幸せな毎日を




「傑!久しぶり!」
「名前!会いたかったよ。久しぶりだね」

駅の広い改札でどうやってこの人混みの中私を見つけたのか分からないが、必死に駆け寄る姿が愛おしくて思わず加減もせずに抱きしめた。
何処にいてもいつも私を捕まえてくれる可愛くて愛おしい人。
落ち着く爽やかな香りを肺いっぱいに堪能するとそれだけで下半身が重くなる気がするのは彼女に会うのが二ヶ月ぶりなのだから許して欲しい。

「移動疲れてない?」
「大丈夫だよ。それに予約してるんだろう?」
「バレバレだねぇ。なら行こう!」

ふふっと嬉しそうに微笑んだのを見て私の口元も緩む。私の手を引っ張りながら楽しそうに揺れる綺麗な銀髪に誘われるように小さく笑って後に続いた。
折角お昼から会えるんだから良いところ行きたいな!で、夜はゆっくりしよう?と電話口でも分かる弾んだ声で言ったのを思い出した。名前は丸一日休みがあるとお昼から呑んでいる事が多い。無類の酒好きだ。
とは言え仕事がある日は家に帰ってからでも呑む事はしない。飲酒は休みの日限定で今日がその日だ。

タクシーで向かったのは古民家を改装した人気の創作フレンチのお店だった。
給仕人のきめ細やかな接客も素晴らしく確かに名前が好きそうだ。
個室押さえるなんて流石だね。
彼女の舌は繊細を極めているので彼女が美味しいと言った物は間違いなく美味しいし、何ならハマって通っていたどのお店も今では予約の取れない人気店になっているくらいに信用できる舌だ。まぁ名前と食べれるならどこでも美味しいし楽しいから私はそんなにこだわりは無いけれどね。
会ってからずっとニコニコしている名前を私も笑顔で眺めながら食前酒が来るのを待っていた。

「え…嘘、でしょ…」

サッと顔から表情を消した名前はバッグから振動するスマホを恐る恐る取り出した。そっちは仕事用のだよね?

「…なに。…はあ?知ってんでしょ?デート中なんだけど。……ふざけてんの?」

「明日でいいでしょ?……はあ?それ私必要なの?」

「分かった。雑魚だったら明日から東京拠点にするから。詳細送っといて。じゃ」

膝の上で携帯を握りしめた名前は泣きそうな顔で私を見た。
この仕事してたらしょうがないさ。
名前も特級術師だし京都高専を拠点にしているのは彼女しかいないのだから。
食前酒が運ばれて来て余計に泣きそうになる名前につい笑いが溢れる。

「笑わないでよ」
「いや、私との時間を楽しみにしてくれていたのが良く分かるから嬉しくて可愛いくてつい、ね?」
「すーぐーるー。ごめんね。この後近場だから一件だけ付き合ってくれないかな?」
「え?私も行っていいのかい?」
「勿論だよ!一緒に来てくれる?」
「名前と任務なんて久々だね。喜んでお供するよ」

一気に機嫌がなおったみたいで食前酒を私に差し出して食事を始めた。
本当に可愛い。彼女といると私は愛されていると心の底から感じられる。正直で真っ直ぐ私に向けてくれる感情は何であれいつも心を満たしてくれる。

「それにしても相変わらず口調は昔のままなんだ?」
「そうだよー?それくらい欠点ないと過労死しちゃうもん」
「ククっ、昔の悟を見てるみたいだよ」
「えー悟は性格悪いじゃん」
「悟もそう言っていたよ」
「…傑は否定してくれたんでしょ?」

どうかな?と揶揄って笑う。
五条名前は悟の双子の妹で私の恋人だ。
元々は東京高専でクラスメイトだったけれど私と付き合っているのを良く思わなかった五条家が京都に転校させてしまった。
交際を認めて貰う条件で泣く泣く名前は京都に行った。
それから彼女は私達以外の前では口調を変えた。真面目な名前は優しくて人の為に動き過ぎてしまい挙げ句の果てに、過労で倒れて悟に散々怒られたからだ。
まぁ口調を変えたとしても本当の彼女の事は私が一番良く知っているし理解しているから何でも愛おしいんだけどね。

「いやーでも今回は言質取れたから良かったよ」
「ん?何のだい?」
「雑魚だったら東京に拠点移すってやつ」
「フフ、あれ本気だったんだ?」
「私嘘は吐かない主義だよ?それにそろそろ傑と一緒に暮らしたいんだけど駄目?」
「ちょっと待って、それは私からちゃんと言わせてくれないかい?」
「ありがと!うん、待ってるね」

私の恋人が今日も世界で一番可愛い。
駄目?なんてその顔で首を傾げながら言われて断れる男なんてこの世に居ないだろう。
でもプロポーズはずっと考えていたし、私からちゃんとさせて欲しい。

「迎え来たみたいだから行こう?」
「高専時代に戻ったみたいだね。本当楽しみだよ」
「そう言ってくれて嬉しいけど折角のデートだったのにごめんなさい」
「気にしないで?それに名前が祓うのを見るのは久々だし楽しみなのは本当だよ」

等級からも拠点からしても同じ任務に就くことは全くと言って良いくらい無い。
二年生くらいぶりだろうか?
補助監督の車に乗り込んで任務詳細を一緒に見ながら真剣な横顔をチラリと見る。
悟と似た大きめのサングラスから覗く蒼い瞳が綺麗だ。

「あ、の。何故、夏油特級術師がご一緒なのでしょうか?」
「…デート中だったって聞いてない?」
「デート…き、聞いてない、です」
「チッ。アイツ…何て聞いて来たの」
「一番近くにいるのが五条さんだから迎えをと、言われました」
「へぇ?そうなんだ?…今までありがとうね。私明日から東京に移るから、元気でね」
「は?え?」
「秒で祓って来るからそのまま車内で待ってて」

苛立っている彼女に笑いを必死に堪えながら車を降りた。
任務概要を見る限り一級案件ってところかな?
術師に空きがなかったんだろうか。まぁどこも人手不足は否めないよね。
帳を下ろしながら古びた日本家屋に二人で入った。廃屋で遊んでいた子供のうち一人が行方不明になっているらしい。

「!まだ生きてるね」
「急いだ方がいいかい?」
「いや、呪霊はその子に危害を加える気は無いよ」
「…どうしてそう思う?」
「この呪霊はこの家で慰み者にされていた女性達の思いの塊みたい。子供が出来る度に堕ろさせられたり産んでも抱かせてさえくれなかった。だから子供には危害は加えない」
「そう、か。」

名前は強い思いや未練などの感情を読み取れる事がある。この呪霊は女性の無念の思いなんだろう。彼女に強烈に刺さったのか顔を顰めている。

「名前引っ張られるな」
「うん。大丈夫。今終わらせてあげるね」

暖かい光が廃屋を包み意識を失った少年が擦り切れた畳の上に横たわっていた。
詠唱も掌印もあの頃と違って必要ないみたいだ。でもあの頃より色々な事を見て知ってしまった心は強くもなったけど脆くもある。
一人でそんな辛い顔をしながら優しい名前は呪霊の思いまで背負って呪術師を続けている。

「傑?男の子は眠ってるだけで無事だったよ。デートの続きしよ?」
「うん。そうだね。名前お疲れ様!」
「…うん!お疲れ様!」

にこやかに戻って来た名前に補助監督が心底驚いていてまた笑いを堪えた。
君のイメージどうなってるの?
悟に揶揄われる後輩の事を思いだしてしまってつい口元が緩む。

「もしもし?オマエさっき言った事を覚えるよね?……そう、それ!記憶力はまともで安心したよ。うん………そういう事だからよろしくー!じゃ。」
「ふ、ククッ!本気?」
「本気も本気だよ!あ、引っ越し業者手配しなきゃ。悟にマンション一個貰おうかなぁ」
「ご、五条さん、さっきの本当なんですか?」
「はあ?私が嘘吐いた事ある?」
「あーふふっ、本当に私の恋人は最強で最高だよ!」

明日東京に連れて帰って、悟と硝子の前でプロポーズしよう。
きっと悟は顔を盛大に顰めて僕は認めない!って叫んで硝子は溜め息吐きながら勝手にしろって言って笑ってくれるだろう。
名前はどうだろ?泣きながら笑ってくれるかな?
幸せな光景が目に浮かんで口元が緩みっぱなしだよ。
その前に今日のデートの続きを堪能しよう。




「傑ずっと一緒にいれるね」
「そうだね。死んでも離さないよ」





  
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