素晴らしいどんでん返しのパーティーが終わり、ホグワーツでの残りの日数を皆は開放的に過ごしていた。ほとんどの生徒が忘れているであろう期末試験の結果が発表された。
ハーマイオニーは言わずもがな学年トップだった。ハリーもロンも、自分達でも驚いた様子だったが成績は良かったようだった。私はハーマイオニーに似たような成績で上位に入っていた。
普段勉強している様子を見せないものだから、ハリーやロンに不思議に思われた。それこそあいた長い時間を魔法界の本を読みつぶし過ごしていたとは話せない。闇の帝王に魔法関連まとめて叩き込まれたことももちろんだ。
私の出来のいい試験結果にハリー、ロン、ハーマイオニーまでもが問い詰めようとしてきたが、私は笑って誤魔化した。
試験をパスしてほっと息をつくと、また時間の流れがはやく感じた。ルシウスとシシーから、休暇中はマルフォイ邸に来たらいいとの手紙がきた。休暇中の予定もなく持て余していた私はありがたくその誘いをうけることにした。
そのことをアルバスに伝えると、とても残念そうな様子だったが承諾してくれた。やがて生徒に"休暇中魔法を使わないように"という注意書きが配られるが私は例外で許可するとのことだった。しかし人目は気にするようにと念を押された。
ホグワーツを出て過ごすことになったため、休暇に向けての部屋の整理を始めた。そうは言ってもほとんど荷物はないのだが、洋服などは検知不可能拡大呪文でちょっとした旅行カバンにしまった。
全生徒が荷造りを終え、いよいよ夏休みになるという頃、アルバスの言っていた通りに注意書きが配られた。上級生はがっかりした様子でこの注意書きの配布を忘れたらいいのにと口々に言っていた。
荷物を持った私達はハグリッドの指示でホグワーツ城から湖を渡る船に乗った。私はナギニを連れていたので、ここ一年の出来事も含め注目されヒソヒソ話の話題になっているようだった。私は特に気にすることはなかったが、ナギニは苛立たしげに私の首に顔を埋めていた。
船から降りて木々が茂る小道を歩きホグズミード駅に着いた。紅色の蒸気機関車が白い煙を上げて生徒の到着を待っていた。ハグリッドが乗り込む生徒達に早く、遅れるぞと言いながら温かく見送りをしている。
「行きましょ!」
乗る直前に足を止めたハリーに、ハーマイオニーが声をかけた。ハリーはハグリッドをみて迷った様子を見せている。
次いで、待っててと声をかけたハリーはハグリッドの元へ駆けていった。
ハーマイオニーは、そんなハリーに少し口を尖らせる。
「もう。遅れちゃうわよ。」
「まぁまぁ。少しの間、会えなくなっちゃうから。」
ハグリッドとハリーがハグをしている様子を見ながら微笑んだ。ハーマイオニーもその姿を見て、肩を竦めて微笑む。
ハグリッドとの別れを惜しんだハリーが戻り、私達はホグワーツ特急に乗り込んだ。
景色を見れば、幻想的にも佇むホグワーツ城の姿がある。一年を過ごし慣れ親しんだ場所に、ハーマイオニーが呟くように言った。
「うちに帰るのって、ヘンな感じね。」
「帰るんじゃないよ。…僕はね。」
ホグワーツ特急はゆっくりと出発していった。ハリーは窓から身体を乗り出して、遠く小さくなっていくハグリッドに手を振り続けていた。
あいたコンパートメントを見つけるのには苦労したが、汽車の中はとても快適だった。ナギニは私の膝上にとぐろを巻き、私達が話して笑っているうちに窓の景色は様々に変わった。バーティー・ボッツの百味ビーンズを食べて遊んでいると、マグルの町々を通り過ぎていった。
気付いた私達は急いでローブを脱ぎ交代で制服を着替えた。私はクリスマスにルシウスとシシーから贈られてきた黒いフリルのワンピースに着替えた。気恥ずかしかったので薄手のカーディガンを羽織ったが、ハーマイオニーはよく似合っていると褒めてくれた。
汽車がキングズ・クロス駅の9と3/4番線のホームに到着した。手間取りながらもプラットホームを出てマグルの世界へと繋がるゲートを通る。それまでにハリーに声をかけてくる生徒がおり、ロンはハリーにニヤニヤとした顔を向けた。私はナギニの姿がマグルに見えないようにと気付かれないように呪文をかけた。
「ねぇママ!ハリーよ!」
マグルの駅に出てすぐ、少女の金切り声が聞こえた。その声を聞いて、ナギニが嫌がるように身を捩った。
私達の隣では、声に反応してロンがはっとした。
赤毛の、そばかすのある女の子だった。ハリーを見て瞳を輝かせ、指さしていた。女の子の隣にいる母親と思われる女性が、その子を静かに咎めた。
「ジニー、お黙り。指さすなんて失礼ですよ。」
その女性も赤毛で、どうやらロンの家族のようだった。ロンから話を聞いていた通りだ。
母のモリー・ウィーズリーと妹のジニー・ウィーズリーで間違いないだろう。
人の良さそうな雰囲気のロンのお母さんは、私達を見て笑いかけた。
「忙しい一年だった?」
「ええ、とても。お菓子とセーター、ありがとうございました。ウィーズリーおばさん。」
「まぁ、どういたしまして。」
ハリーがにっこりして言うと、ロンのお母さんは顔を輝かせた。お行儀のいい子ね、と嬉しそうに笑いかける。
その視線が私達に移されると、ロンのお母さんはあらと声をもらした。
私のそばにいるナギニを見て驚いた様子だったが、あまりにナギニがおとなしくしているので安心した様子だった。
「あなたたちが、ハーマイオニーとアリスね。ロンから話は聞いてるわ!ふたりともとっても可愛いわね。」
「っママ!」
ロンのお母さんの言葉に、ロンがぎょっと声を上げた。その頬はぽっと色づいている。
私とハーマイオニーは目を丸くして顔を見合わせ。クスリと笑った。
ロンの焦った姿に、ハリーも笑っていた。しかし意地の悪い声が聞こえ、私達は口を噤んだ。
「準備はいいか。」
どこか怒ったような声に、自然と振り返っていた。
赤ら顔の口ひげを生やした男性がハリーを睨んでいるように見ていた。その後ろでは、妻と思われる女性、そして息子が怯えた表情でハリーを見ていた。ハリーの保護者であるバーノン・ダーズリー、ペチュニア、ダドリーだろう。
バーノンはまともでないことが大層気に入らないようで、ハリーへの風当たりの強さは私達にもわかるほどだった。低い声で早くするようにと言うとハリーを置いて行ってしまった。
その後ろを怯えながらペチュニアとダドリーが着いて行く。ふとダドリーと目が合い、彼はひっと息を呑んだが微笑みかけると驚いたように頬を赤らめた。
「じゃあ夏休みに会おう。」
「楽しい夏休み…あの…そうなればいいけど。」
ハリーの家庭環境にハーマイオニーはショックを受けたようで、不安げにハリーを見ていた。
しかしハリーは想像とは違う顔で、とてもにっこりしていた。
嬉しそうに綻んだ顔に、ロンもハーマイオニーも驚いた。
「もちろんさ。
僕たちが家で魔法を使っちゃいけないことを、あの連中は知らないんだ。
この夏休みは、ダドリーと大いに楽しくやれるさ…。」
あの注意書きは生徒ももちろんだがマグルには予想外のことなのだ。魔法族が魔法を使ってはいけないなんて、想像するはずがない。
ハリーの言葉にロンはにやりと笑った。ハーマイオニーは心配そうに眉を下げる。
いよいよハリーの家族が見えなくなってしまいそうになり、私達は急いで別れの挨拶を交わした。
「それじゃあ…、」
「うん、元気で。」
「手紙書くからね。」
たとえ僅かな間だとわかっていても、名残惜しくなってくるがそうは言ってられないだろう。
人混み中をあのプラチナブロンドの髪が輝いたような気がして、私ははっとした。
不意に私はハリー、ロン、ハーマイオニーにチークキスをした。見ていたロンのお母さんがまぁと声を上げた。
三人は目を丸くしていた。その様子が微笑ましく、クスクスと笑う。
「じゃあ、また、ね。」
軽く首を傾げれば、三人は大きく頷いた。手を振って別れ、私はあの輝く髪が見えた方向へ足を動かす。
人波を避けながら駆けた先には、心惹かれる人物達がいた。
私の身体に絡んでいたナギニは私の行動がわかっていたのかスルリと石畳に降りる。
「ルシウス…!」
「っ、アリス!」
走った勢いのままその身体を抱きしめれば、驚いたような声が聞こえてきた。
美しい銀髪がさらりと揺れ、いつも冷たい声が驚きに上ずっている。それが不思議とおかしく、緩む頬をおさえられなかった。
上品な香りが鼻をくすぐる。安堵の感情が、胸いっぱいに広がった。
顔を上げれば優しい表情で微笑むルシウスが大きな手で私の頭を撫でた。透き通る氷のような綺麗な瞳が細められ、私を見ていた。
ただいま、と笑うと後ろから鮮やかな女性の声が聞こえてきた。
「あらアリス、私には?」
「シシー!」
「おかえりなさい。久しぶりね、アリス。その服着てくれたのね。」
相変わらず綺麗なシシーが、腕を広げて私を見ていた。同じ女であるが、シシーの魅力にはどぎまぎしてしまう。
誘い込まれるようにその腕の中に入り抱きしめると、温かな声がかけられた。
その言葉に、身体を離してワンピースの裾をちょんと摘まむ。薄手のフレアーがひらりと揺れ広がった。
シシーは青い瞳を輝かせ、私をまたその腕の中に閉じ込める。よく似合ってるわと言われ、むず痒い心地にはにかんだ。
「…っな、」
小さな戸惑い驚く声が微かに聞こえ、そちらに目を向けると驚愕の表情をその顔に貼り付けたドラコがいた。その口はぱくぱくと動き、どうにも言葉が出ないようだった。
シシーは私を離し、ルシウスと顔を見合わせる。
ナギニがあいた私の身体を這い上がってきた。それを見たルシウスがぎょっとしたのは私だけのちょっとしたヒミツだ。
ドラコの反応からするに、ルシウスとシシーは私が行くことを伝えていなかったらしい。
必死で何が起きているのか考えているドラコが少しかわいそうに思えて、私は答えを教えることにした。
「休暇中、お世話になります。よろしくね、ドラコ。」
「ッ、」
お辞儀をして微笑めば、なぜかドラコは顔を真っ赤にした。そんなドラコにシシーは微笑み、ルシウスは静かに名前を呼んだ。ルシウスの声に、ドラコは慌てて顔を取り繕っていた。
クスクスと笑う私に、ドラコが気にしたように視線を向けてくる。その視線が嫌なものではなかったので安心した。
どうも居心地の悪そうなドラコが、行こうと声をあげた。ルシウスとシシーは薄く笑みを浮かべて足を進め始める。ふと振り返り、私を手招きした。
私は小さな声で囁き、そこへ向けて駆け出した。私の声を聞いたのはきっとナギニだけだったろう。
「…、ありがとう。」
賢者の感謝
(私は、皆に支えられているのだと。だからこそ、固く決意する)
賢者の石
END
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