勘違いも程々に





夏油は突然のカミングアウトに狼狽えていた。

「俺、多分だけど、男が好きなんだよね」

昼下がりの教室にて。
明日の天気晴れだってとどうでも良い日常会話と同じ口調で言ってのけた。
五条と夏油は出会って一年と少し。
側から見ても大親友という言葉がぴたりと当てはまる関係である。
夏油も五条の事は唯一無二のそれだと思っているし、悪戯や喧嘩、そして女遊びも一通り一緒にやってきた仲だ。
そう、夏油も彼並みではないが、不誠実な恋愛ごっこをしていた。
恋とか愛とか知らない、寧ろくだら無い駆け引きなんて面倒。有り余る男子校生の性欲は後腐れなく適当に発散する。五条もそうしていた筈だ。
なのに男性が恋愛対象だったなんて。
いや、それを隠す為に無理に女遊びを繰り返していたのか?と無駄な妄想を繰り広げるくらいには狼狽えていた。まさに青天の霹靂である。

「え、私が好きだって話かい?」
「ちっげぇーよ!男に勃たねぇ。けど忘れられない男がいるんだよね」

夏油は少しだけ冷静になれた。
熱烈な愛の告白が始まりそうな五条の表情を見てまさか、自分を?と有り得ない心配をしてしまっていたのだ。

「そりゃ、アイツも黒髪だったから、傑もイケるんじゃないかと思ったけどさー」

え?は?一瞬でも私の事そんな目で見ていたのか?
夏油はやはり冷静にはなれ無かった。
確かに五条が好んで選んでいたのは黒髪だが親友に性的な目で見られていた事実に言葉を失う。

「でも瞳は俺と同じ色だったから、アイツと重ねられる女とかいなくて」

サングラス越しの五条の瞳が優しく輝く。
何とも言えない空気が漂っていた。


五条が想い人と出会ったのは十歳の時であった。
お茶会と称された婚約者候補の女達とのつまらない、いつもの集い。
適当に相槌を打っていると何故か始まる女達の牽制からの罵り合い。
こっそりと五条家の広い庭に逃げ出し溜め息を吐くまでがいつもの流れだった。
富と権力に溺れた奴等の五条悟という名の種の奪い合いにはうんざりしていた。
誰もが自身では無く次期当主の婚約者という肩書きを欲している。
本当の意味での五条悟を見てくれる人は一人も居なかった。
重たい息を吐きながら縁側に座り散り始めた桜の木を眺めていた。その時だった。

「さすが、五条家だな。蠱毒でも作るつもり?」

いつからそこに居たのだろうか。
五条の後ろの梁に持たれ掛かった男子が桜を見ながらそう言った。

「っ!!お前、何?!」
「何って、呪霊に見えるか?どう見ても人間だろうが」

鼻で笑った男は濃紺の着流しを纏い、前下がりの黒髪のショートボブを耳に掛けながら気怠そうに五条を見た。
瞬間、雷に打たれたように五条は瞬きも忘れその男に魅入る。
自身と同じ蒼色の大きな瞳が桜色を写して何とも言えない神秘的な輝きを放つ。
背格好からして同い年くらいだろうか。それでもその男の放つ色気たるは凄まじい物だった。

「お前、名前は?」
「…人の名前を聞く前に名乗るのが礼儀と教わらなかったか?」
「俺が誰か分かってるだろ」
「まぁ。そうだね。あの欲に塗れた部屋から出て来たのだから五条の次期当主だろう?」
「五条悟。」
「悟ね。僕はーー。あぁごめん。そろそろ行かないとまた叱られてしまう」
「は?待てよ!」

五条が袖を掴もうとした腕は空を切った。
彼は瞬きと共に消えてしまっていた。
父親や使用人に尋ねても黒髪碧眼の男なんて誰も知らなかった。
五条は自身のストレスか或いは桜が魅せた幻覚だったのだろうと言い聞かせたが、幻覚でも呪霊でも何でもあの鮮烈な感情は忘れられる事が出来なかった。
これが五条の初恋である。


「成る程ね。それで四月になると思い出すって事かな?」
「あー何時でも忘れた事はねぇけどなー。アイツなら男でも抱きたいって話」
「…悟。抱く方とは限らないだろ?」
「は?…いや。まぁそうか。それは考えた事無かったわ」

揶揄うつもりの発言に真面目に受け止めた五条に驚く夏油だったが、それでも満更でもない様な五条に少し引いた。

「そう言えば!京都高から転校生が来るらしいね」
「このタイミングで転校って、どーせ碌でもないヤツだろ」
「まぁ、三人しか居ないのだから同期が増えるのは良い事じゃないか」
「興味ねぇー」

話を変える事に成功した夏油。
むず痒い様な生温い空気に限界だった。
髪は絶対に切らないでおこうと決意した。




「初めまして。苗字名前です。よろしくお願いします」
「家入硝子だよ。よろしく〜」

翌日夜蛾が連れて来た転校生に五条と夏油は愕然とした。
前下がりの黒髪に蒼色の瞳。
身体のラインにそう様な細身の長袖長ズボンの学ランはスタイルの良さを際立てていた。
こんな奇跡の様なフラグの回収があるのかと二人は空いた口が塞がらない。

「おい、クズ共。何見蕩れてんだよ」
「あぁ、夏油傑だよ。よろしく」
「硝子に傑ね。よろしく。で、サングラスの君は?」
「…お前、覚えてねぇーの?」
「ん?会った事ある?…んー…その太々しい感じどこかで…あ〜五条悟か」

夏油と家入は五条を見る。何とも言えない恍惚の表情を浮かべた五条がいた。

「悟、大丈夫かい?」
「五条、その顔ウケるんですけど」
「知り合いだったのか?私は任務があるから見てやれ無いが、午前の体術がてら親交を深めると良い」

自習じゃないのかと舌打ちする家入。
夏油は名前に再び目を向ける。
ふっくらとした涙袋に支えられた蒼い大きな瞳は気怠げに長い睫毛を持ち上げている。すっと通った鼻筋に薄い艶ややかな桃色の唇。それぞれが小さな顔に黄金比で並べられた、五条とはまた違う色気を纏った美しさだった。
成る程。此れは男でも確かにーーとここまで考えて、新たに開きそうになった扉を無理矢理閉めた。

「おい、クズ共いい加減にしろよ。私は先に名前と行くから」

家入と名前は教室を出て行った。

「…苗字名前…。傑、アイツやばくない?」
「まぁ、悟の気持ちも分からなくもない。かな」
「俺絶対手に入れるから。」
「はぁ。応援するよ。とりあえず修錬場に行こう」



「私反転術式使えるから名前もバンバン怪我していいよ〜」
「…怪我する前提なんだ」
「コイツら手加減知らないからね〜。実験台には持って来いだよ」
「名前の実力を見たいから、悟と組んでくれるかい?」
「純粋に体術のみ?呪力無しだと僕死ぬ気しかしないんだけど」
「俺は何でもいいけど」
「なら僕は呪力使わせて貰うよ」
「…なぁ。あの時逃げたの許してねぇから」
「逃げたつもりはないんだけど。意外と根に持つタイプ?モテないから辞めた方がいい」
「はぁん?…ボッコボコにしてやる」

夏油のナイスアシストに嬉々としていた五条だが、煽り耐性はゼロである。
先程までの恋心を隠し切れてない瞳が今は苛立ちに燃えている。夏油は彼のこういう何事にも一直線に本気を出せる所は嫌いではなかった。

「お前っ!避けてんじゃねーっ!」
「いや、普通に避けるだろっ」

五条は攻めに攻めているが掠る程度で一度も当たらない。名前は速かった。全身に呪力を纏い瞬発力を高め当たる寸前でしなやかに攻撃を避ける。逃げているだけなのは癪だったが五条には隙が無い為、逃げに徹していた。

「へぇ〜名前やるじゃん!」
「確かに凄いね。私にも見えない時があるよ。でも此れだと、名前のスタミナ次第になって来るね」

その通り名前の息が上がって来ていた。
そろそろキツいけどアレは受けたく無いな。と少し思考を五条から逸らしてしまった瞬間。距離を一気に詰めた彼の拳が腹にまともに入った。咄嗟に受け身を取るも派手に壁に叩きつけられてしまった。五条の勝利。

「…いてて。硝子、治してくれる?骨いってるわ〜」
「おっけ〜。学ラン破れてるじゃん。五条手加減しろよな」
「お前呪力に頼りすぎだろ。もっと身体鍛えろよ」
「…呪力無かったら腹に穴開いてただろ。鍛えてどうこうなるレベルじゃない。流石に五条悟は強いね」
「…まぁお前の呪力コントロールはすげぇと思うけど…傑!次やるぞ!」

褒められ照れた事と彼女の白い腹を見てしまった五条は顔に熱が集まってしまう前に名前から離れた。
逃げてるのはどっちだよ。と夏油は思ったが耳を赤く染めている彼を煽るのは可哀想だったので声には出さなかった。

「終わったよ〜」
「硝子ありがとね。」
「てかズボンまでズタズタじゃん。着替えある?」
「荷物が夕方に届く予定だから、今は持ってないね」
「あ!医務室に予備あるかも。案内するよ」
「硝子本当、女神だな」
「大袈裟〜。私はサボれてラッキー!」

五条と夏油が殴り合っているのを横目に修錬場を後にし、医務室で予備を借り着替えを済ます
煙草の香りを纏った硝子が待っていてくれた。

「煙草吸えるんだ?」
「あ、名前も?後で喫煙スポット教えてあげる」
「女神!」
「も〜それ止めてよ。ってかそっちも似合ってんじゃん!」
「僕にサイズ合うの此れしか無かったんだよ」
「身長高いもんね〜。さて、クズ共もぼろぼろだろうから戻ろうか」
「そのクズ共って何なの?」
「性格捻じ曲がってるから。夏油も紳士ぶってるけど大概クズだよ。名前も気をつけなよ〜」

二人で雑談しながら修錬場に戻ると、五条と夏油は肩で息をしながら仰向けで転がっていた。笑い合う声が聞こえて随分と仲良くなったんだなと思いながら上体を起こすと、そのままフリーズ。
「おい、傑どうしーー」
目を見開いたままの夏油に続き五条も同じくフリーズ。

「おいクズ共!見せ物じゃないんだけど」
「は?え?」
「僕のサイズ、此れしか無かったんだよ。そんな目で見なくてもいいだろ」
「は?いや、似合って、るけど。何でスカート?」

名前は上は着ていた物とほぼ変わり無いが下がスカートになっていた。
細い腰に合うサイズが無かったのだろう。細いプリーツの短いスカートからは真っ白な長細い足が惜しげもなく晒されている。
思わず見惚れてしまった。

「…もしかしてお前ら、勘違いしてない?」
「あぁ、そういう事か。酷いなぁ。僕は女だけど」
「はぁ??!」「え?」
「本当お前らはクズだな」
「いや、お前、着流しにそれに僕って」
「あ〜それで!昔は弱くてしょっちゅう誘拐されてたから男のフリしてたんだ。僕はその時の癖でね」
「はぁ〜何だよ、それ。俺の覚悟返してくんない?」
「何の覚悟?」
「名前が男でも好きだってい…」
「おい!悟!」
「…五条!ちょっとそれは我慢出来ない!ウケる!!」

五条は余りの衝撃に、つい名前の質問に普通に答えてしまった。
長年の片思いをこんなタイミングで打ち明ける事になるとは夢にも思っていなかった為、羞恥と驚嘆と絶望で五条は感情を手放した。
硝子の笑い声と傑の溜め息が修錬場に響く。

「まぁ。昔はしょうがないとしても、この年齢で男に間違われるのは流石に僕でも傷ついた。悟も傑も一発殴らせてくれない?」
「名前。本当に済まない。それで君の気が晴れるなら喜んで。悟もそれでいいだろう?」
「あ、あぁ」
「じゃぁ、術式つかいまーす」
「え?」「は?」

五条と夏油は何も出来ず何も見えないまま気付いたら壁に叩きつけられていた。

「名前やっる〜!」
「ッ!!ゲホッ!お前さっき手加減してたのかよ!」
「違うよ。そんなに不誠実ではない。僕は術式あってこそだからね」
「すごいな、何も見えなかったんだけど」
「まぁ企業秘密ってやつで。それで、悟は男が好きなんだ?」
「ちっげぇーよ!」
「ふぅん。まぁ悟の事は嫌いでは無いけど」
「え」
「硝子!喫煙スポット案内してくれない?」
「おっけ〜」

名前はスカートを翻し颯爽と出て行った。残された二人は呆然としている。

「…なぁ、傑。」
「言いたい事は分かるけど、もう勘違いは懲り懲りだよ」
「…次は勘違いにさせねぇよ」
「はいはい。あ、硝子に治して貰ってない」



「名前趣味悪くない?」
「そうかな?性別超える恋って凄くないかなぁ」

煙草の煙を吐きながら艶やかな笑みを浮かべる名前。同性の家入も頬を染める程美しいものだった。

「あ、僕は同性もイケるよ」
「…まじ?」
「まじ。」

コイツも大概イカれてると家入は溜め息を吐いた。









  
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