同じ流れ星ならいいのに






「ねぇ。傑って浮気したでしょ」
「え?」
「ああ。怒ってないから正直に認めてもらっていいよ。きっと原因は私だろうし。」

は?疑問系でもなく事実を突きつけられた。
何故バレたのだろうか。いや、絶対に誤魔化したい。私は名前ちゃんの事は本気で真剣に好きなんだ。
卒業間近で後輩の女の子達がうるさくてつい、魔が刺したというか。

「声に出てるよ。つい、ねぇ。」
「…本当にすまなかった!でも私は名前ちゃんの事が大好きなんだ。もう二度しないと誓うから許して欲しい。」
「違う学校だからバレないとでも思ったの?いや違うから良かったのよね。残りの中学生活は会わずに済むもの。傑。凄く楽しかったわ。ありがとう。さようなら」

待って!名前ちゃん、行かないで!
困ったように笑う彼女に手を伸ばす。

「…おい。寝ぼけてんな!弁当食いづれぇだろ。てか、傑めっちゃ魘されてたぞ」
「…それなら起こしてくれよ」

伸ばした手は新幹線で隣に座る悟の腕を掴んでいた。

この夢を見るのは何度目だろうか。
名前ちゃんは中学時代の彼女だった。
秘密主義でミステリアス。苗字すら知らなかったのだから今考えれば浮気されていたのは自分だったのではないかと思う程だ。
知っていたのは有名な女学院に通っている事と甘い物、特にアイスが好きという事くらいだったか。
同い年とは思えない大人びた思考と美貌。
艶やかな黒髪に輝く黒曜石の大きな瞳が色白の肌に良く映えていてそれはそれは美しかった。
一緒にいると心地良くて名前ちゃんの事が大好きだった。けれど会っていない時は碌に連絡も取れないし、思春期真っ只中の私は寂しくて耐えられなくなって愚かな選択をしてしまった。
今更考えたって仕方ないのは分かっているが、この夢を見た後はいつも名前ちゃんの事で頭が一杯になる。
あれからちゃんしたお付き合いは出来ないでいる。彼女と比べてしまって付き合いたいとすら思わなくなってしまった。
名前ちゃんの所為だ。
…元気にしているだろうか。

「どんな夢みてたんだよ?」
「元カノの夢だよ」
「へぇ。そんな魘されるくらいならなんかトラウマでもあんの?」
「まぁ、そんな感じかな。」
「ふぅん」

特級呪具の運送で京都高専に向かっているところだ。本当は指名された悟が一人で行く筈だったのに、オフの私まで無理矢理連れてこられた。
京都なんて面倒だと言いそうな悟は上機嫌でお弁当を食べているのだから意外だ。
まぁ悟の機嫌が良い事に越した事はないだろう。私の心労が減るなら何でも良いかと思いながら流れる景色を眺めた。


京都高専に着き応接室へと通された。
こちらの高専はまた違った雰囲気で背筋が伸びる様な厳かさがある。

「悟お待たせー!早速で悪いけど三日月宗近見ていいかな?」

勢いよく入室してきたのはすらっとした女の子だった。悟と似た色の長い髪に大きめのサングラスを付けている。
呪具の封印を鮮やかに解いて刀身を細い指で撫でた。

「会いたかった!はぁ。美しい」
「刀かよ。指名までされたから態々来てやったのに」
「絶対に安全に持ってきて欲しかったから指名しちゃった。ありがとね悟。」
「てゆか!お前刀ばっか見て気付いてないだろ。俺の親友に挨拶ぐらいしろよな!」
「えっ!気付かなくてごめんなさい!五条名前で、…え?すぐる?」
「え?その声…名前ちゃん、なの?」
「は?オマエら何で知ってんの」

ちょっと情報処理が追いつかない。
髪の色といいサングラスから覗く瞳の色も悟そのものだ。まさか苗字教えてくれなかったのって五条だから?私に術式があるのも気付いていたって事?

「あ、悟に前言ってた黒髪の…」
「は?傑が黒髪の王子様?まっじでウケるんですけど!え?待って。なら傑が魘されてた元カノって名前?あーまじで腹痛いっ」

ゲラゲラ笑う悟の両側で呆然とする。

「ちょっと、王子様って何なの?」
「え?魘されてたって?私そんな酷いこと傑にした覚えないんですけど」
「ちょっオマエら、まじでやめて、ククッ」
「「悟はちょっと黙ってて」」
「分かったから、ちょっと、待って」

笑い転げる悟は置いといて名前ちゃんを見る。あ、そうだよねと呟いたかと思うと黒髪に黒い瞳に色が変わった。私が知ってる彼女だ。

「中学スタイルじゃん!あぁだから気付かなかったのか。何で傑に教えなかった?」
「傑が見える側の人だったから五条って知られたくなかったんだもん」
「え?偽名使ってたの?」
「…苗字教えてない」
「え?傑、苗字も知らない奴と付き合ってたの?やばい、またスイッチ入りそう」
「…名前ちゃん、そういう事だったんだね。あの女学院だから名家だとは思っていたけどまさか五条とはね。それで、二人はどういう関係なのかな?」
「傑、ここまで似てんだから気付けよ」

え、まさか。ここに来てから驚いてばかりだなと溢れそうな溜息を飲み込んだ。

五条悟には双子の妹がいる。呪術界では有名な話しだ。
莫大な懸賞金に目が眩んだ者たちは女の方ならと誘拐を試みるがその者達を二度と見る事はなかったという。
それに加えて五条家当主が特に妹を大層過保護に育てているなどの噂から、五条兄妹に手を出すな。というのは当然で暗黙のルールだった。

「改めまして、五条名前。悟の双子の妹です。」
「はぁ。本当に私は君の事、何一つ知らなかったんだね」
「それ、は、ごめんなさい。」

色を戻した名前ちゃんはサングラスを掛け直して俯いてしまった。
そんな顔をさせたい訳じゃないけど信用もされて無かった事が悲しくてそんな自分に落胆している。

「悟も傑も遠くまで来てくれてありがとうね。折角だし二人で観光でもして行ったらどうかな?私はこの辺で、じゃあね」
「おい!飯食いに行く約束だったろーがっ」

コレありがとう。と刀を手にして去って行った。真っ白なセーラー服から真っ黒のブレザー姿になった名前ちゃん。
髪色も何もかも変わってしまったが困ったように笑った先程の顔は変わってなかった。

「傑いいのかよ。」
「…何が?」
「まだ好きですって顔に書いてある」
「知らなかったとはいえ五条家の御令嬢と釣り合う訳ないだろう」
「あー傑。オマエのそういうとこ嫌いだわ。名前が五条って言わなかったの何でか分かる?そういう目で見られたくなかったんだろ。オマエは俺が五条だから親友になったのかよ」

舌打ちを残し悟も部屋を出て行った。
結局は彼女を信じれなかった自分が悪いのは分かっている。自信が無かったんだ。

今更許してくれるだろうか。



「はぁーあ。逃げてきちゃった。」

名前はグラウンドの端にあるベンチに座って空を見上げ思い出していた。

女学院のセーラー服は目立つため良く声をかけられたり絡まれたりするのでいつもは車で帰るのだか、その日は何故か歩いて帰りたい気分だった。そんな日に限っていつもよりしつこい男達に絡まれ、路地に入ったら叩き潰してやると物騒な事を思いながらされるがままにしていた。その時颯爽と現れて一人残らず殴り倒してくれたのが傑だった。
名前は後に黒髪の王子様が助けてくれたと悟に報告している。

「大丈夫かな?」と優しく微笑んだ傑に彼女の胸は高鳴った。そう一目惚れだった。
でも彼はこちら側の人間だから五条と名乗る事は出来なかったし、それに沢山の条件を受け入れてやっと勝ち取った高専への入学。その所為で中学の時は今より倍くらい忙しかったから傑に連絡すらまともに出来なかった。浮気されても仕方ない。初恋が実っただけで幸せだったと自分に言い聞かせている。
それでも「名前ちゃん」と目を細めながら愛しさを詰め込んだ優しい声音で呼んでくれる傑が好きでどうしようも無かった。

「悟の親友が傑だったとはね…」
「やー本当びっくりだよね」
「っびっくりしたー!悟どうしてここに?」

サッと隣に座った悟に驚いた。
傑は?ここ東京高専じゃないんだけど。

「オマエ、こういう日陰のベンチ好きじゃん」
「そう、なんだけど、じゃなくて!傑置いてきたの?」
「名前さー。まだ好きなんだ?」
「もう。会話してよ。はぁ…初恋なの。浮気なんて気にならないくらい好きだけど、私は五条だもん」
「あ"?それは聞いてねぇ!…傑でも許さない」
「待って!悟。私が悪いの。連絡もしなかったし、私なんかより良い人沢山いるもの」
「連絡出来なかったの間違いだろーが。それにオマエは自分に自信なさすぎ!」
「…悟の顔毎日見てれば誰だってそうなる」
「はぁぁ。本当オマエは可愛くて馬鹿だよ」

悟は本当に綺麗。神様達が集まって理想を作りあげたに違いないくらいに美しい。
悟に似てるねってお世辞なんて死ぬ程言われてきたけど私はただのスペアだ。お父様が過保護なのも悟に万が一の事があった時の為だろう。
双子なのに兄には何も敵わないのだから。

「またしょうもない事考えてんだろ?」
「…しょうもなく無いもん」
「まぁ傑は一回殴りたいけど、オマエが本気なら協力してやってもいいよ」
「…いらない。私は三日月宗近の調伏もしたいから今は恋愛とかはいい。」
「相変わらず素直じゃないねー。婚約の話しはどうすんの?」
「特級術師になったら破棄してくれるってお父様の言質とってきた」
「へぇ。流石俺の妹だな!なら、今はいいか。とりあえず三人で飯いこーぜ。どうせ個室予約してんだろ?一人増えたくらい大丈夫だろ」

もしもーし傑ー?と電話し出した兄に頭を抱える。
本当に今は忙しい。調伏もだし、高専の課題、お父様との約束も。それに特級に推薦して貰えるように任務もこなさなければならないのだから。
もしも、もしも特級になれたらその時は、傑にまた告白してもいいだろうか。
それで私の初恋は終わりにしよう。
うん。それでいいんだ。
「名前ちゃん。好きだよ」
少し掠れた甘い愛しさを込めた声音を思い出すだけで私は生きて行けるのだから。




※続きます。


  
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