医務室へ続く道のりを、私達は何の会話もなく歩いていた。

マダム・フーチは真っ直ぐ前だけを見て、時折私達がちゃんと着いてきているか確認するために振り返る。

ネビルはしばらくしくしく泣いていたが、それはもうおさまったようだ。

ナギニは私の首元に顔を埋めたまま、気まぐれに身体をゆらりと揺らしていた。

私は二人の後をゆっくりと着いて行きながら、ぼうっと考えていた。

どうして私はネビルのことを忘れていたのだろう。

これから何が起きるのか。どうして忘れていたのだろう。

もしかしたら今までの月日の中で、少しずつ…。

そこまで考えて、私は頭を振った。

やめよう。こんなことを考えるのは。

私はちゃんと覚えてる。ただ、少し思い出すのに時間がかかるだけ。

忘れてない。忘れてなんかいない。ちゃんと、覚えている。

私は何度も心の中で繰り返した。

ホグワーツの廊下は授業中ということもあってか冷たい空気が流れ、静まりかえっている。

私はマダム・フーチとネビルの後ろを歩きながらじっと押し黙っていた。

ナギニは私の頬に顔を寄せたまま、あの黄金の瞳の瞳孔を細める。

その視線に、ドキリと胸が跳ね上がった。

すべてを見透かされているようなその瞳。なんとなく落ち着かなくて私は俯いた。

しばらく無言で歩いていると、医務室に着いたようだった。

以前ホグワーツに来たときと何も変わっていない医務室。

白いシーツに覆われた、落ち着かないくらいの白色のベッド。

つんと鼻をつくような薬品の匂いに、ネビルが小さく顔を歪めた。

ベッド同士を仕切るカーテンもおかしなくらいに白く、扉から入ってその奥にそれなりの歳をいっているであろう女性がいた。



「マダム・ポンフリー、いいですか?」



瓶とゴブレットを持っている女性にマダム・フーチは声をかけた。

マダム・ポンフリーと呼ばれた校医はマダム・フーチの声に急いで手に持っている物を置いて駆け寄ってきた。

おそらく今までの飛行訓練の時もこんな風にマダム・フーチが怪我人を連れてきたことがあったのだろう。

何かを悟ったのであろうマダム・ポンフリーはせかせかと薬品棚を見ながら口を開いた。



「どの高さから落ちたの?どこが折れた?」

「骨は折れてはいないけれど結構な高さから落ちたので一応診察に。」

「あら、そうなの?」



マダム・フーチの言葉に、マダム・ポンフリーは軽く目を見開いた。

マダム・フーチが医務室に生徒を連れてきたことはあっても、怪我をしていないことは少なかったに違いない。

マダム・フーチは鼻をすすっているネビルを前に行かせ、マダム・ポンフリーに診察を頼んだ。

ネビルは戸惑ったように身体を固くしていたが、それはマダム・ポンフリーには何の支障もきたさなかったようで、ネビルの診察はすぐに終わった。



「特にないわ、正常よ。」



マダム・ポンフリーの言葉に、私とマダム・フーチはほっと胸を撫で下ろした。

ネビルも何ともないことに安心したようで、鼻をすするのをやめる。

するとマダム・フーチは私の方を見て、私に言い聞かせるような視線を向けてきた。



「っ、ぁ…。」

「あなたもですよ、ミス・八神。」

「わ、私は…。」



大丈夫です。そう言いたかったけれど、うまく言葉を発することができなかった。

マダム・フーチ、そしてナギニの鋭い視線に押し黙るしかできなくなる。

戸惑っている私の手をマダム・ポンフリーが素早く引き、私の身体を診察し始めた。

頭部、頸部、腕、肋骨、骨盤、脚。

手を這わせながら、マダム・ポンフリーは確認をしていった。

私の首にいるナギニはその診察の邪魔にならないよう、しゅるしゅると私の身体を這い回る。

マダム・ポンフリーは初めはナギニに驚いていたが、それはすぐに慣れたようだった。

私はへたに動くこともできず、大人しく診察されることにした。

全身を診察し終えると、マダム・ポンフリーは心配げな視線を向けているマダム・フーチに微笑んだ。



「この子も、何もないわ。」



そう言うと、マダム・フーチはほっとしたように表情を緩めた。

マダム・フーチは思っていたよりも心配性であるらしい。

ナギニが安心したように頬に顔を寄せると、ネビルはドキリとしたように息を呑んだ。

私達の診察が終わると、マダム・フーチは寮に戻っていいと告げた。

あれからあまり時間も経っていないが、ふと医務室にある時計を見てみれば授業も終わりに近かった。

私達は医務室をあとにし、冷たい空気が流れている廊下を歩きだした。



「…ねぇネビル、ごめんね。」

「え?」



私は隣をとぼとぼと歩いているネビルに小さく声をかけた。

突然の言葉に、ネビルはぽかんと口を開けて首を傾げる。

私がどうしてそんなことを言うのか理解できないという顔だ。

その何も気にしていないような素直な反応に、思わずくすくすと笑みがこぼれた。

けれどそう笑ってもいられない。

結局、ネビルが箒に乗りその身体を地面に落とすことになったのを防ぐことはできなかったのだから。

ふと口を噤み、じっとネビルを見つめる。

ネビルはまだわかっていないようだったので、私は口元を緩めながら呟いた。



「呪文のこと。あの方法しか思いうかばなかったとはいえ、ちょっと危険だったし…。」

「い、いいよ!だってあのとき助けてくれなかったら…僕、どうなってたかわからないし…。」

「それでも。ごめんね。」

「いいよ!それより、…えっと…。
な、名前、きいてもいいかな…?」



ぼそぼそと控えめに言われた言葉に、私は目を見開いた。

ネビルは私が未来を知っていることを知らない。

それゆえの純粋な心からなのだろうが、私の胸は温かくほっと和らいだ。



「アリス、だよ。アリス・八神。」

「そっか…。アリス、今日はありがとう。」



ネビルはいつものあの控えめな調子で呟いた。

その頬はなぜかほのかに赤らんでいる。

恥ずかしがっている、ということを感じ、私はくすと笑みを綻ばせた。

こちらこそと微笑んで言うと、ネビルはぽっと耳まで赤く染め上げる。

くすくすと笑っている私の首では、ナギニがおもしろくなさそうにその尾を揺らしていた。

寮へ続く道をしばらくの間、何も言葉を交わさずに歩いていた。

ネビルは私の隣で落ち着かなさそうに周りを見回しながら私の後を着いてくる。

私がふと振り向いただけでも、ドキリと硬直するネビルに私は苦笑ばかりをもらしていた。

寮の入り口となっている太った婦人(レディ)の肖像画が目の前にきて、私はぼうっとしている様子のネビルに声をかけた。



「ネビル?着いたよ?」

「え?あっ、うん…!」



ネビルははっとしたように目を丸くし前へ進み出た。

太った婦人の肖像画に向き合ったネビルは、何かを言おうと口を開いたがすぐに考えたように閉じられた。

私が首を傾げると、ネビルはゆっくりとこちらを振り返りもともと下がり気味な眉をさらに下げる。



「…僕、合言葉忘れちゃった……。」

「大丈夫だよ。私覚えてるから。」

「ご、ごめんね…。」



ネビルは申し訳なさそうに眉を下げて呟いた。

そんなネビルに、私は穏やかに微笑む。

まだ自分に自信のない彼が、このホグワーツの学校生活を過ごしていくにつれて立派に成長するのだと思うと胸が温かくなった。

鋭い瞳でネビルを見ているナギニを目隠しするように撫で、私は太った婦人に合言葉を告げた。

談話室へとつながっている扉が開くと、ネビルは大喜びで中に入っていった。

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