青い春をもう一度 @


「夏油くん、あの、」
「…何ですか?」
「君の事が好きです」



中三の冬だった。
親の都合というか決められた道の為に私はきっと二度とこの人に会う事が無いのだと思ったら今の思いを伝えておきたかった。
一年生には到底見えない高い身長に少し陰った色っぽい様な大人びた雰囲気。
それでいて校舎の裏でこっそり猫を愛でるアンバランスな彼の事が好きだった。

「あー、名前も知らない人に急に言われても正直め…困ります」

まぁそれは確かにね。でも迷惑って酷いなぁ。優しい笑顔でそんな事言っちゃう君が好きな私も大概なんだけど。
ただ伝えられた事でもう満足だった。
身長は高いけどぽっちゃりだし、夏油くんみたいに目立つ生徒でもない。
私はその辺にいる普通の中学生なんだから一目惚れしてくれるなんて展開はこれっぽっちも期待していないんだよ。

「明日死んでも後悔しないように言いたかっただけだから、聞いてくれてありがとう」

後悔とぽつりと呟いた彼を残して学校を後にした。
これで思い残す事なく卒業出来る。

雪がふわりと舞い落ちる冬の日に私の青い春は終わりを告げた。




「傑?どうしたー?早く飯行こうぜー」
「あぁ、悟あの人知ってる?」
「どれ?…ゲッ、名前じゃん」

うげーと盛大に顔を顰めた悟は私の背中に隠れるように長い足を曲げた。
離れた距離にいる名前という女性は此方に気付いた様で一瞬だけ目を見張った後会釈をして車に乗り込んで行ってしまった。
遠目でも分かるすらっと高い身長にパンツスーツが良く映える長い足。整った横顔に流れる蜂蜜の様な黄金の髪が美しい。
見開かれた髪と同じく輝く金の瞳もそれはそれは綺麗だった。

「知り合いなの?」
「知り合いっつーか婚約者。黙ってりゃ美人なのに性格きっついんだよなー」
「婚約者…好きなのかい?」
「親が勝手に決めただけだし何の感情もねぇよ」
「そうか。なら私が貰ってもいいかな?」
「はあ?!いや…うん、別にいいけど、まじ?アイツ遊び相手には向かねぇよ?」
「違うよ。好きになったんだ。一目惚れしたみたいでね、遊びじゃないよ」
「おっえー!オマエの素直なとこは好きだけどさぁ、一目惚れとか恥ずい事良く言えるよな」

褒めるか貶すかどっちかにしてくれよ。
私は明日死んでも後悔しないように生きているだけだ。言わなきゃ分からないし伝わらない。いつか誰かが教えてくれた言葉は私の価値観を変えてくれた。
それにしても婚約者なのにいいんだ。

「他にもいるのかい?」
「ん?婚約者?今はアイツだけ。一級術師で無下限持ってるから消去法で選ばれたんじゃね?」
「なら五条の人なの?」
「苗字名前だよ。遠縁の分家の奴だから五条じゃないけどそこそこ名家。てか傑まじじゃん。連絡先教えようか?」
「是非、と言いたいところだけど彼女が悟を好きだったら、」
「ないないない!!それはまじでない!」

とりあえず食堂に移動しながら彼女の事を聞いた。
初めて顔合わせをした時に『顔に助けられてるね』とそれは綺麗な笑顔で言い放ったそうだ。あまりにも穏やかな表情に似合わない辛辣な言葉に最初は聞き間違いかと思ったけど、その後も事あるごとに彼女は毒を吐いたらしい。

「言葉遣い直した方がいいとか、あんまり遊んでると本命が出来た時に後悔する、とか。オマエは俺の親かっつーの」

カレーライスを突きながら心底嫌そうに愚痴を吐いた。強がりかなと思ったけどどうやら本当に恋愛感情はないらしいね。
なら遠慮はいらないかな。
彼女がどう思うかはひとまず置いておくとして。

「笑いながらクズとか言う奴だよ?」
「それは本当の事だろう?」
「はあ?傑もだろうが」
「ハハッ、確かに!でも今日からやめるよ。不誠実な男だと思われたく無いしね」
「はいはい。話して後悔しても知らねぇからな」

今の悟の話を聞いてより興味が湧いたんだ、それは有り得ない。今はどうせ見た目だけでしょって思われるかもしれないけれど強烈に惹かれたんだ。こんな気持ちは初めてだった。
それに見た目だけなら親友の婚約者なんて面倒な相手に手を出す訳が無い。

「私初めて見たんだけど、何で高専にいたんだい?」
「あーなんかメール来てたな」

スプーンを咥えながらカチカチと携帯をいじった後画面を向けられた。

"飛ばされたとか不名誉な勘違いされたら嫌だから一応伝えとくけど、京都のヤバい人に好かれたから東京に拠点移す事になった。君に会いたいとかじゃないから勘違いしないでよ"

「ヤバい人ってなに?」
「知らねぇし興味ねぇ。まーアイツ顔だけは良いから変な奴に好かれんだろ」
「…自分の事言ってる?」

もう教えてやんねぇぞ!と口を尖らせる悟にごめんごめんと軽く謝って漸くカレーを口に入れた。少し冷めて可もなく不可もなしの味なのに何故か美味しいと思うのは心が浮き足立っているからだろうか。
次はいつ会えるかな。

「こっち所属になるんならそのうち会えるだろ」
「え?声に出でてた?」
「顔見りゃ分かるわ」
「ふふっ、もしも両思いになったら婚約破棄してくれる?」
「…まぁ突っ込んだ事言うと俺は全然良いけど、苗字の評価は落ちるだろうから色々面倒だと思うけどな」
「あー成る程。五条に嫌われたってなるのか…んー追々考えるよ」
「そうだな。それにアイツ、ガキの頃当主になりたいとか言ってたしなー」

ガキの頃って悟もガキだろ。
でも、まだ出会った事ないのに真剣に考えてくれる親友が愛おしいね。
その顔やめろ、キモいと言いながらも薄ら顔を紅く染める天邪鬼な悟。私は恵まれているよ。
あぁ、でも彼女が悟の良さに気付く前になんとか仲良くならなければ。



「五条くん、逃げるなんて相変わらずのクズだね」
「ゲッ!に、逃げてねぇ!てか何の用だよ」
「事務員さんに書類を頼まれてるんだよ。メールしたでしょ」
「えーあーそうだった?あ!俺取り行って来るから!ちょっと待ってて」
「え!私忙しいん、だけど!…はぁ」

えーまじか。滅茶苦茶雑なアシストだけど、悟、ありがとう。今度何か奢らせて。

「あ、夏油くんお疲れ様」
「…え?私の名前知って、」
「あーうん。会った事あるよ。一方的に、だけどね。私は苗字名前。よろしくね」
「あ、え?そうなんですね。夏油傑です、よろしくお願いします」

敬語要らないよ二個しか変わらないしと笑った彼女は近くで見ると余計にキラキラして見える。そんな彼女にどこで会ったのだろう。名前を知っていてくれて私が覚えてないなんて失礼にも程があるだろ。

「なら名前って呼んでもいい?」
「…私も傑って呼ばせてもらうね」
「ありがとう!二個上なら今年卒業?」
「京都高専に通ってたけど二年の途中で退学というか、飛び級みたいな?」
「飛び級?」
「一級なったら卒業するように家から言われてたんだ」

学業より実績って事?
高専はそれだけの場所じゃないのに。
私は悟と硝子という一生付き合っていくだろう友に守りたい後輩も出来た。
それなのに家から言われて辞めざるを得なかったなんて…辛くは無かったんだろうか。

「え、何その顔!そんな暗い話しじゃないよ!私は中学で青春したし、高専の同年代はクズばっかだったから後悔とかないんだ」
「あ、そうなんだ。てっきり…」
「ハハッ、なんか君変わったね」
「え?」
「あ!ていうか私任務なんだ!五条くんより傑はちゃんとしてそうだから書類預かっておいて!じゃっ!」

ふんわり微笑んで去って行った。
えーあー可愛い。そんな顔で笑うんだ。
ふにゃりと大きな瞳が少し垂れるのが、かわいい……ん?やっぱり私はどこかで彼女と会っている。
あの笑顔どこかで…。
それに変わったねっていつの私の事を知っているのだろうか。
まさかヤッた事あるとかじゃないよな?
いや、いやいや、あんな人忘れる訳ないだろう。

「あっれー?アイツもう行ったの?」
「悟、本当ありがとう」
「あーうん、風避けだな」
「名前がさ、私と会った事あるって言うんだけど何か知らないよね?」
「え、まじ?んん、ほんっとアイツに興味ねぇから分かんないんだよなー。かと言って俺が聞くと『何企んでんの?』とか言いそうだし」
「そっか。でも本当ありがとう。それと書類預かっておいてって言われたんだ。それってまた会えるって事だよね?」
「あ、うん。まぁ…そうなんじゃん?」

嬉し過ぎて口元を押さえる私に引いているみたいだけどそんなのも気にならない。存分に引いてくれ。
あー嬉しい。しかも傑って呼んでくれた。
はぁ。たったそれだけなのに何なんだ。この気持ち。

「夏油何その顔、きっもー」
「やぁ、硝子。お疲れ様!」
「テンションウザい。何でそんな浮かれてんの?」
「傑が恋してんだよ」
「は?」
「ククッ、信じられないだろう?本当に好きなんだよ」
「あっそう。興味ない」
「硝子の感じ名前に似てるね」
「あー分かるわ。心にグサグサ来る感じね」
「事実だからだろ。てか名前かよ。夏油には勿体ない」

じゃっと名前同様、硝子も去って行った。なんだ硝子も会ったことあるのか。
へぇ?ふぅん?

「ハハッ!拗ねんなって!連絡先教えてやるから書類渡しといてよ」
「…何がいいの」
「コーラとイチゴミルクな」

彼女の連絡先はそんなに安くないけれど、親友の優しさに甘えておこう。
今度ご飯でも食べに行こう、そして奢らせてくれ。え、それに名前も誘えばいいのでは?硝子と仲良いなら硝子も来てくれないかな。あーとりあえず次会ってから誘ってみよう。恋ってこんなに浮かれるものだったのか。うん、悪くない。



  
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