心の居場所


「傑おはよう」
「名前おはよう。ってもうお昼なんだけどね?」
「あー眠くて。硝子と悟は?」
「任務に行ったよ」
「なら自習だ?」

ならまだ寝てて良かったなぁと私の隣の席に座った。苗字名前はクラスメイトで私の片思いの相手。

「また取り込んだのかい?」
「そうそう。一級だったから時間掛かっちゃって、眠いんだよ」
「先生来たら起こすから、眠ってていいよ」
「ん、」

手を差し出して来たので机をくっつけて座り直す。細い華奢な指に私の指を絡めるとありがとうと言って瞼を閉じた。
名前は私と同じ術式だが、調伏を夢の中で行う。らしい。夢の中でどうやって調伏をしているのか教えてくれはくれないけど、等級が高いと時間が掛かるみたいで取り込んだ翌日は隈を作って眠そうにしている。
私の体温が安心すると言っていつも手を差し伸べるそんな君が愛おしくて堪らないって気付いてる?

「もう眠ったのかい?」

返事の代わりにすうすうと穏やかな吐息が返って来た。私も彼女に倣って机に伏せて寝顔を眺める。
真っ白で青白くも見えるような透き通った肌。太陽光にキラキラと眩しい金髪に同じ色の長い睫毛の下にはエメラルドの瞳が隠されている。
物語から出てきたお姫様みたいで綺麗で儚くて消えてしまいそうだった。
冷たい指を親指でそっと撫でる。
私と同じ味を知っている唯一の存在。



「傑は凄いね。何体でもストック出来るんでしょ?」
「そうだけど、名前は出来ないのかい?」
「私は一体だけだよ」
「え?ならそれはどうするんだい?」

二級呪霊の黒い球体を三個握った白い手を見た。

「餌。育成ゲームみたいな感じ。餌あげて調伏し直すんだ」
「一体を強化しているって事かい?」
「そうそう。生まれた時からずっと一緒なんだけど独占欲が強くて取り込んでも食べちゃうんだよね。だから自動的に餌になるんだ」
「独占欲…自我がある呪霊?」
「自我?確かによく喋るね……本当五月蝿いくらいにね」

自嘲するようにふっと笑った名前に思わず抱きついていた。彼女は強いのに何故か消えてしまいそうだとその時初めて思った。
名前の手から呪霊が落ちて地面に転がる。

「何処にも行かないでくれ」
「…それは傑の方だ。大切な人も場所も見失わないようにね」
「どういう意味だい?」
「全部は救えないって事。私は正直、非術師とか呪霊とかどうでもいい。居心地が良い今を守りたいだけだよ」
「…君が笑える世界であって欲しい」
「私が笑えるかは私が決める。けど、私は今幸せだよ」
「名前には笑って生きていて欲しいんだ」
「悟と硝子にもね」

するりと腕から離れた彼女は帰ろうといって笑った。
淡い恋心が愛に変わった瞬間だった。
理子ちゃんが死んでからずっと考えて悩んでいた事がすっと溶けて消えた。
私の最優先もきっと名前と同じだと思う。悟と硝子もきっとそうだ。
簡単な事を私は忘れていたんだと彼女は気づかせてくれた。



「夏油お疲れーって名前じゃん」
「眠っているから静かにね」
「話し声くらいでいつも起きないでしょ。本当名前の事好きだな。早く告白でもすればいいのに」
「負ける試合はしない主義なんだ」
「あっそ。掻っ攫われても知らないからな」
「は?」
「名前もモテるって事。それにお見合い行ってくるって言ってたな」

お見合い、だと?聞いていない。いや、言う必要もないのだけれど。ただのクラスメイトに言う必要もないけど、彼氏だったら流石に相談くらいはするよね。
正直に言うと告白だってしたいし付き合いたい。寧ろ結婚したい。
嫌われてないし好かれてる自信もあるけど異性として見られているかと言われるとどうなのか分からない。
大切だからこそ踏み出せないんだ。

「お疲れー!!」
「五条五月蝿い」
「ん…んん、悟か…五月蝿い」
「硝子も名前も酷くねぇ?折角お土産買って来たってーのに!」
「…食べる」

悟がバンっと扉を開けた音にゆるゆると瞼を持ち上げ、エメラルドの瞳が悟を見上げる。
見ているのは悟というよりお土産だけど。
寝起きが悪い名前はキラキラとお土産を見つめながら早くと悟に催促している。
お土産で機嫌取られる名前がチョロ可愛い。

「あ、傑おはよう。コレありがとう」
「おはよう。手くらいいつでも貸すよ」
「なら今日の夜部屋行っていい?」
「いいよ。待ってるね」
「おい、イチャついてんなよ」

悟と硝子を見ればうげーっと聞こえてきそうなくらい顔を顰めていて、それを見て名前が笑う。
私の大切な場所は此処だよ。

「悟、明日って何着ていけばいいの?」
「用意してるから俺んちで着替えて。朝迎え来るから一緒に行こうぜ」
「悟の家行くの久々だなぁ」
「…ちょっと待って、何の話しだい?」
「あれ?言ってなかった?悟とお見合いして婚約者になるんだ」

は?お見合いって悟となのかい?
悟、私の気持ち知っているよな?

「…おい、悟。説明しろよ」
「いや、違うって!傑が思ってるような事はねぇよ!」
「お見合いしろって五月蝿いって話してたら悟もだったから婚約しようってなっただけだよ?」
「へぇ?悟、何か言い残す事はあるかい?」
「っ名前!誤解するような言い方すんなよ!婚約するフリするだけだよ!名前が知らないヤツと婚約させられるよりいいだろーが」

成る程。まぁそれはその通りだけど。

「なら何で私に言わなかったのかな?悟、何かやましい事でもあるのかい?」
「いや、その…親が結構乗り気というか…」
「そうか。広い場所で話そうか」
「ま、まじで!フリだけだから!」
「傑?あーん」

繋いだままだった手を引っ張られてお土産のクッキーを口に突っ込まれた。
白くて冷たい指が唇に触れる。

「あんま甘くないよね。美味しい?」
「…おいしい」
「悟にお願いしたの私なんだ。親が黙るまでだから、ね?」

キラキラのエメラルドが私を見つめていて出かけた言葉を飲み込んだ。
どうやら私も随分チョロいらしい。
名前には敵わないよ。

「はあー。分かったよ」
「ふ、ククッ!もう笑っていい?あーお前らまじでウケる!」
「硝子知ってたならさっき言えば良かっただろう」

まぁ、悟とは後で話すとして。
やっぱりどう考えても私の大切な人は場所は此処だよ。




  
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