僕がほしいもの




「なぁに?そんなに見つめちゃって」

しまった。眠っていると思ったのに。
鼻が触れる距離でぱちりと開かれた蒼が真っ直ぐに私を見ている。

「悟様は、」
「さ と る」
「…悟は近くで見ても美しいのだなと思って」
「どうしたの?ふふっ、何か欲しい物でもあるの?」
「い、いえ!これ以上望む事はありません」
「…ふぅん。ま、いっか。ほら名前も一緒に寝よう」

ぎゅっと抱きしめられて悟様の暖かい体温に泣きそうになる。
本当は欲しいもの、あります。
ずっと、一目見た時から欲しくて堪らないのです。涙が零れ落ちる前に唇を噛み締めた。


眠ったかな?
すうすうと穏やかな寝息とは似合わない涙の跡を親指でそっと撫でる。まだ何か悩んでいるのだろうか。僕には何も言ってくれないんだね。
何でそんなに辛そうな顔をしているの。


名前は僕が卒業した後高専に入学して来た四つ年下の女の子。
傑と硝子と医務室で雑談している時に出会った。

「硝子さん、今大丈夫ですか?」
「名前?この時間に来るの珍しいね。怪我でもした?」
「あ、いえ!休憩中ですよね、すみません!また来ます。」

僕と傑を見るなりパタパタと走り去って行った。
ふわふわのブロンドにエメラルドの様な瞳。
まるで絵本の中から出て来たお姫様みたいだった。

「…何だったんだ?」
「硝子、今の子誰?」
「あぁ、一年だよ。苗字名前。反転術式教えてる子」

へぇ。硝子が他人に興味を持つのは珍しい。僕達にですら擬音でしか教えてくれなかったのに。

「…悟。一応教職に就いてるんだから弁えなよ」
「僕何も言ってなくない?」
「五条は分かりやすいからな」
「え、硝子まで?違うよ、ただ面白い呪力してるなって思っただけ」
「へぇ?クズでも流石六眼だな」
「クズは余計でしょ。何か知ってんの?」
「構築術式的な?」
「何?的なって」
「詳しくは知らない。名前も五条と同じで眼がいいそうだ」
「あ、明日彼女の引率入っていたな。悟に気をつけてって教えてあげないとね」
「はあ?僕が何した訳?」

ただお姫様みたいだなって思っただけで、まだこの時はこんなに好きになるとは知らずにいた。



「やあ!この間ぶりだね!僕は五条悟だよ。よろしくね」
「知っています。…苗字名前です。先日は邪魔してしまってすみません」
「ぜーんぜん!普通に会議サボってただけだから気にしないで」
「は、い。あの私これから任務なので失礼します!」

まただ。傑といる時は普通に喋ってるのに僕が来ると逃げるように走り去って行く。
あの日も僕がいたから出て行ったのだろう。
今日は初めて会話してくれたのだからまだ良い方か。ん?苗字ってどこかで…。正月行事で五条本家にもたまに来ていたような。
あれ程までに分かりやすく避けられると余計に気になる。幼少期の僕が彼女に何かしてしまったのだろうか?
記憶を辿ってもあのエメラルドのような瞳を持つ人物は出てこなかった。

それから一年は何度か任務の引率をする事はあったが特級術師は忙しい。高専でも中々出会う事が出来なかった。気付けば彼女を探してしまっている自分がいた。
そしてもう一年経った今。
名前は一級術師になっていた。しかも異例の飛び級でだ。
在学中の生徒の中でもずば抜けて優秀で反転術式も硝子のお墨付き。ただ自分を治すのは苦手らしいけど。この話しも傑と硝子から聞いて知ったんだから少しもやもやする。

学長に呼び出された僕は重たい足取りで学長の部屋に向かっていた。きっと何かしらの説教だろうと学生時代を思いだしながら扉をノックしようとした時少し扉が開いている事に気付いた。

「学長!お願いします。一級案件以上の任務に行かせてください。」
「駄目だ。何度も言っているだろう。それに一級に昇進出来るのですらほんのひと握りなのだから、もっと自分を誇っていい。」
「…一級じゃ意味ないんです!私はあと一つ上がらなければならないのです。」
「はぁ。上がろうと思ってなれるものじゃない。だいたい名前は自分の命をもっと大切にだな、」
「僕か傑の任務に着いて来れば良くない?それで大丈夫そうなら単独で行かせてあげたら良いじゃん」
「…悟。盗み聞きは良くないな」
「えードア空いてましたよ?」
「まぁ、いい。あくまで特級術師に見学させてもらう程だ。名前はそれでもいいか?」
「っ!!はい!ありがとうございます!」

綺麗なお辞儀をしたあと勢いよく部屋を飛び出していった。え、何。今の。
ふわりと口角を上げて微笑んだ。初めて見る名前の笑顔に瞬きも忘れてその一瞬を瞳に焼き付けた。
欲しいと純粋に思ってしまった。
あの笑顔を僕に向けて欲しい。

「悟。くれぐれも死なせないようにな」
「誰に言ってるんですか。それよりあんなに昇級したい訳は何です?」
「それは…本人に聞け」

名前は傑の特級案件に度々着いて行くようになった。僕が進言したのに面白くない。

「傑、お疲れ!どうだった?」
「名前の事かな?うーん。状況の把握も早いし、戦闘のセンスもあって良いんだけどね」
「けど?」
「彼女は簡単に自分の命を懸ける癖がある」
「なるほどねぇ。昇級したい理由聞いた?」
「…私から聞いたって言わないでくれよ。」

名前は三十歳も上の男との結婚を取り止めて貰うための条件が昇級らしい。
幼い頃に婚約破棄されてから彼女の評価は地に落ち、それは酷い扱いを家で受けてきた。特級術師になって自分の人生を生きたいと傑に言ったそうだ。

「昇級出来ないなら死んだ方がマシって事か。それにしても、てっきり傑も本人に聞けって言うかと思った」
「…親友がきっかけで教え子が死ぬなんて光景は見たくないからね」
「はあ?僕が何したっていうの?」
「私が言えるのはここまでかな。あ、引率は私に任せて」

高専に戻って行った傑の背中を眺める。
僕が名前に何を。

「あ、お疲れ様です。…任務の事、ありがとうございました」
「名前お疲れ様。どう?やって行けそうかな?」
「今のところは…早く単独で行けるように頑張ります!」

ふわりと微笑んだ。ああ僕はこの笑顔が見たかったんだ。生まれて初めて感じる愛おしい暖かい気持ち。名前が欲しくて堪らない。

「…どうかされました?」
「あー、うん。名前は僕の事何で避けるのかな?」
「え、と。その、私なんかが悟様の近くにいるべきでは、無いので。…失礼します」
「えっ!ちょっと!」

高専では呼ばれた事すらない呼び名に思わず手を掴んでいた。

「っ離してください!」
「待って。悟様って?僕が君に何をしたの?」
「っ!!覚えてないのですか?…やっぱりそうなんですね…。いえ、それで良いのです。」
「え?」
「私は八歳まで悟様の婚約者でした。ただそれだけの話しです。では、硝子さんと約束しているので」

呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
僕のせいで彼女の立場を悪くして追い詰めていたのだ。
振り払われた手が酷く痛かった。





  
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