ネビルは信じられないほどのスピードでどんどんと上昇し、ぶんぶんと左右に揺らされている。

ネビルは箒が揺れるたび、情けない声で助けを求める。

しかし皆はまだ箒に乗ることができない。

それに箒に乗ることのできるマダム・フーチでも、あんな言うことの聞いていない箒に近づくことはできないだろう。

私は箒の柄を真っ直ぐネビルへ向けながら、自分自身に叱声を浴びせていた。

どうして忘れていたのだろう。どうして直前になるまで思い出せなかったのだろう。

自分に対する怒り、やるせなさが一気に身体を包み、もやもやと晴れない心情にさせる。

私はひとつ息を大きく吐いて、助けてと声を上げ続けているネビルを目で追った。



「ネビル!落ち着いて!」



ネビルは何とか箒にしがみついているようだったが、それももう時間の問題のはずだ。

前のめりになったり身体が横に勢いよく揺れる一本の太い棒に、いつまでもしがみついていられるはずがない。

私は大きく声を張り、下を見まいと目をつむっているネビルに叫んだ。

ネビルは微かに瞳を開け、恐怖に顔を緊張させる。

するとその瞬間、ネビルの箒は上へと急上昇を始めた。



「うっ、うわぁ!助けてぇ!」

「っ、!」

「ネビル!アリス!」



反射的にでも後ろを追いかけ上昇を始めた私達に、下から叫びにも似た声が上がった。

早く、早くネビルを箒から降ろさなければ。

私から逃げているかのような箒に、もしかしたら手首を折るだけじゃすまない事故を起こしてしまうかもしれないという予感がする。

私は箒の柄を片手に握り、しっかりとネビルを見つめながらローブの中に手を入れた。



「ネビル、ごめんなさい!
少し無茶だけど、今はこれしか思いうかばないの!」



私は大きく声を張り、ローブの中からあの真っ白い杖を出した。

それをネビルに向けると、声が断片的にでも聞こえたのであろうネビルが何するつもりだという泣きそうな瞳を向けてくる。

地上にいる皆からも、制止の声があふれるように上がった。

私はごくりと生唾を呑み込みながら、深く息を吸う。

一刻も早くネビルを箒から降ろさなければ。そんな使命感にも似た感情に、私は杖をネビルに向けた。



アクシオ、ネビル(ネビルよ来い)!」

「ゎ、わああぁ…ッ!」

「……っ、ぁ。」



私が呼び寄せ呪文を言うと、すぐに呪文の効果が現れた。

ネビルは腹からぐいと引き寄せられたかのように箒もろとも動きをゆるめる。

そう皆が思った途端、ネビルは箒の柄から手を離した。

前へ行こうとする箒に縋っていた手が離され、引っ張られるがままネビルは背中から私に向けて飛んでくる。

情けない叫び声を上げながら接近してくる後ろ姿に、私は思わず冷や汗を額に伝わせた。

呪文の対象は本や小さな物などではない。人間だ。

本来この呼び寄せ呪文は手に収まるほどの対象物を楽に取るために使う。決して、人を呼び寄せる呪文ではないはずだ。

しかし、私が呪文を使ったのだから避けてしまうわけにはいかないだろう。

ネビルの平均より丸みを帯びている身体がとてつもないスピードで迫ってくるのには、さすがに恐怖心があおられた。

けれどしっかりとネビルを見つめ、私は口をぎゅっと引き結ぶ。

瞬間、ネビルが私の身体に衝突してきた。



「うわあ!」

「っ、んぅ!」



とてつもない衝撃に、一瞬目の前が眩んだような気がした。

その拍子に柄を掴んでいた片方の手の力が緩んでしまう。

足だけでその勢いを殺せるわけもなく、私の身体はネビルに押されるような形でぐるりと回り、箒から足が離れてしまった。



「っ、ひゃ…!」



突然の浮遊感。落下しているというのを理解したのは、ネビルが絶叫しているからだった。

下の地面からも、私達に驚いて声を上げているのが聞こえる。

ぶわと背中を押される風。何かがすごいスピードで耳元を通り過ぎているような雑音。

近づいてくる地面に、私はネビルの手を夢中で掴んで引き寄せた。

だめ。私はどうなったっていいから、守らなければ。

泣き出しそうなネビルを包むように抱く。ネビルは驚いたようにもがいたけれど、それもすぐにおさまった。

びゅうびゅうと鳴り響く風音に、胸が大きく跳ね上がり悲鳴を上げた。

怖い。その気持ちが現れてしまうのは、仕方がないだろう。

ドクンドクンと感じる鼓動。私は唇を引き結んで、来るべき衝撃を待った。



「っアリス、ネビル!」

「ミス・八神!ミスター・ロングボトム!」



まぶたに力を入れてつむった私達に降り注いだのは、叩きつけられた衝撃と痛みではなく、焦ったような声と心配だった。

どうしたのだろう。なぜ、痛くないのだろう。

私は首を傾げ、そろそろと瞳を開けてみる。

すると、とすんと軽く落ちたような空気を感じた。

私にしがみついているようなネビルの体重が、突然ずっしりと感じられる。

どうやら、地面すれすれのところで軽く浮いていたらしい。

ほっと息を吐き、しくしくと泣いているネビルの髪を手で梳いた。



「ネビル、大丈夫だよ。」

「何が大丈夫なんですかミス・八神!」

「っ!フ、フーチ先生…。」

「あなたたちはもう少しで首の骨でも折って死ぬところだったんですよ!?」



マダム・フーチの怒声がびりびりと鼓膜を揺らし耳に大きく響いた。

ネビルはびくっと反応して涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。

マダム・フーチの後ろでは、こちらの様子を見ようと生徒達が首をのばしてのぞき込んでいた。

グリフィンドール寮生は箒を持ったまま、心配に眉根を寄せている。

スリザリン寮生はネビルの泣き顔を見てクスクスと笑い声をもらしていた。

その中のハリー、ロン、ハーマイオニーは急いで私達の方に駆け寄ってきて、怒っているマダム・フーチの様子をうかがいながらその後ろについた。

ハリーの足下からナギニがずると姿を現し、独特な波をその身体で描きながら近づいてきた。

スリザリン寮生の中にはただでさえ白い顔を真っ青にさせたドラコがこちらを呆然と見ている。

私はマダム・フーチの顔を上目でうかがいながら、小さく口を開いた。



「ご、…ごめん、なさい…っ。」



私がぽつりとそうこぼすと、マダム・フーチは深く息を吐いた。

しんと静かになったその空間には、ネビルの鼻をすする音だけが響いている。

私がぺたんと座り込んでいる芝にナギニが寄ってきて、あのひんやりと冷たい肌を私の身体に這わせた。

大きなため息を吐いたマダム・フーチはあの鷹のような金色の瞳をゆっくりと閉じていく。



「はぁ…今回だけ、特別に、許してあげましょう。
2人とも、怪我はないですか?」

「ぁ…っ、はい。ないです。」



マダム・フーチの鋭い瞳がキラリと光り、私は思わず息を呑んでいた。

ちょうど私にもたれ掛かっているような体勢のネビルは、上げた顔を振ってこくこくと頷く。

マダム・フーチは頷いた私達に注意深く口を開いた。



「そうですか。
けれど、医務室へは行きましょう。」



念のためです、とマダム・フーチは私達に有無を言わせない瞳を向ける。

私もそれには押し黙ることしかできず、こくりと頷いた。

マダム・フーチは満足そうに私にもたれ掛かっているネビルの手を引いて立たせる。

ネビルはよろよろと立ち上がり、私はひんやりとするナギニに瞳を向けた。

ナギニの黄金の瞳の瞳孔は咎めるように細められていて、どきりと胸が跳ね上がった。

ナギニがとても怒っているということは言葉を交わさなくても理解する。



『…アリス。』

『っ、ごめんなさい…。』



静かに名前を呼ばれたので、私はその声に肩を竦めて呟いた。

ナギニはまだ怒っているようだったけれど、ため息を吐くように私の首元に顔を埋める。

ほっとしながら視線を前に移せば、マダム・フーチがこちらをちらと振り返った。

私は素早く立ち上がり、マダム・フーチの後につく。

マダム・フーチはひとつ息を吐いて、こちらを気にしたように見ている生徒達に向かって声を張り上げた。



「全員地面に足を着けて待っていなさい。この子たちを医務室へ連れて行きますから。
いいですね?箒1本でも飛ばしたら、クディッチのクの字を言う前に、ホグワーツから出て行ってもらいます。」



生徒一人ひとりに言うようにマダム・フーチは声をかけながら、私達の手を引いた。

私は足を突っかからせながらその力に従う。

ふとこちらを心配そうに見つめているハリー、ロン、ハーマイオニーと目が合った。

私は三人に微笑みを向け、大丈夫であることを示す。

それを受け取った三人はほっと表情を緩めたけれど、それでもまだ心配そうな顔をしていた。

皆は箒を片手に、呆然と私達の後ろ姿を見つめていた。

ネビルが手首を折ることは防げた。

その満足感、安心が胸一杯に広がる。

まだドクンドクンと脈打っている心臓を感じながら、私は校庭に背を向けてマダム・フーチの後を追った。

地面に足を着けた時、ネビルのポケットからするりと落ちた"思い出し玉"のことを忘れたまま。





賢者の過誤

(目先のものに、捕らわれすぎた)

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