君の隣


「名前?どうしたんだい?」
「え?何でもないよ〜」

私は傑が好きだ。
名前と呼んでくれる傑の声を聞きたくて彼の顔をワザと見つめてしまうくらいに。

「そんなに見つめておいて何も無いなんて嘘だろう?」

ニヤリと口角を上げて私の顔を覗き込んでくる。意地悪い顔も色っぽくてカッコイイ。

「お前らイチャついてんなよ」
「悟にはそう見えるのかな?」
「誰が見たってそうだろーよ。他所でやれ」

でも一番好きなのは悟と冗談言って笑い合ってる時の顔。
私なんかじゃ、そんな笑顔にしてあげれないから見てるだけで、良い。

灰原が死にそうになった頃の傑は今にも消えちゃいそうで。思い悩んでる事があるのは分かってたけど私は彼に届く言葉を一つとして持ち合わせていなかった。
ただのクラスメイトとして過ごすくらいしか出来なかった。私が傑を救うなんて烏滸がましい。
最近は悟と何か話せたのか、笑い合って喧嘩して、悪ふざけして。前の二人に戻ったみたいで凄く安心した。

「名前〜任務だって〜。夜蛾センから伝言」
「りょーかい!硝子ありがとね」

気をつけろよ〜と手を振って送ってくれた硝子に手を振り返しながら教室を出た。
一級に上がるための査定中だから余計に気が抜けない。悟までは無理なのは分かってるけど、私も傑の隣を歩いてみたい。
昇級はその為の一歩だ。気合を入れて車に乗り込んだ。




「夏油、あんま名前揶揄うなよ〜」
「そんなつもりは無いんだけどね。名前は見てて飽きないよ」
「確信犯かよ」
「お前ら本当暑苦しいんだけど」

悟と硝子にジトリと睨まれる。
だって仕方ないだろう?あんな熱のこもった瞳で見つめられるこっちの身にもなってくれよ。そのくせに私が見るとサッと熱が逃げるのだから意地悪もしたくなる。

名前は小柄で華奢で薄いブラウンの大きな瞳をキョロキョロと動かしながらいつも私達三人の事を気遣ってくれている。
私達がどれほど彼女に救われているか。
自己肯定感がゼロというかマイナスな名前はこれっぽっちも気付いていないだろうけどね。

「さっさと捕まえとかないと、他の奴らに持ってかれるぞ〜」
「硝子、どういう意味?」
「名前はモテるって話」
「あーそれ、俺も歌姫から聞いたわ」
「チッ、京都か」
「ハハッ!夏油のその顔名前に見せてあげたい!」

まさか京都にも彼女を狙う輩がいたとは。
此方は粗方、外堀は埋めてあるけど京都は頭から抜けていた。

「こっちは夏油の事名前の彼氏ってみんな思ってるもんな〜本当クズに好かれて可哀想だよ」
「周りから固めてるのは否定しないけどね。それくらいしないと名前は受け入れてくれないだろう?」
「あーそれも分かるわ。名前そこそこ強いし可愛いのに自覚も自信もないもんなぁ」
「悟、そこそこは余計だよ」
「はいはい。そんなに好きならさっさと丸め込めばいいだろーが」
「五条、言い方!」
「はいはーい」

卑怯な手を使ってるのは分かっているけど、私が今、好きだって伝えても彼女は信じてくれないだろう。私なんか好きになる訳ないよって困った様に笑う名前が目に浮かぶ。
彼女が自分を貶める度に私達はそれを腹立たしく感じているのは事実だ。
けれど名前の生まれ育った環境が関係しているからあまり強くも言えないのが辛い。
彼女がどれだけの人を救ってきたのか、自分の価値に早く気づいて欲しい。


「硝子、携帯鳴ってんぞ」
「あ、夜蛾センだ。もしもーし。え?…はい。直ぐ行きます!」
「任務?」
「名前が重症!高専に運ばれるみたいだから私行くわ!」
「え?…今なんて?」
「おい、傑!しっかりしろ!俺達も行くぞ!」



処置室の前で悟と扉が開くのを待っている。
悟に腕を引っ張られて此処まで走ったのか歩いたのかすら曖昧だ。
指先からスッと熱が引いたまま震えが止まらない。

帳が上がると彼女は逃げ遅れた女の子を抱えて微笑みながら現れたらしい。左腕でその子を抱いて守っていたのだろう。右半分は見てられないほどグチャグチャで血塗れで腕なんて華奢で色白な元々を思い出せないくらい赤黒く潰れていた。

「何で。逃げなかった。」
「傑が一番分かってるだろうが。名前はそういう奴だろ」
「でも特級だったんだ。逃げるべきだった」
「…お前が好きな奴は子供置いて逃げるような雑魚なのかよ」
「…」

悟に言われなくても分かっている。
私が好きな名前はそういう人だ。腕が潰れても子供が泣かない様に笑顔でいるような強い人だと分かっている。



「名前は何で呪術師になったの?」
「んー。」
「言いたくないなら」
「いや!言いたく無い訳じゃなくてね?うーん。たくさん有り過ぎてね〜」
「聞かせてくれるかな?」
「最初は両親に私を見て欲しいだけだった。強くなったら相伝じゃなくても愛してくれると思ったの。今もその気持ちがない訳じゃないけど…」
「…うん。それで?」
「今はね、傑と悟と硝子を守りたいの!私にとって掛け替えの無い存在だから、死んでも守る。逆に私は傑達が居なくなった死んじゃうかも〜」
「フフッ。死にはしないだろう?」
「いや、死ぬよ。愛されたい、認められたい、人を助けたいとか呪術師やってる理由は沢山あるけど、私は三人が一番大事でずっと隣を歩いて行きたいから。それに命を掛けるのは何も惜しくないの。守れないくらいなら死ぬよ。」
「…私は名前に生きていて欲しいと思ってるよ」
「そう思ってくれてる様に私も悟も硝子も傑に生きてて欲しいって思ってるよ」

いつもは私なんかと自分を貶めるのに、この時はそれをしなかった。私達の事を思って愛に溢れた優しい瞳をするものだから、私も守りたいと思ってしまった。今もずっと私は彼女に救われ続けている。そんな強い名前の事が私はどうしようもなく好きだった。



処置室の扉が開き硝子から入れと声を掛けられる。

「名前は?!」
「…やれる事は全部やった」
「っ!!」

ベッドに眠る名前の横に跪く。
顔の半分は包帯で覆われていて蒼白い。
震える指で彼女の頬を撫でる。

「すぐ、る?」
「名前!!」
「おんなの子は?」
「無事だよ!怪我一つ無いそうだよ」

左手をゆっくりと持ちあげて私の頬を包み込む様に触れた。冷たい手に自身の手を重ねる。

「よかった…死ぬって…たら、すぐる、に…」
「なに?聞こえないよ」
「すき」
「え?待って…」

だらりと落ちた名前の左手。
あぁ、待って。行かないでくれ。そんな言い逃げ、酷いじゃないか。
私の気持ちも聞いてくれよ。
お願いだからいつもの様に見つめて笑ってよ。
名前の頬に涙が落ちる。

「夏油…」
「もう少し、このままでいさせてくれ…」
「いや…名前死んでないから」
「…え?」
「傑〜勝手に殺すなよな。ほら息してんだろ?」
「ほ、んとだ。っ良かった…」
「失血が多かったから暫く起きないだろうけど、ちゃんと生きてるよ」
「起きたら昇級祝いしよーぜ!傑!そろそろ泣きやめよな〜こっちまで移るだろーが」
「ふふっ。本当に、良かった」

悟と硝子を見れば呆れながらも少し濡れた瞳で優しく微笑んでいた。

今なら名前の言葉が良く分かるよ。
私もこれを守るためなら何だって出来るし命も惜しくない。
早く目を覚まして、私の気持ちも聞いて欲しい。私なんか、なんてもう言わせないから。
今度は私に名前を救わせて。









  
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