偽善者



窓から差し込む太陽からの猛攻に薄ら目を開けた。何とか手を伸ばして日差しをシャットダウンしてやった。遮光カーテン舐めんな。
ぐわんと揺れる頭に再びベッドに沈み込む。
目の奥がズキズキと痛い。
あー・・・二日酔いか?昨日は、えっと、あれ?そんな飲んでなくない?硝子には負けるが私も酒豪と呼ばれる部類だ。二、三杯くらいで二日酔いなんて有り得ない。
んー・・・まぁ二日酔いならカレーに限るよね。
スマホのディスプレイが目に沁みながらもアプリを立ち上げてデリバリーを注文した。

このまま眠ってしまいたいところだけども。
今日の任務は夕方からだ。とりあえず頭痛薬。
なんとか起き上がってリビングのカーテンを半分だけ閉める。薬を口の中に放り込んで温い水で流し込んだ。
うわ、気持ち悪い、かも。
ソファーに座ってみるも頭が重くてずるずると引力に負ける。天井が回って見えて目を閉じた。

ピンポーン

気付いたら寝落ちていたらしい。
頭を抱えながらも急いでモニターに駆け寄って解錠ボタンを押した。うわ、薬全然効いてないじゃん。

『玄関前に置いときますねー!』

モニター越しに頭を下げる好青年。
いいね、チップを弾んでやろうじゃないか。
配達完了の通知が届いて玄関に向かう。丁寧に紙ナプキンまで引いてくれちゃって。熱々で溢れている様子もない。チップ確定。
ダイニングテーブルの上にカレーを取り出すとスパイスの香りに胃が動き出す。
やっぱ二日酔いだったんかなぁ。

「んー美味い!」

食べ慣れた味に安心する。
もう少し辛くしたいところだけど二日酔いならこれくらいが丁度いいよなぁ。
半分くらい食べ進めたところでまた視界が揺れた。
あ、これ、やばい。
慌ててトイレに駆け込んだ。
胃に入れたばかりの熱いものがぼちゃぼちゃと便器を汚す。うわ、これ二日酔いじゃないわ。片頭痛じゃん。久々過ぎて感覚忘れてた、最悪。
頭痛薬なんか効かないし水でも気持ち悪くて吐くのにカレーとかまじで笑えない。せめてうどんか蕎麦とかにしとけば良かった。
涙が目に沁みて痛い。
全て出し終わって申し訳程度に歯を磨いて簡単に顔を洗う。返り血(?)を浴びているかもしれないパジャマを脱ぎ捨てて早足で寝室に向かってそのままダイブ。
自覚すれば余計にぐわんぐわんしてきた気がする。痛すぎて涙が滲む。
呻きながら痛みをなんとか逃して、どれくらい耐えていたかは分からないが意識を飛ばすように眠りに落ちた。







「名前?!」

合鍵で部屋に入ると薄暗く人の気配を感じない。あれ、この匂いはー・・・

「……カレー?」

扉を開ければダイニングテーブルの上には食べかけのカレーが置かれていた。
あぁ…成る程ね。
僕は必要な物を揃えるためそっと部屋を後にした。


『苗字さんいますか!!?』

血相を抱えた補助監督が叫ぶように休憩室に飛び込んで来て傑と首を傾げた。

『任務時間を過ぎてるのに、連絡が取れなくて…』

慌ててスマホを取り出して通話履歴の一番上をタップするも電子音が聞こえるだけだった。
名前の今日の任務は午後からだった筈。彼女が寝過ごしたりだとかは珍しい。そういう日は年に数回あるけど、酷い怪我をしているか体調を崩している時だった。

『傑、会議遅れるって言っといて』
『何かあったら連絡して』

頷いた傑を確認してから名前の家の近くにトんで慌てて部屋に向かって今に至る。
一応傑に連絡を入れて近くのコンビニに向かった。

再び名前の部屋に戻って買ってきた物を冷蔵庫に入れる。ハァ、相変わらず食材は何も入ってない。水しか入っていないファミリーサイズの冷蔵庫が最早可哀想になってくるよ。
まぁ、僕も傑も硝子も同じなんだけどね。忙しい僕達に自炊を楽しむ心の余裕はない。
経口補水液やらゼリーやらカットフルーツを並べると少しだけ充実した庫内に満足しながら、ペットボトルを一本持って寝室へ。あ、その前に。すっかり冷めて乾いているカレーを片付け窓を開ける。新鮮な空気に頷いて、改めて寝室の扉を開けるとカーテンが締め切られており部屋は薄暗い。
ベッドには小さく丸まった人影が見えた。

「名前、起きて」

名前に直接日差しが当たらないように少しだけカーテンを開け、ついでに窓も開けて換気をする。
頭を抱えるように丸まった背中をさすると薄ら瞼が持ち上がる。

「名前、片頭痛でしょ?薬は飲んだ?」
「…さ、とる?」
「うん。僕だよ。補助監督が連絡取れないって、」
「任務っ!」

ガバッと上体を起こした名前は力なくまたベッドに沈んでいった。
そう名前は片頭痛だ。
いつもは痛み出す前に休むと連絡があるけれど、きっと二日酔いと勘違いしてカレーを食べてそれから吐いて、気付いた時には限界だったんだろうね。

「傑が引き継いでくれたから大丈夫」
「う"ー・・・すぐるも忙しいのにごめん」
「どうせくだらない会議だけだったし大丈夫だって。それに名前の代わりなんて傑か僕しか無理でしょ?」
「…ほんとにごめん」
「謝んなくていいって。てか久々じゃんね、片頭痛。ここ最近何かあった?」
「……多分だけど、連勤がやっと終わって、昨日硝子と飲み行った」

あぁ、それでね。
ストレスから解放されて脳の血管が急激に拡張し、三叉神経がどうのこうのーーだったっけ。
名前も傑と同じで溜め込むから分かりにくい。
痛み止めと胃薬をベッド横の引き出しから取り出して上体をゆっくり起こしてあげると力なく微笑んだ。真っ青な顔に僕もつられて眉間に力が入る。

「飲める?」
「ん、我慢する」

ベッドに上がって名前の背もたれになってあげる。
薬を飲んだのを確認してペットボトルを受け取った。
抱き着いて頭を胸に押しつける名前の背中を優しくさするとグスグスと泣き出す。
名前の片頭痛は相当辛いらしく、涙腺が言う事を聞いてくれないのだと言っていた。
薬を飲んでもすぐに吐いてしまうから寝落ちるまで名前の背もたれになるのが僕の出来る事だった。

「キツイねぇ。痛いねぇ。よしよし」
「さとる…面倒臭いよね、ごめん」
「せーんぜん。寧ろ名前と一緒にいれて嬉しいよ」
「でも、すぐるに迷惑かけちゃった…怒ってる?」
「怒ってないよ。心配してるだけ」
「体調管理も出来なくて、情けない。死にたい…嫌いにならないで」
「死にたいは流石の僕でも許せないなぁ」
「ごめん、さとる、怒らないで」

泣きながら弱音を吐く名前がいじらしい。
いつも強気でサバサバしている彼女が弱った時にだけ見せてくれる姿。
ネガティブで弱々しくって、僕に縋ってくれるのが気が狂いそうになるくらい最高に可愛い。
本当は外に出ないように足を折って、鎖で繋いで、僕の帰りだけを待って、僕だけに笑いかけてー・・・そんな僕の歪んだ欲求を満たしてくれる。
この青白い、痛みに歪んだ泣き顔を知っているのは僕だけ。

「死にたいだなんて二度と言わないから許して」
「名前が一生僕だけ愛してくれるなら許してあげる」
「私がすきなのは悟だけだよ。…信じてないの」
「信じてるよ。だからもっと僕を頼ってよ」
「さとる、すき、ぎゅってして」

あぁぁー・・・クッッソかわいい!!!
どんなタイミングで片頭痛になるかまちまちだから何とも出来ないけどこの可愛さは定期的に摂取するべきだ。
きっと今僕はヤバい顔をしているんだろうけど、痛みで目を閉じている名前に隠す必要もない。溢れた涙を指で掬ってそっと舐める。
あーやば、勃ちそう。下着しか着けてないし最早誘われてるのでは?…なーんてね。

「名前、ゼリーか果物食べれる?」
「いらない。さとる、もうすこしだけ、そばに、いて」
「うん。いいよ」
「…寝たら帰っちゃう?」
「ふふ、側にいてあげるから安心して」

眉間に寄せられていた皺が少し穏やかになって僕の下半身も静まっていく。
名前の可愛い我儘に毒気が抜けた。
嫌な事があっても口に出さずに溜め込むところは直して欲しいとは思うけども、こんな姿が見れるならこのままでいいかなぁとも思うよね。
眠りから覚めた名前は『ごめんね…その、えと、側にいてくれて、ありがと』って申し訳なさそうにしながらも、照れて赤くなりながら一生懸命伝えてくれるんだよねぇ。それがマジで破壊力抜群で。治ったら犯そうって決意するよねぇ。

「寝れそう?」
「……う、ん」
「ねぇ、僕心配だからさ、やっぱり一緒に住もうよ」
「…うん……」
「あは、言質取ったからね?」
「……ん」

すやすやと眠ってしまった可愛い名前。
覚えてるから分かんないけど早速実行しちゃおっと!ずぅーっと断られてたから強硬手段に出ちゃうのも許してくれるよね?何だかんだ言って名前は優しいもんね。
きっと名前は僕の異常性に本能で気付いて同棲を渋っている。本人は無自覚だけどね。
名前は術式的にそういうのに鋭い。
自覚する前に行動に移さなきゃ。名前も僕無しで生きられないようにもっともっと依存して僕と同じくらいイカれてくれなきゃフェアじゃないでしょ?
僕が女を見るだけでも嫉妬してくれるくらいに愛して欲しいな。まぁ、それは無理だけどー。

「名前愛してるよ」
「さ、とる……す、き」

ほぼ寝言での返事に口を尖らせた。
寝言ですら"愛してる"とは言ってくれないんだもんなあ。
まぁ、僕が押しに押して付き合ってまだ日が浅いから仕方ない。高専時代から名前だけを一途に愛してきた僕とは年季が違うから。
でも、だからこそ僕は名前よりも名前の事を知っている。
二日酔いの時に食べる物。片頭痛の時に飲む薬。明日の朝はスッキリ目覚めてゼリーか果物を食べる事。弱った名前の事は特に知ってるんだ。名前につけ込むためにね。

あは、偽善だって?

名前の気を引く為なら何でもする。

これが僕の愛だよ。




  
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