帰る場所


ぎゅっと雪を踏み締めながら長い石段を登っていた。ここまで積もるのは久しぶりに見たな。滑らないようにゆっくりと登りながらマフラーに顔を埋めた。
ポケットの中のカイロは既に温くなっている。
夕方にもなってまだ止まない雪に明日も積もるんだろうなぁと白い息を吐きながら最後の一段を登り切った。

「あ、傑。おかえり」
「名前ただいま……こんな寒いのに何やってるんだい?」
「……見て分からない?」

真っ赤な鼻で首を傾げる名前に着けていたマフラーを巻いてあげた。
雪だるまではない何かを作っているのは分かるんだけどね?ぐにゃぐにゃしてて、無駄に大きい……蛸?の様なお世辞にも可愛いとは言えない物体に私も首を傾げる。
器用に呪力で雪をその物体に貼り付けながら色々な角度から確認して頷いた。
ドヤ顔で私を見上げる名前は大変愛らしいのだが、これは一体?

「見てて」

名前の背後の空間が割れて空気が張り詰めた物に変わっていく。
ずるりとそこから這い出て来たのは膨張した人の頭のような物から手足が触手の様に何本も生えた呪霊だった。ぎょろぎょろと動く何百もの目が気色悪い。
あぁ、これか。
雪で作られた物体はこの呪霊がモデルだったのか。
似てるねと声を掛けるとそれをしまいながら満足気に微笑んだ。

「もっと可愛いのいなかったの?」
「可愛いよ?会いたい会いたいって寂しんぼなんだ」
「…そうなんだ」

私は見た目の話をしているんだけどね。
それにあのグロテスクなのに会いたいって言われても可愛いとは思えないよ。
流石、名前。変わってる。

「それよりコートは?手袋も何でつけてないの」
「こんな大作を作り上げるつもりじゃなかったから着てなかった」
「確かに…大作だね。寒いだろう?寮に帰ろう」
「あ…うん。寒い、ね」

申し訳なさそうに微笑んだ名前の小さい手を握ってポケットに入れた。
雪と変わらないくらいに冷え切った手に胸が締め付けられる。

名前は感覚が鈍い。

気付いたのは呪霊を呑み込んでいる時だった。
私と同じ術式だが名前はどうやって取り込んでいるのだろうかと純粋に気になって尋ねた事があったんだ。
制服のポケットからドス黒い球体を取り出して私の目の前で呑み込んで見せた。

『…一緒なんだ……不味くないのかい?』
『不味くはないけど、サイズ的に苦しいとは思う』

ごくりと呑み込んだ苦しさからか涙が滲んでいたけど名前の表情は変わらなかった。

『どうやったら味が分からなくなるか教えてくれないかな。……正直言って毎回きついんだ』
『……私の家の事何か知ってる?』
『苗字?えーっと、野心家って悟が言ってたような…』

家で教育でもされるのだろうか?
いや、呪霊操術は相伝でもないのだからそれはないか。

『まぁ、そんな感じ。ウチは何でもするから無駄に資産がある。だから後継者争いで身内同士の殺し合いなんて日常茶飯事なの』
『…それと何の関係が?』
『味があんまり分からないんだ』
『……え?』
『親に後を継げる強い子になりなさいって毎日色んな毒を飲まされてね。味もだけど感覚が鈍いから呪霊は不味いとは思わないんだ。……けど、前は腐った吐瀉物だなって思ってたっけ』

呪力で覆えば味は薄くなるよと笑った名前が泣いているように見えて思わず抱き締めた。
非術師はクソだと思っていたけど呪術師も変わらなかった。同じ人間なんだと知った。
醜い。腐ってる。
幼い我が子に毒を飲ませるなんて正気じゃない。
こんなに華奢で小さくて優しくて可愛い名前がそんな下らない理由で感覚を手放したと思うと怒りでどうにかなりそうだった。
私はその日に名前を守りたいと強く決意して、そして、恋を知った。

「傑の手が冷えちゃうよ」
「カイロ入れてるから大丈夫だよ。それより、低体温になって壊死でもしたら大変なんだからちゃんと気をつけて」
「ふふ、流石にそれは痛いよ」

クスクスと笑う名前に口元が緩む。
もう毒は飲まないって約束はちゃんと守ってくれているみたいだ。
耐性がある程度付いたから飲む必要もなくなったっていうのが大きいだろうけど、名前は約束するから安心してって言ってくれたからその言葉を信じたい。

「足は痛くないの?」
「んーどうだろ。冷たいんじゃないかな?」
「……暖めてあげるね」

部屋に連れ込んでストーブに火をつける。
湿った制服を脱いで私のパーカーを当たり前に着る名前に涙が出そう。
何度も告白してやっと頷いてくれた名前をここまで育てるのにどれだけ苦労をした事か。
まぁ、今はその話は置いといて。
先に布団に潜り込んだ名前に続いて私も布団に入る。
足を絡ませてぎゅうぎゅう抱き付けば傑の匂いがするといってすんと鼻をならすこの可愛い生き物をどうしてくれようか。
それにしても本当に足無事だよね?と思うくらいに冷たい。
手を伸ばして細い脹脛を摩る。

「どう?少しは暖かいかな?」
「んー…分かんないや」
「そっか…」
「でも、幸せだなと思うよ。傑ありがとう」

ぎゅっと頭を抱き締められてトクンと規則的に動く心音に喉の奥が熱くなる。
生きてる。
私達は今日も生きてる。
苦しかったね、お疲れ様と優しく頭を撫でられて名前の胸元を少しだけ濡らしてしまう。

「傑がいてくれて私は幸せだよ」

その言葉に私がどれだけ救われているか君は知ってる?
同じ苦しみを知っていても尚、ここで強く生きてくれている名前がいるから私は頑張れるんだ。
相変わらず猿は嫌いだけど同じ人間だ。呪術師だって醜くて腐っているのだから、私に出来ることは大切な物を守れる世界に変える事だ。名前が笑ってくれるこの場所を私は何があっても守り抜くと誓うよ。

「あったかいね」

ストーブのお陰か名前のお陰かじんわりと暖かくなった布団の中から顔を上げて名前と額を合わせる。

「…私はね、名前から話を聞くまで非術師を皆殺しにしたいって思ってたんだ」
「……傑と付き合う前までは呪術師を殺したいって思ってたよ」
「そう…」
「でも傑見てたらどうでも良くなった。今が幸せだからどうでもいいんだ。私が此処にいられるのは傑のお陰だよ」
「ふふ、ありがとう。私も同じ気持ちなんだ。私達は似ているね…ずっと私を縛っていてくれないかな」
「傑もね。約束だよ」

この幸せが一生私を縛っていてくれますように。
私も名前も自分らしく生きて行ける優しい世界に変えてみせるよ。

「あ、悟の気配がする」
「ふふ、きっとゲームのお誘いだろうから寝たふりしておこうか?」
「…布団に入って来るに賭ける」
「私は空気読んで帰るに賭けるよ。私が勝ったら今日は好き勝手していいかい?」
「私が勝ったら傑を好き勝手するね」

布団の中で抱き合いながらケラケラ笑い合って、ノックも無しに部屋に入って来た悟にいちゃついてんな!と揶揄われて、後からやって来た硝子にあのキモいオブジェどうにかしてって気怠そうに言われて。こんな幸せがいつまでも続きます様にと繋いだ手をぎゅっと握り締めた。



  
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