度の任務を与えてやるとまんまと引っかかってくれた元恋人に口元が緩む。あっさりと自分の手持ちの一級呪霊を取り込んだ彼女は相変わらずに強い。
親友だった彼は当たり前に靡いてくれなかったけれど名前が一緒に来てくれるのなら自分の大義にも手が届く。

「酷いな。元彼の顔、忘れちゃったのかな?」

「………………ふ…ふふ、ちょ、何その格好!あは、やばッ、コスプレかよ、ククッ!しかも、五条袈裟って…ふ…悟のこと大好きかよ。ふふ…」

肩を震わせながら盛大に吹き出した愛おしい彼女は遂には腹を抱えてうずくまって笑い出した。ゲラゲラと笑い続ける名前に米神がピクリと動く。
こんなに綺麗に爆笑されたのは初めだった。
再会に動揺してくれた沈黙だと思っていたのに彼女の頭の中は自分の服装の事しかないらしいのに腹が立ちながらも側に歩み寄る。
顔を上げた名前の目は涙に濡れていた。
泣くほど笑えたならそれはそれでいいか、と気を取り直して手を差し出すと。

「……あはッ、つーかまーえたっ!」

悪魔の様に美しい顔を恍惚に染めて手を強く握りしめた。

「………は?」

間抜けな声が口から飛び出た時には高専の寮にいた。しかも先程散々笑われた五条袈裟ではなく制服を身に纏っているのだから笑えないどころか動悸でヒュッと喉が鳴る。
ベッドに座っていた名前も制服姿で言葉を失った。
は?何で?どうして。
疑問ばかりが身体中を埋め尽くして行く様で背中に嫌な汗がつうっと伝った。

「無事二年生に進級出来た感想は?」

は………?ここは過去だとでもいうのか?
いくら名前が強いと言っても時間を戻すなんて芸当が出来るなんて知らない。

「どう?今なら理子ちゃんも灰原も救い放題だよぉ?」

クスクスと笑いながら長い足を組んだ彼女は本当に私が愛した名前なのか?
こんな風に悪魔のように蠱惑的に笑う顔も知らなかった。

「ここで救う?それとも未来に戻って私に処刑させる?」

「……処刑?」

特級呪詛師の私を処刑するのは特級呪術師である親友しかいないだろう?
なぜ、彼女が?
強いのは認めているけども、自分より格上だなんて申し訳ないが思った事すらない。やはりこれは名前なのだろうか。もしかして、何かの呪いににでも…?
いや、そんな事はこの際どうでもいい。
名前に私は殺せないのだから生き方を決めた私は未来に、さっきいた場所に戻る選択をするに決まっている。

「もう決まってますって顔してるねぇ?答えを聞く前に面白い話してあげる」

「…手短に頼むよ」

此処での主導権は彼女にある。
タチの悪い領域だとしても私がどうこう出来るものではないと、溜め息を飲み込んで名前の隣に座った。
手短に、ね?と妖艶に微笑んだ彼女にドクリと心臓が音を立てた。
それは何度か見たことがある表情だった。
それもベッドの上、限定で。

「…君は、誰だ」

「ふ、ふふ、その顔笑える。彼女の顔忘れちゃったのかな?あは、ま。いいや。手短にだったね」

トンッと白い指が額に触れたと思ったら今度は医務室にいた。


『名前、暫く休んでろ。夏油の事は五条が何とかしてくれる』
『……うん』
『あれから寝てないんだろ?少し眠れ』

硝子が点滴を早めるとゆるゆると瞼が閉じた。

「硝子……」

疲れ切った二人に思わず声を掛けてしまったが硝子は此方を一瞥する事もなく私の身体を通り抜けて行った。
これは、名前の記憶?
眠る彼女の濃ゆく刻まれた隈と先程の会話に自分が離反した直後なのだろうかと思考を巡らせていると次は薄暗い牢の様な部屋にいた。

『っ、何すんの!』
『お前は夏油傑の恋人だったらしいな?呪霊など汚らわしい化け物を飼っている奴はやはり信用ならん』

何を言ってるんだ。
それは私の話だろう?
名前はただ呪力を取り込むだけで使役は出来ない。それに彼女が使役出来るのは化け物じゃなくて神だ。

『お前も仲間なのだろう?』
『……』
『生意気に無視か?まぁいい。すぐに吐かせてやる』

何で否定しない!もう私は君達の仲間じゃない。関係ない、敵だって言えよ!
どんなに叫んでも勿論名前には届かなかった。

『……』
『強情だなぁ。泣きもしないのかよ。でもその顔は唆るなぁ?』
『っ!やめて!触らないで!!』
『ハハハ、喋れるじゃん』

散々殴られて、蹴られて拷問されても口を割らなかった名前は初めて涙を浮かべガタガタと震え始めた。

「…おい、嘘、だろ?やめろ……名前に触るな!!」

『い、や、やめて!!…お願い…たすけて、す、ぐる…』
『ハァッ、…助けて?ハハ、やっぱりお仲間だったか?』

もう、見ていられなかった。
すぐるたすけてと譫言のように呟いていた名前は何度も何度も犯されているうちに壊れてしまった。
これが、私のした事なのか?
名前を置いていった私への罰なのか?

『…す、ぐる……すぐる』

『あーもう、この女駄目だわ。顔も身体も良かったのに勿体ねぇな』
『まぁ仲間だったのは間違いないだろ。特級呪霊の餌にでもしろってさ。可哀想な女』
『恨むなら俺らじゃなくて夏油を恨みな』

何日も何日も気が遠くなる程に散々弄ばれた後、呪符だらけの部屋に名前は放り込まれた。
バタンと重たい扉が閉まる。
上層部が呪霊を飼っていただなんて反吐が出る。

『あぁ、すぐる。ここにいたの』

『すぐるもつかまってたんだね?いま、たすけてあげる。だいじょうぶ。こわかったね』

黒いモヤの様な目に見えて醜悪な呪力を放つそれに名前はフラフラと立ち上がって足を引きずりながら歩み寄った。

「っ名前!私は此処だ!大丈夫、生きてるから…すぐ、迎えに、行くから…」

『またせてごめんね』

ふわりと微笑んで名前は立ちはだかった私をスッと通り助けて呪霊を優しく抱きしめた。
黒いモヤに全身から血を流しながら沈んで行く名前をただただ眺めていた。
何故あの時彼女を一緒に連れて行かなかったんだろう。離反した奴の恋人がどんな扱いを受けるか少し考えれば分かるだろ。
名前は強い、悟も硝子もいるってなんて楽観的で愚かだったんだんだろう。
何度目かも分からない涙が頬を濡らした。

『ふ…あはは!あー結局誰も助けてくれないじゃん……』

パァッと部屋が眩い程の光に包まれた。
中心に立っていた名前に吸い込まれるようにして一瞬で元の薄暗い部屋に戻った。

『傑もこんな気持ちだったのかな…誰も助けてくれなくて、彼女すら気付いてくれなくて、辛かったのかな。ごめんね…』

『私が助けてあげる』

何事だと駆けつけた上層部を全員殺した。名前は私が用意した任務に引っかかったふりをしたんだ。



「…傑ごめんね。」

泣きそうな声にハッと意識が戻る。
ぼろぼろと頬を濡らす涙に自分が泣いているのだと知った。

「ずっときつかったよね。ごめん。でも離反しないって誓ってくれないなら未来に戻って私は傑を殺すよ。それが彼女に出来る最期の事だからさ」

「名前…ごめん…置いて行ってすまなかった……痛かったよね、苦しかったよね。きつかったのは辛かったのは名前の方だ…なのに、私は…君を仲間に、なんて…自分のことばかり…」

「アレは傑を救えなかった私の罰だよ。どうって事ない。あんなの見てもまだ私の事少しでも好きでいてくれるなら……私に救わせてくれないかな」

「そうじゃなかったら、私は悟に殺してもらわなきゃいけなくなるからさ」

申し訳無さそうに笑った名前を掻き抱いた。
彼女も人を殺した。それも上層部だ。
戻れば死刑は間違いないだろう。
それに、また、思い出すだけで吐き気がするような拷問を受けるかもしれないと思ったら戻る選択肢は…消えた。

「ここで、私は名前を救うよ」
「すぐ、る…ありがとう」
「ずっと助けてって言ってくれてたのに、遅くなってごめんね」
「ごめんね、弱くて、汚されちゃって…」
「名前はいつだって強くて、綺麗だよ。ごめん、……愛してる」

私が選んだ道が正しかったのかは分からない。此処で何が出来るかも分からない。
けれど少なくとも名前が笑ってくれて側にいてくれる世界であって欲しい。
どんなに非道な事をされても仲間じゃないと言わなかった君の覚悟を私は信じるよ。

「…悟と硝子がそろそろ来るから一緒に怒られてくれる?」
「ふふ、怒られるのは私だけだよ。だから安心して私だけ見てて」

ふわりと笑った。少し垂れる目尻が愛おしい。私の知っている名前だった。
柔らかい唇にそっと触れると優しく細められた瞳が私を見ていた。

「ん…すぐる、愛してる」
「うん。私も愛してるよ」

上がっていく体温の中で、愛に包まれた暖かい心の中で、黒い感情が渦巻く。
顔は覚えた。死ぬより辛い思いをさせてやる。

「す、ぐる。私にさせて」
「…ホント名前には敵わないな」
「ふふ、これからは一番に傑を理解したいの」
「ありがとう…でもあれは許せない。生きている価値もない、猿以下だ」
「大丈夫。上手くやるから」

また悪魔の様に美しい魅惑的な笑みを浮かべた名前をこれ以上壊してしまう事がないように私はずっと側にいるよ。


例えどんな地獄でも君がいればそれでいい。



  
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